第百四十七話:魔法薬研究会
この学園には研究会という集まりがある。それぞれテーマに合わせた様々な研究を行っており、発表会でその結果を披露する。いわゆる部活のようなものだ。
研究会のテーマとなるのは本当に多種多様で、例えば火魔法や水魔法といった各種属性の可能性を研究するものもあれば、魔法の触媒となる物品の研究など色々ある。
中でも私が興味をそそられたのは魔法薬の研究だ。魔法薬とは魔法を応用して特殊な効果を生み出す薬で、ポーションと違い、作るのに結構手間がかかるらしい。
元はポーションも魔法薬の一種だったようだが、錬金術が普及し、その役目を取られて次第に廃れていった。だから、魔法薬の研究なんて時代遅れでもの好きのやることだ、と言われているらしい。
だが、私はあえてその魔法薬の研究を推す。シルヴィアさんやアーシェさんには散々渋られたけどここは譲れない。
薬に関してなら私の得意分野だ。確かに今のポーションは錬金術によって安定して強力な効果を得られてはいるが、逆に言えばそれしか取り柄がない。魔法薬ならばポーションにはできないような繊細な効果を生み出すこともできるかもしれない。それに何より、私の性に合っている。
というわけで、私は早速魔法薬研究会の扉を叩くことにした。
魔法薬研究会の研究室があるのは旧校舎。以前歓迎会で行った場所だ。
本校舎に研究室を貰えなかったマイナー研究会達は大体旧校舎に押し込められているようで、魔法薬研究会もその例に漏れない。
扉の上に掲げられているプレートを頼りに探していると、ようやくそれらしい場所を発見することが出来た。
コンコンとノックすると、返事があったので扉を開ける。その研究室はだいぶ狭い一室だった。
部屋の中央に置かれた机の上には様々なものが山となっておりかなり汚い。間取りも悪く、太陽の光が入ってこないので全体的にじめじめした印象だ。
そんな部屋の中には二人の人物が椅子に腰かけている。
一人は茶髪に眼鏡をかけた大人しそうな女の子。机の上にわずかに作られたスペースにソーサーを置き、まったりとお茶を楽しんでいる。
もう一人は黒髪の男性。薄汚い空間にありながらその立ち振る舞いは理路整然としていて少し近寄りがたい印象を与える。
「ふむ、この魔法薬研究会にお客さんとは珍しい。麗しいお嬢さん方、こんな場所に何用かな?」
男性は慌てることもなく立ち上がると私達の前まで歩いてくる。
結構背が高いな。と言っても、私から見たら大抵の人は背が高いんだけど。
「見学に来ました。魔法薬研究会に興味があるんです」
「なんと、魔法薬に興味があるとは今どき珍しい。ええ、いいでしょう。見たところ君達は一年生のようだ、先輩として我が研究会の活動をお見せしよう」
そう言って私達を中に招き入れる。
部屋の大部分を机に占拠されているので私達が入れば結構狭く感じる。適当に椅子を勧められたので座ると、机の上の物をどかしてスペースを確保し、そこにビーカーやらすり鉢やらを用意し始めた。
「我が研究会ではフィールドワークによって集めた素材を用い、それらと魔法を組み合わせることによって新たな薬を生み出す。最も、新たな薬が生み出されることは稀で、普段はこうして材料の組み合わせを考えたり、磨り潰したりした時に起こる変化を観察したりと地味なことも多いが、その分新しい薬ができた時の感動はひとしおだ」
壁際に設置されたキャビネットからいくつかの薬草を取り出し、すり鉢に落としていく。ゴリゴリと潰したり、時には汁をビーカーに移したりしながら熱心に作業を進めていく。
なんか、私がポーションを作っている時と似ているような気がする。まあ、ポーションも魔法薬と似たようなものだし間違いではないけど。
「ある程度混ざり合ったら核となる魔法を撃ちこむ。これが重要で、普通に発動するだけではだめだ。魔法薬に馴染むように必要最低限の火力を維持しなくてはならない。これが難しいため、魔法薬を作ろうとする者はなかなかいないのだ」
ある程度かき混ぜたところで詠唱を始める。多分、火魔法かな? ただし、実際に火の球が顕現することはなく、すり鉢の中に吸い込まれるようにして消えていく。
一見失敗のようにも見えるけど、恐らくこれでいいのだろう。
ふぅと息を吐いた後、すり鉢の中の液体を小瓶に移していく。液体は淡いオレンジ色に輝いており、【鑑定】してみると、確かに火属性が混ざっているようだった。
「これはいわゆる燃える水だ。振りかければたちまち炎が巻き起こり、対象を焼くだろう。ただ、そこまでの火力はない。今の私ではこれが精一杯でな」
ことりと机に置かれた小瓶をじっと見る。これ、確かに見た目はポーションっぽいけど、魔法が備わっている。
魔法は基本的に攻撃の手段だからこうして不発に近い状態で魔法薬に魔力を込めるのはちょっと難しいかもしれないけど、この液体には可能性を感じる。
もし、魔法の力を薬にすることが出来るならそれこそ無限の選択肢がある。魔法で再現できるならその方がいいのかもしれないけど、魔法を魔法薬にした時の変化もあるかもしれないし、そうでなくても魔法薬にすれば魔法が使えない人でも扱えるようになる。それは凄いことだろう。
ちょっとテンション上がってきた。これは入るしかないでしょう。
「どうかね、興味を持ってくれたら幸いだ」
「とても興味深いです。このまま入りたいくらいです」
「僕はハクが入るなら入るぞ!」
「これは嬉しいことを言ってくれる。よろしい、私達は君達を歓迎しよう。ようこそ、魔法薬研究会へ」
握手を求めてきたので力強く握り返す。ふっとした表情を浮かべ、こちらをまっすぐに見てくる目はこれから同士となるものへの敬意を感じられた。
「私は魔法薬研究会会長のヴィクトール・フォン・ベオロンだ。ミスティア君。君も挨拶したまえ」
「はーい」
ヴィクトールさんに促され、手にしたカップをソーサーに置くと立ち上がってゆっくりとカーテシーをした。
「初めましてー。私はミスティア・フォン・ヴァレスティンよー。よろしくねー」
若干間延びしたような口調でにっこりと微笑みかける彼女からはとてもほんわかした雰囲気が漂ってくる。
「私はハクです。よろしくお願いします」
「僕はサリアだ。よろしくなー」
ヴィクトールさんは三年生、ミスティアさんは一年生で私達と同学年のようだ。
サリアには付き合わせてしまって悪いけど、この研究会はとても有意義な場所になることだろう。とりあえず、私も何か魔法薬を作ってみたいところだ。
何気なくポーション作りをしていたけど、こうして生かせる機会ができたのは喜ばしい。早速やりたいところだが、まだ勝手がわからないのでむやみにやるわけにはいかない。
ひとまず、会長であるヴィクトールさんにいろいろ話を聞いてからにするとしよう。
今はすでに放課後、時間はたっぷりある。
主な活動内容や研究室の使い方、機材の扱い方、素材の所有権などを話し合っているうちに時間は過ぎ、外も暗くなり始めていた。
ひとまず今日は帰ることにしよう。ヴィクトールさんやミスティアさんにお礼を言い、寮へと戻る。
ふふふ、サリアのお目付け役としてきた学園ではあるけれど、これは思わぬ楽しみを見つけられたかもしれない。
明日からの日々を想像するととても楽しみになってきた。
感想ありがとうございます。