第六百九十話:秘伝の図鑑
「ふむ、これは……」
一夜の体を調べると言い始めてからしばらく経った。
エルバートさんは、眼鏡と一緒に虫眼鏡のようなものを取り出し、一夜の体を詳しく調べていた。
途中、なにやらよくわからない機材に入れたりしてたけれど、あれは何だったんだろうか。
一夜の様子を見る限り、特に何も感じていないようだけど、もしかしたら痛覚がないから無事なだけだったのかもしれない。
あんまり時間が経つと、こちらも心配になってくるから、経過報告くらいはして欲しいものだ。
「よし、こんなものでいいだろう」
「なにかわかりましたか?」
「そうだな、まずは材質についてだが……」
今の一夜は、不気味は黒い装丁の本となっているけれど、どうやらその材質は、牛皮のようだった。
しかし、こちらの世界にもいる牛とは似て非なるもののようで、あくまで牛っぽい生物の皮ということくらいしかわからなかったらしい。
まあ、仮にも異世界産の魔導書だしね。こちらの世界の素材が使われているとは思えない。
普通の本と比べて、明らかに異常な量の魔力が含まれており、恐らく空を飛べているのは、この有り余る量の魔力による影響ではないかとのこと。
元々、一夜の魔力は全然なかったはずだけど、本になったことで増えたんだろうか? それとも、本自体がそう言う性質を持っているのか。
「不思議なのは、魔石の類が見当たらなかったことだ。これだけの魔力を秘めているのに、コアとなる魔石がないなんてありえるか? いや、ない」
「恐らくですけど、ヒヨナさんの魂のようなものが代わりをしているのでは?」
「ふむ、魂か。魂に関する研究は専門外だからよくわからんが、セレネがそう言うならありえるかもしれんな」
一夜が魔道具のような状態であるなら、コアとなる魔石が必須となるが、それがないとなると、魂が代わりをしているのではないかとのこと。
もしそうだとしたら、一夜は魂を消費して動いているということになるから、できればその予想は外れてほしいけど、確かに説得力はあるかもしれない。
動く以上、それにはエネルギーが必要となる。そのエネルギーをどこから持ってきているかと言われたら、他に候補もない気がするしね。
もし、人間の姿に戻れても、魂を消費しすぎて寿命が短くなりましたじゃ困るんだけど、どうしよう。
そう考えると、やっぱり早いところ戻してあげたいところだ。
「以前、インテリジェンスウェポンという構想をしたことがあったが、こんな感じなんだろうか」
「魔道具に意思を持たせて、その場その場で最適な行動を計算してくれるというあれですね。確かに、魔道具が意思を持ったら、こんな感じなのかもしれません」
『私って魔道具なんです?』
「いや、魔石がない以上、魔道具ではない。だが、魔物とも違うだろうし、もちろん人間でもない。本当に不思議なものだ」
まあ、一夜が魔道具かどうかはこの際どうでもいいけど、エルバートさんでも詳しいことがわからないとなると、魔道具の知識を応用して作られたものというわけではなさそうだ。
一夜の話だと、何かしらの呪文をかけられた後、この姿になっていたという話だけど、やっぱり変身魔法的なものなんだろうか?
詳しく解明できれば、ページを埋めずとも戻せそうだけど、今はその時間が惜しいね。
「あの、解析が済んだなら、ページを埋めてほしいんですが」
「そう急かすな。セレネ、図鑑を持ってこい」
「もう用意してありますよ」
そう言って、セレフィーネさんは数冊の本を取り出す。
どうやら、そのほとんどが魔道具の設計図のようだ。
軽く読んでみると、単なる設計図というわけではなく、作る際の注意事項や、使った時の使用感など、一言コメントのようなものがたくさん書かれているのがわかる。
図鑑というよりは、研究メモと言った方がいいだろうか?
「これは我が家に伝わる秘伝の図鑑だ。世に出回っている設計図だけでは十全に力を発揮できないだろうが、これさえあれば最大限の力を発揮できる」
「秘伝のレシピみたいなものですかね」
「そんなものだ。これを他人に見せる、ましてや書き残すなど、本来はありえないことだが、貴様にはセレネが世話になったからな。特別だぞ」
「あ、ありがとうございます」
エルバートさんからそんな言葉が出てくるとは思わなかったが、一応恩義は感じてくれていたらしい。
そう言うことなら、ありがたく書き写させてもらうとしよう。
私は、二人の指導の下、図鑑の情報を一夜に書いていく。
セレフィーネさんが今まで発明した魔道具は多岐にわたり、一つの設計図だけでも、かなりの量が見込めた。
まあ、その分書くのに時間はかかったが、これでだいぶ埋まって来ただろう。
「ありがとうございます、だいぶ埋まってきました」
「まだ全部は埋まらなかったか。かなり分厚いな」
「でも、あと少しです。頑張って埋めていきますよ」
「ああ。元に戻ったら、知らせてくれ。貴様の妹の顔を見てみたい」
「元に戻れたらぜひ」
時間にして二日。思ったより長居してしまったけど、有意義な時間だった。
私は、二人にお礼を言い、その場を後にする。
さて、次はどこに行こうか。
「ハクお嬢様、一度ハーフニル様の下へ向かってみてはいかがでしょう?」
「お父さんのところに? 確かに、お父さんなら結構物知りだろうね」
専門家とパッと言われても思いつかないけど、お父さんの名前を言われた時、確かに適任かもしれないと思った。
なにせ、お父さんは一万年以上も前から生きているし、この世界を管理する立場にある。
歴史については詳しいだろうし、そうでなくても、お母さんは様々な精霊から情報を仕入れることができる。
竜の谷は、知識という意味では、まさに宝庫とも言っていい場所だろう。
なんでこんな簡単なことに気づかなかったのか疑問だけど、あそこはどちらかというと実家みたいなものだし、そう言う感覚が薄いのかもしれない。
思い出させてくれたエルには感謝だね。
「それじゃあ、行ってみようか」
一度、お兄ちゃん達に連絡した後、私達は早速竜の谷へと転移する。
転移すると、さっそくホムラが迎えに来てくれた。
いつものことながら、どうやって感知しているのかわからないけど、おかげで先触れを出さなくても楽に入ることができる。
ホムラ達から話を聞くのもいいかもしれないね。
〈今日は何かと思ったら、まさかそんなことになってるとはな〉
「うん。お父さんなら、色々知ってるかなって」
〈そりゃ知ってるだろうよ。この世界で、ハーフニル様より物知りな奴はいない。……いや、一番はリュミナリア様か〉
「確かに」
ホムラの背に乗り、竜の谷へと入っていく。
そういえば、一夜はいつの間にか、ホムラの言葉を理解できるようになっていたらしい。
言われてみれば、私が竜神モードで話している時も、ちゃんと意味を理解して喋っていたよね。
以前は、竜語なんてわからなかったはずなのに、いつから理解できるようになったんだろうか。
『多分だけど、ホウンさんが何かしたんじゃないかなって』
「例の神様?」
『うん。知識を得るためには、意味を理解できないといけない。そのためには、あらゆる言語が必要だと思うからさ』
「まあ、確かに」
いくら知識を書き込まれても、それを一夜が理解できなければ意味がないからね。
あるいは、書かれた言語は強制的に理解できるようになるのかもしれない。
便利ではあるけど、不思議なものだ。
私は、一夜にまだ隠された能力があるのではないかと疑いながら、お父さんの下に向かった。
誤字報告ありがとうございます。




