第百四十四話:魔法のメカニズム
オルフェス魔法学園は魔法学園と銘打ってはいるが、何も魔法だけを教える場所ではない。
多くの貴族が集う場所として、地理や歴史、領地の経営術や軍略、作法、剣術など様々な授業がある。
特に一年時には基礎的な内容が多く、訓練場に出て魔法を撃つみたいな授業はあまりない。
そんなわけで、私の魔法を披露するような場面はなく、ただ授業を聞き、必要があればノートにメモするという作業を繰り返すことになった。
まあ、別に不満があるというわけではない。一応ハクとしての記憶があるとはいえ、辺境で育った経歴上そういったことには疎く、知らないことがたくさんある。
だから、こうしてしっかり学べる機会ができたというのはいいことだ。サリアに関しても楽しく学んでいるようで、真剣に授業に耳を傾けている。
もしかしたら勉強が苦手、みたいなことにならないか心配だったけど、この分なら大丈夫そうだ。ひとまず安心。
それにしても、こうして学んでいるといかに私の魔法が普通と違うかがわかる。
地理の授業を終え、今は魔法の授業となっているが、まず最初に教えられたのは魔法が発動するメカニズムについてだ。
魔法とは詠唱によって精霊に希い、自らの魔力を捧げることによって奇跡を起こしてもらうこと、らしい。
精霊とは魔力生命体であり、イメージしたものを具現化する力を持っている。彼らは人々に協力的であり、自らの糧となる魔力を貰えれば喜んで協力してくれるのだとか。
詠唱短縮や詠唱破棄というのは精霊との親密度が高く、言葉にしなくても精霊が意思を汲んでくれる、ということになるらしい。
すべての魔法は精霊によって引き起こされるもので、人が自ら起こしているわけではない。常に精霊への感謝を忘れることなく、祈りを捧げれば魔法はすぐに使えるようになる。
と、先生の話ではそういうことになっているんだけど、本当にそうなのだろうか?
だって、私は初めて魔法を発動した時詠唱なんてしていなかった。精霊との親密度によって詠唱破棄ができるようになるのなら、一度も魔法を発動していなかった私が初めから詠唱破棄なんてできるわけがない。
それとも、アリアのおかげだろうか? アリアは妖精だけど、精霊と同じく魔力生命体だ。確かにアリアとの親密度は最初からかなり高かったし、アリアが手助けしてくれているからすぐに魔法が使えるようになったと考えればおかしくはないか?
『精霊が人間にねぇ……まあ、そういうもの好きもいるとは思うけど』
しかし、授業を聞いているアリアの反応はいまいちだ。何というか、不機嫌そう?
人間がたくさんいるから不機嫌なのかと思っていたけど、そういうわけでもなさそうだ。
『精霊が魔法を発動してくれているの?』
『精霊の加護として授ける場合もあるけど、大体は必要ないよ。イメージさえできれば精霊の力がなくても魔力さえあれば誰でも魔法は使える』
アリアの話では、魔法は魔力と想像力によって生み出される現象で、精霊は関係ないという。だから本来、詠唱なんてなくてもイメージがしっかりしていれば魔法は使える。
詠唱というのはイメージを簡略化するためのものでしかなく、だから多少詠唱が間違っていようと発動自体はする。ただし、魔力の量によって多少増減するとはいえ莫大な威力を出すということはできず、隙も大きくなるため妖精からしたら無駄でしかないとのこと。
ちなみに、妖精は精霊の子供のような存在であり、私はアリアの加護を受けているらしい。魔法の威力が高いのはそのせいもあるのだとか。
知らずのうちに手助けされていたらしい。アリアは本当にいい子だ。
『精霊への感謝を忘れるなと言っておきながら妖精は捕まえようとするんだから人間てわからない』
確かに、アリアは妖精として多くの人間に狙われている。以前、それで捕まったこともあった。
精霊を大切にしようと言っておきながらその子供である妖精を害そうとするのはおかしな話だ。
妖精と精霊は別物と考えられているのだろうか。精霊は目には見えないらしいし。
『精霊ってどこにでもいるの?』
『まあ、あいつらは気まぐれだから。その時の気分でどこにでも現れるよ。ハクだったら魔力も高いし、感じ取れるかもしれないね』
魔力溜まりの魔力の影響で爆発的に増えた魔力は今でも健在だ。もう完全に自分の魔力として馴染んでしまっている。
ただ、竜人状態で定着してしまったせいか、翼や尻尾を出していないとなんとなく落ち着かなくなってしまった。
なんというか、流れるべき場所に魔力が流れていかないというか、体の中で魔力の回路がところどころ詰まっているかのような感覚がある。
我慢できないほどではないけど、なんとなく気持ち悪い。だから、寝る前に翼を出すことで発散している。
自在に出し入れできるようになったおかげでいつでも飛べるのは嬉しいけど、まだ問題は山積みのようだ。
サリアのことをちらちら確認しながら授業を受けること数時間。ようやく昼休みの時間になった。
お昼ご飯に関しては食堂を利用するのもいいし、寮の調理場を借りてお弁当を作るのでもいい。頼めば作ってくれるそうだが、私は普通に食堂で取ることにした。
休み時間になると同時に生徒達、主に女性が群がってくる。
昨日の自己紹介が効いたようで、サリアはとても人気者だ。私の方にも何人かは来るが、やはりサリアの方が気になるのかあまり深くは話しかけてこない。
まだ二日目だというのにこの人の量。編入生という珍しさがあるとはいえ、サリアがここまで愛されているというのは私にとっても好ましい。
願わくば、このまま普通の人の関わりを育んでもらって能力に頼らない信頼関係を結んでほしいところだ。
群がっている女性陣はそのままお昼を一緒に食べるつもりらしく、サリアを食堂へ連行しようとしていた。サリアがちらちらと困ったようにこちらに視線を向けていたから、行っておいでという意味を込めて頷いて手を振っておいた。
私はサリアのお目付け役ではあるけれど、何もサリアを拘束する気はない。せっかく友達が出来そうな雰囲気なのに私が水を差してはいけないだろう。同じ食堂で食べるのだし、そこまで距離も離れないだろうしね。
少し困惑しながらも嬉しそうに囲まれているサリアを見送りつつ、私も食堂に向かうことにした。
「ハクさん、でしたよね。少しお時間よろしいですか?」
先程の授業の内容を軽くノートにまとめてから片付けていると、不意に声を掛けられた。
顔を上げると、眼鏡をかけた茶髪の女の子がこちらを見ていた。
「はい、大丈夫ですよ。なんでしょう?」
「聞きたいことがあって……少しお付き合いしていただいてもよろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」
多くの人がサリアの方に注目する中、せっかく私に声をかけてきてくれたのだ、無下にするわけにもいかない。
快く頷くと、ほっと息を吐いて安堵したような表情になった。
「ありがとうございます。えっと、私はシュリと言います」
「ハクです。よろしくお願いしますね、シュリさん」
荷物を片付け、席を立つ。
シュリさんの後に続いて教室を出ると、案内されたのは中庭だった。
一口に中庭と言ってもその規模は結構大きく、一人でふらりと足を踏み入れれば迷子になってしまいそうなほどには広い。
あちこちに木々や花々が植えられ、ところどころに設置されたベンチではお弁当を広げている生徒もちらほらと見える。
シュリさんは大きな木の陰までくるとこちらに振り返った。どうやらここが目的地らしい。
「わざわざ足を運んでもらってありがとうございます」
「いえいえ。それで、聞きたいことというのは?」
「はい。率直に聞きますが、ハクさんはあのサリアについてご存じですか?」
シュリさんは若干怯えたような、苦しそうな表情を浮かべながらそう切り出してきた。