第六百九十一話:一万年の生き字引
お父さんのいる洞窟に入ると、いつもの広場でお父さんは待っていた。
見る者を威圧するその佇まいは、私ですら自然と背筋を伸ばしたくなる。
一夜は、以前は気絶していたけど、今回は正気を保てているだけましだろうか。
私が事情を説明すると、お父さんはふっとため息をついた。
〈つまり、神のいたずらによって面倒事を押し付けられたということか〉
「えーと、そ、そうですね」
〈この世界の神ですらいい加減なのに、よその神と来たら、あまりに不愉快だ。さっさと駆逐できればいいのだが、悔しいが、あれは我でも手出しできん〉
お父さんも、クイーン関連に関しては色々調べていたようだ。
しかし、居場所が見つからないどころか、調べれば調べるほど、自分達の手には余るものだと理解してしまったらしい。
元々、竜は神の遣いであり、神様が地上を去る際に、世界の管理を任されただけのことである。
力関係的には、どうあがいても神様には及ばないし、仮に及んだとしても、クイーンの力は恐らく創造神様ですら手を焼くレベル。仮に竜の谷の竜達をすべて動員したとしても、恐らく勝てないだろう。
唯一対抗できるとすれば、それは神様の力の一端を手にしている私くらい。
だから、お父さんとしてはそれが不満なんだろうね。
〈……まあいい。それで、それが例の娘か〉
「はい。一夜、大丈夫?」
『う、うん、平気。お、お久しぶりです?』
〈確かにあの娘のようだ。貴様も災難だな〉
お父さんは再びため息をつき、瞬きのうちに人の姿を取る。
お父さんの人姿、久しぶりに見たかもしれない。
一夜も、唐突に人の姿になったお父さんに、きょとんとしている様子だった。
「知識が必要なのだったな。いいだろう、我でよければ力を貸そう」
「ありがとうございます、お父さん」
そう言って、お父さんはテーブルと椅子を用意する。
しかし、お父さんの知識は少し気になる。
私も、大昔に神様が身内で揉めた挙句、地上を去ったということは聞いているけど、具体的にどういう風に去っていったのかはよく知らないからね。
以前、神様が統治していた大陸は酷い有様だし、相当酷い戦争があったんだとは思うけど。
「リュミナリア、いるだろう?」
「ええ、ここに。話は聞いていたから」
「貴様も手伝え。知識に関しては、貴様の右に出る者はいないだろう」
「もちろん、娘の身内の危機とあれば、喜んで協力しましょう」
お父さんが虚空に話しかけると、即座に現れるお母さん。
精霊は神出鬼没とはいえ、お母さんはあんまり動かない性格なんだけどね。
でも、二人の力を借りられるのは心強い。
私は、二人に一夜を託した。
「それにしても、たくさん書かれているわね。下手な図鑑よりも分厚いんじゃない?」
「そのせいで埋めるのに時間がかかってるんだけどね」
「それにこの内容、最近妙な魔法を見たって精霊達が騒いでいたわ。その術式に似ているかしらね」
「こっちの世界でも呪文が乱用されてるの?」
一夜のページを見たお母さんが、そんなことを言った。
呪文に関しては、神様が持つ、魔法に似たものだと解釈している。
その効果は魔法に似てはいるが、場合によっては、魔法よりも効果が高いものもあるようだ。
特に、クイーンが使うものは、効果も範囲も相当なもののようで、一般的な魔術ですら、転移を軽く超えているような気がする。
一夜には、そう言った呪文が数多く書かれているようだけど、それらを使う人がこの世界にもいるのか。
てっきり、神様だけの特権で、少なくともこの世界の人には使えないものかと思っていたけど。
「詳しいことはわからないって言っていたけれど、似たようなものは見た覚えがあるわね。恐らく、神の誰かが教えたんじゃないかしら?」
「また余計なことを……」
神様だけでも手一杯なのに、さらに信者を増やさないでほしい。
いや、神様にとっては、信者を増やしてクイーンに対抗しようとしているのかもしれないけど、この世界にとっては、いい迷惑である。
というか、神様なら最悪追い返せば何とかなるかもしれないけど、人に関しては追い出すわけにもいかない。
神様が去った後も、その人達のせいで混乱が起こると考えると、下手に置いておくわけにもいかないよね。
今は一夜のことで精いっぱいだけど、後で確認しておいた方がいいかもしれない。
「しかし、知識を欲する本か。悪用されなければいいが」
「というと?」
「この本に書かれていることは、無害なものもあれば、有害なものもある。特に、呪文の類はその筆頭だろう。これを利用する者によっては、容易に人を傷つける結果になる」
『それは確かにありますね。実際、私を読んで得た知識を使って、悪事を働く人もいましたし』
一夜は、今まで経験してきたことの一部を話す。
知識自体に善悪はないが、使う者によっては善にも悪にもなる。
一夜を元に戻すためとはいえ、悪用できるようなことを書いてしまうと、後々禍を引き起こすかもしれない。
そう考えると、私がすぐに魔法理論を書き連ねていったのは間違いだっただろうか。
あれも、見る人によっては、悪用もできそうだしね。
いやまあ、記憶力が必須だから、人によるとは思うけど。
「最悪なのは、これらの情報がすべてクイーン側に渡ることだ。ハク、お前はそれを考えたことがあるか?」
「……いえ」
確かに、その可能性もあるか。
この姿が、クイーンの一派の手によって変えられた姿である以上、その情報はあちらに渡る可能性もある。
あまりに重要なことを書いて、それが相手に伝わってしまえば、こちらに不利に働く可能性だって十分にある。
今のところは、魔法理論と魔道具の設計図くらいだけど、これでも場合によってはまずいだろうか。
ちょっと心配になって来た。
「確実ではないが、その可能性があることも視野に入れておけ」
「わかりました」
そうこうしているうちに、一夜のページもだいぶ埋まってきた。
お父さんが書いているのは、この世界の歴史についてである。
この世界の神様が地上を去る前からのことを、簡略化して書いているようだった。
わざわざ簡略化したのは、先ほど言った、敵に伝わる可能性を考慮してだろう。
別に、歴史を知られたところで特に問題はない気もするけど、どこで不利に働くかわからないしね。
それに、簡略化したとは言っても一万年以上の歴史である。その量はかなりのもので、一夜のページもかなり埋まった。
あと一人くらい専門家がいれば、埋まるんじゃないだろうか?
「お父さん、お母さん、ありがとうございます」
「礼には及ばん。早く戻って、ハクを安心させてくれ」
『頑張ります!』
お母さんの知識もだいぶ役に立ったし、次はどこに行こうか。
私は、次なる専門家を探すべく、記憶の海を探すのだった。




