第百四十五話:サリアの評判
「率直に聞きますが、ハクさんはあのサリアについてご存知ですか?」
シュリさんの言葉の意味がわからずしばし沈黙が流れる。
サリアの事を知っているかと聞かれたら、それはもちろん知っている。むしろ親友とも言える立場だ。親友とまではいかなくても、これまでの扱いを考えれば仲はいいと思われていると思うんだけど、違うのだろうか?
「それは、もちろん知っていますが、どうしてそんなことを?」
「そう、知っているんですね。知っていて、そんな態度をとってるんですね」
シュリさんは悲しそうに目を伏せながら俯く。
プルプルと肩を震わせ、ともすれば怒っているようにも見える。
何かおかしなことを言っただろうか? どうしていいかわからず困惑していると、がばっと顔を上げて肩に両手を置いて迫ってきた。
「悪いことは言いません。今すぐサリアとの縁を切るべきです」
「えっと、なぜ?」
「あなたはサリアの正体を知っているんでしょう? 今は大丈夫かもしれませんが、いつあなたもぬいぐるみにされるかわかりませんよ」
あ、ああ、なるほど、そう言うことか。
サリアの正体、つまり、ぬいぐるみ化の能力のことを言っていたわけね。
緘口令を敷いているとはいえ、今は被害者を元に戻して家に帰している。いくら口止めをしてもどこかしらから漏れてしまうのは避けられないだろう。
被害者の親族か関係者か、何かしらの理由でサリアの事を知り、そんな彼女と仲良くしている私に釘を刺しに来たと。
「ああ、そのことなら大丈夫ですよ。サリアはもうそのようなことはしませんから」
「なんでそんなことが言いきれるんですか! あんな、人をぬいぐるみにして弄ぶような残虐非道な奴と仲良くする必要なんてありません。早く縁を切らないと、本当にぬいぐるみにされてしまいますよ?」
シュリさんの顔には強い憎しみのようなものが見て取れる。もしかして、被害者自身だったりするんだろうか?
ある程度こういった事態になることは覚悟していたとはいえ、サリアが認められないのは少し悲しい。むしろ、そうやって敵対することの方が危険なんだけど、これは言ってもわかってもらえそうもないよなぁ。
「大丈夫です。それにサリアは残虐非道なんかじゃありません。本当はとても優しい子なのです。できればそんなふうに言わないでください」
「なっ……!? し、正気ですか? 私はあなたのためを思って言っているのに!」
「私のためを思うなら、どうかサリアと仲良くしてあげてください。そうすれば、サリアが本当はどんな人物かわかるはずですよ」
「ッ!? も、もう、どうなっても知りませんからね!」
シュリさんはそう言って去っていった。
まあ、被害者自身にしろ関係者にしろ、サリアがやったことは誘拐監禁だから気持ちはわかる。ただ、サリアにも悪気があったわけではなく、そうしなければならない理由があった。そこは気持ちを汲んでほしいところだけど、そうも言ってられないか。
客観的に見て、どちらが悪いかと言われたらそれはサリアだし、被害者がサリアを恨む気持ちはわかる。
ここら辺の遺恨をどうやって解消すべきかだよなぁ。私はサリアに全面的に協力するつもりだけど、具体的にどうすればいいかはわからない。
今はただ、サリアが学園生活に馴染めるようにフォローするくらいしかできないよね。
「とりあえず、ご飯食べるか」
あまりもたもたしていると休み時間が終わってしまう。
私は道を引き返し、食堂へと向かった。
サリアはその見た目や性格から結構人気がある。
数人の女子に囲まれながら楽しそうに食事をとる姿はとても微笑ましく見えた。
私が近づくと、サリアが私を輪の中に引き込む。
私は私のことは気にせずみんなで食べておいでってつもりだったけど、サリアは私も含めて一緒に食べる気だったようだ。
グループも快く受け入れてくれたのでともに昼食を食べる。話題の中心はやはりサリアのことだった。
「サリアさんってずっと家にいたのよね? 何かご病気とか?」
「いいや? ただお母さんにあまり外に出ないようにって言われてただけ」
「じゃあ、今になって何で学園に?」
「学園に行ってみたいって言ったらハクが王様を説得してくれたんだ」
「まあ、王様を? ハクさんは王様と面識があるの?」
「ええ、まあ、一応」
杖を賜ったり学園に通わされたり王子を押し付けられたり色々と面識はある。
王様って言う割には意外と話が分かる人だとは思っている。話だけならいつも聞いてくれるし、一見無茶に見えたサリアの学園通いも許可してくれたしね。護衛の騎士は大反対だったようだけど。
「そういえば、ハクさんはどこの家の方なの?」
「いえ、私に家名はありません。ただのハクです」
「平民ってこと? へぇ、そんなに綺麗なのに意外だわ」
話題が徐々に私のことへと変わっていく。
貴族が多く通う学園で平民というのはやはり珍しいらしい。この子達の家名は知らないが、恐らくみんな貴族なのだろう。見目麗しい顔が揃っている。
「まあ、私は身分はあまり気にしませんわ。元々学園では身分差はありませんしね」
「私もよ。ハクさんも仲良くしてくれると嬉しいわ」
「それは、もちろん。よろしくお願いします」
こういった学園では身分差によるいじめも多そうだが、少なくともこの人達はそういったことには寛容らしい。
でも、全くないとは思えない。間違ってもサリアが対象にならないように気を付けておかなければ。
「私はシルヴィアよ」
「私はアーシェ。よろしくお願いしますわ」
特に話しかけてきていた二人が挨拶してくれる。
片やスカイブルーの髪色が美しく、落ち着いた雰囲気を纏っており、片や鮮やかな赤色の髪できりっとした目が特徴的な女性。どうやら二人は姉妹のようで、姉がシルヴィアさん、妹がアーシェさんらしい。
つられるように他の女性陣も自己紹介していき、一気に親しくなったような気分になった。
学園生活も悪くないかもしれない。一番はサリアのことだけど、私も少しくらいは満喫してもいいかな?
和気あいあいと話しながら昼食を食べ、やがて休み時間が終わる。そそくさと教室に移動した私達は午後の授業を受けるべく席に着いた。
しばらくして教室に入ってきたのはクラン先生ではなかった。見たことがない、男性の先生。
座学は基本的に担任であるクラン先生の受け持ちだが、それもすべてではない。時にはこうして別の先生が授業することもある。
見知らぬ先生が始める授業を聞きながら今後の学園生活について考えた。
出だしは好調と言えるだろう。すでにサリアには友達ができたし、授業も楽しい。ただ、サリアの事を知っている一部の生徒はサリアを警戒しているようだった。
今回は忠告のみだったけど、今後行動がエスカレートしないとも限らない。敵というと変だけど、サリアのことをよく思っていない潜在的な敵は多いだろう。
それらすべてを止めるのは不可能だ。だから、彼らが何かをした時、私はうまくサリアをフォローできなければならない。
事が大きくならないとよいのだが……。
ちらりと前方の席に座るシュリさんを見る。彼女の口ぶりからして、今後サリアの周りに近づく人々に同じような忠告をするかもしれない。そうすれば、サリアの正体が広がることになる。
最終的にはサリアの正体を知ってなお仲良くしてくれる人が現れるのが理想だけど、大半は離れて行ってしまうだろう。
そうなった時、サリアが再び人をぬいぐるみにしないとも限らない。私がいる限りそんなことはさせないつもりだけど、サリアのトラウマを抉るようなことだけはしてほしくない。
それとなく注意しておくべきだろうか? いや、あれは話を聞かなそうだったからなぁ。多少注意したところで逆効果だろう。
何かうまい案はないものか。ノートを取りながら、思案に明け暮れた。
感想、誤字報告ありがとうございます。