第百四十三話:寮暮らし
初日の授業も終わり、放課後となった。私達は今、クラン先生に案内されて学園にある寮へと足を運んでいる。
東棟と西棟とでそれぞれ男女に分けられており、女性は西棟になる。何人かの生徒と相部屋となり、卒業までの間そこで暮らすことになる。
希望があれば学園外から通うことも可能だが、出来るだけ学園生活に馴染んでほしいというアンリエッタ夫人の希望もあり、サリアは寮住まいとなった。そして、サリアが寮なら私も当然ついていかなくてはならないわけで、宿暮らしだったということもありこうしてともに寮へと移ることになった。
まあ、宿暮らしと言ってもお姉ちゃんがいる宿にお邪魔させてもらっているような状態だったから本来の形に戻っただけとも言える。一応、私の分の宿代は払っているから文句は言われないだろうけど、お姉ちゃんが若干残念そうにしていたな。外出は認められているし、ちょくちょく会いに行くことにしよう。
「着いたわ。ここがあなた達の住む寮よ」
目の前には四階建ての大きな建物がある。門の傍には門番らしき兵士風の女性が二人立っており、辺りに目を光らせている。
クラン先生が門番に話しかけると、すぐに中に入れてもらうことが出来た。建物の入口は広いホールになっており、入って右手にはすぐに食堂が見える。ちょうど、その食堂から一人の女性が歩いてきた。
すらりとした高い身長。白を基調とした絹のような服を身にまとい、綺麗な白髪をたなびかせている。特に目を引いたのは耳だ。若干尖っている。
もしかして、エルフかな?
「あら、新しい子ですか?」
「アリステリアさん。ええ、今日編入してきたハクさんとサリアさんよ」
クラン先生に促されて軽く自己紹介をする。
女性は物腰柔らかに会釈をすると、にっこりと微笑んだ。
「初めまして。私はアリステリア。この寮の寮母をしています。よろしくお願いしますね」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」
「なあ、もしかしてアリステリアさんはエルフなのか?」
微笑みがあまりに美しく、若干放心してしまった。
綺麗な人だなぁ。あんな人に撫でられたら……って、何を考えてるんだ私は。
幸い、サリアが質問をしてくれたから私の内心を読まれることはなかったと思う。ありがとう、サリア。
「ええ、そうですよ」
「へぇ、初めて見たぞ」
確かに、王都では色んな種族を見かけるけど、エルフって言うのはなかなか見たことがない。
あれかな、やっぱり森とかで暮らしているのだろうか。小説とかだと、他者との交友を望まない排他的な種族として書かれることが多いけど。
「ふふ、初めてエルフを見た感想は?」
「なんか、綺麗だな!」
「あらあら、ありがとう」
くすくすと笑うアリステリアさんはそこはかとない大人の魅力を感じさせる。
私が女性に目を奪われたのはこれで二度目だ。やっぱり、私は女性の方が好ましく思う。王子に求婚とかされてるけど、私はやっぱり男性に近いようだ。
「アリステリアさん。この子達を部屋に案内してくれる?」
「わかりました。では、こちらへどうぞ」
クラン先生から引き継がれ、アリステリアさんが先導する。
案内されたのは四階の一室だった。四人部屋のようだが、入っているのは私とサリアの二人だけだ。
恐らく、王様が手を回したんだろう。なるべく安全を期したいと見える。まあ、二人っきりの方が気兼ねなく過ごせていいけどね。
私は中身は男性であり、そんな奴が女の子と二人部屋でいいのかという疑問はあるけど、サリアは友達だし、今更恥ずかしがることもないだろう。身体的にも万が一も起こりえないし。
……いや、百合百合はできるかもしれないけど私はそんな変態じゃない。向こうから迫ってきたら……まあ、その時はその時かな? ありえないだろうけど。
「ここがあなた達の部屋になります。これが鍵です」
「ありがとうございます」
アリステリアさんから鍵を受け取り、中へと入る。
私達の荷物はすでに運び込まれていた。サリアの分も含めて国が用意してくれたものだから割と充実している。
元は四人部屋というだけあって広く、二人だけで占領するには少し申し訳ない気持ちになった。
「食事は下の食堂で取れます。鍵の管理は任せますが、紛失した時は報告してくださいね」
「わかりました」
「何か困ったことがあればいつでも相談してください。私は大体はここにいますから」
そう言ってアリステリアさんは去っていった。
うーん、いい人そうで何より。これで鬼みたいな人だったら寮暮らしを後悔するところだった。
さて、自由になったことだし早速荷物の整理でもしましょうか。
支給されているのは学校関連のものに加えて寮暮らしに必要な日用品なども含まれる。申請すれば大抵のものは融通してくれるらしく、まさに至れり尽くせりと言ったところ。
服に関しては制服の他にもいろんなレパートリーがある。別に服くらいなら自力で用意してもよかったんだけど、王子がどうしても贈りたいと言ったようでこうなった。
うん、まあ、着れれば何でもいいからいいんだけどね。
そういえば洗濯ってどうするんだろう。アリステリアさんに言えばいいのかな? 後で聞いておこう。
「おお、ハク、このベッドふかふかだぞ!」
私が荷物整理をしている間サリアは何をしていたかと言えば、端的に言えば遊んでいた。
いや、いいけどさ。自分の分は自分でやらないと後でどこに何があるかわからなくなっても知らないよ?
サリアが遊んでいるのは部屋の隅に設置された二段ベッドの上。割と弾力があるのか、ベッドの上でピョンピョン跳ねていた。
宿暮らしをしていた身としてはベッドって基本的に結構硬くて寝心地悪いのが多かった印象なんだけど、ここはそうでもないらしい。跳ねれるくらい柔らかいなら寝心地は良さそうだ。
「サリアはどっちで寝たい?」
「上!」
「じゃあ私は下ね」
試しに私も上に乗ってみる。ふわりと沈み込むような感触がした。
おお、これは中々……。
一年ほど地べたに大きな葉っぱを毛布代わりに生活していた身としては贅沢すぎる品だ。
うーん、整理まだ終わってないけどこのまま寝ちゃおうかな……いや、まだ晩御飯も食べてないしそれはダメか。
授業も終わって今は夕方。余裕があれば校内見学とかもしておきたいけど、今日は無理そうかなぁ。
「サリアも整理手伝ってくれない?」
「おう、任せろ」
うん、出来れば言われなくてもやって欲しいんだけどね。まあ、言えば手伝ってくれるだけましか。
意外と量があり、片付け終わったのはそれから一時間後のことだった。
王様、こんな気合い入れてくれなくてもよかったんだけどなぁ。
整理のついでに部屋着にも着替え、ベッドの上でくつろぎ中。
「そろそろいい時間だし、ご飯食べに行く?」
「そうだな。よし、行くか!」
確か、下の食堂で食べられるんだよね。無料ってことでいいのだろうか? まあ、お金が必要なら持ってるからいいけど。
部屋を出て鍵をかけ、早速食堂へと向かう。
どんな料理が出るのかな。私としては、宿で出ているようなものが出てくれると嬉しいんだけど。後出来ればお肉。
期待しながら訪れた食堂で目にしたのは宿の料理なんて目じゃないくらいの豪華な料理だった。
学園、レベル高すぎない?
感想ありがとうございます。