第六百八十五話:山積みの問題
第二部第二十五章、開始です。
夏の生暖かい風がだんだんと冷たくなり、過ごしやすい気候になって来た今日この頃。私は、ようやく落ち着いてきた日常に、肩を降ろしていた。
あれから、ダラス聖国の皇都では、かなりの混乱があったらしい。
なにせ、いくら離れていたとはいえ、私やグラスの姿は巨大であり、目がいい人なら目撃することができたし、そうでなくとも、私が放った攻撃は、皇都近くまで被害をもたらしたものだから、神の怒りだとパニックに陥ったようだ。
ソフィーさんを始め、教皇らが私のことを話し、あれは創造神様の分体神だと説明したおかげで、私は人々を守ろうとして戦っているのだと理解してくれたようだけど、その激戦の痕はすさまじく、修復は不可能な域まで達していた。
魔力が実体化してマグマとなったあの大穴も、未だにそのままだしね。
一応、私もできる限り戻そうと努力はしてみたけど、あそこまで被害が大きいと、流石にどうにもできなかった。
幸いだったのは、皇都を含めて、町などに被害が出なかったことだろう。
と言っても、直接当たらなかっただけで、神剣によってめちゃくちゃにされた大地は、生態系の変化などを引き起こし、まともに暮らせなくなってしまった町も出てきてしまったようだから、完全に無事とは言い難いけど、それでも、私が浄化して回ったことを覚えている人は多く、これは眷属化し、他の神様を信仰してしまった罰だと捉えて、受け入れてくれたようだった。
そうして、住む場所を失った人々の輸送や、わずかとはいえ残っているであろう眷属化した人々の浄化なども行い、ようやく戻ってこれたのである。
グラスを退けられたのはよかったけど、ここまでの大事となると、収拾するのも難しい。
私も、王様にダラス聖国に支援してくれるように頼みこんだけど、これ以上はソフィーさん達に頑張ってもらうしかない。
ちゃんと復興できるといいんだけど……。
『ハクは人の心配してる場合じゃないんじゃない?』
「それはそうなんですけどね……」
完全に解決とは言い難いが、ダラス聖国に関しては、とりあえず一段落がついた。
しかし、問題は他にもある。
まず一つが、子竜の件。
予想外の結果により、生まれてしまった私の子供なわけだけど、とりあえず、普段は隠密魔法をかけさせることによって、対処することにした。
幸い、子竜シルバは、魔法の扱いは私と同じくらい得意、というか、私と同じ存在だから得意なようだけど、おかげで教えた魔法はすぐに使いこなすことができた。
試しに、戦闘に使えないかと色々攻撃魔法も教えてみたけど、そのすべてを使いこなしていたので、戦力としては十分すぎるだろう。
まあ、マルチタスクが苦手なのか、攻撃しながら防御もする、みたいなことはできないようだけど、サポートとして見るなら、それでも問題はないよね。
シルバは、私のことを親と思っていて、いつもママーと叫びながら私の後をついて回っている。
そんな様子に、ユーリも心が絆されたのか、かなり可愛がっているようだし、シルバもユーリのことは気に入っているのか、素直に甘えている場面も多い。
なんか、絶対にできないと思っていた子供ができたことは喜ばしいのかもしれないけど、やはり扱いに困る。
子育てって、どうやればいいんだろうか。
〈ママ―?〉
「ああ、うん、ユーリと遊んでおいで」
〈はーい〉
今のところ、私は全然役に立っていないと思う。
食事の世話も、何もかもユーリ任せだし、あまりいい親とは言えないだろう。
もちろん、望んでいないとはいえ、私の子供ではあるから、しっかり育てる気はあるんだけど、今はそれよりも重大な問題がある。
それが、もう一つの問題である、一夜の本化についてだ。
『ハク兄が子供を産んだって聞くと、凄いパワーワード感あるよね』
「笑い事じゃないんだけどね……」
グラスを一応は退けたことにより、クイーンから一夜を帰してもらったはいいが、その姿は禍々しい本へと姿を変えていた。
話を聞く限り、クイーンは一夜に異世界の知識を教える代わりに、しばらくの間私の前から姿を消してほしいと頼んでいたようだけど、そうしたら、ホウンと名乗るクイーンの妻にこんな姿にされてしまったようだ。
一応、知識の集積、すなわち、本に知識を書き込んでいき、ページがいっぱいになれば元の姿に戻れるようだけど、ちょっと確認してみた限り、まだ先は長そうである。
知識なら何でもいいというのなら、適当な言葉を羅列して埋めればとも思ったけど、書かれたことはすべて記憶に刻まれるらしく、あまりへんなことを書くと、一夜が可哀そうなことになるので、あまりやりたくない。
それ以外の方法としては、ローリスさんに【擬人化】のスキルを付与してもらい、それで人の姿になるのが一番手っ取り早いと思ったんだけど、この状態は一種の呪いに近いらしく、それこそ神様でもない限り人間の姿になることはできないようだった。
全く、とんでもないことをしてくれたものである。
「一夜、もう一度聞くけど、体調が悪くなったりはしてないの?」
『うん。もうこの体には慣れたし、そもそも病気という概念もないみたいだからね。傷つけられても、別に痛みも感じないし、特に問題はないよ』
「なんか、逞しくなったね」
『そうかな? まあ、もう数十年もこの姿になってるわけだしね』
なんでも、一夜は単に時間を過ごしていたわけではなく、ホウンの手によって、過去や未来に飛ばされていてたらしい。
その時間の流れはかなり特殊で、私にとっては二か月ちょっとの出来事でも、一夜にとっては数十年と経過しているようだ。
おかげでもう体には慣れたようだけど、すでに元の姿よりも長くこの姿で生きていると思うと、ちょっと可哀そうだ。
というか、本の姿になって、数十年と時を過ごすなんて、もはや普通の人間とは呼べない。
一夜はもう、完全にこちら側になってしまった。
「辛くはないの?」
『別にそこまでかな。ハク兄が無事かどうかだけが心配だったけど、こうしてちゃんと会えたしね』
「……ごめんね、こんな目に遭わせて」
『気にしてないから大丈夫だよ。見方によっては、これも貴重な体験だしね』
クイーンの強さを考えると、どうしようもなかったというのはあるかもしれないが、それでも私がもっと早く解決できていれば、一夜も数十年も彷徨うことはなかっただろう。
一体、どれだけ辛かったことだろうか。大抵は神聖なもの、という風に扱われていたようだけど、時には攻撃されることもあったようだし、普通の人間が耐えられるようなものではないと思う。
必ず守ると言いながら、守れなかったことは、私の心に大きな影を落としていた。
『ほら、元気出して? 私のこと、戻してくれるんでしょう?』
「それはもちろんだけど、できるかな……」
現状、一夜を元に戻すには、ページを埋めて、正規の方法で戻すしかない。
まあ、それもホウンが言っていただけのようだから、本当かどうかはわからないけど、一夜が言うには、嘘は言っていないと思うという。
なら、私が一夜のページを埋めて、元に戻してあげるしかない。
さて、何を書き込んだらいいのだろう。被っている内容ではだめだよね?
私はひとまず、何が書かれているのかを確認するために、一夜のページを開くのだった。




