第十六話:絡まれた
その後は何事もなく森を抜けることができた。
他の子供達とも合流し、みんなでシアンちゃんの無事を喜んでいた。どうやら助けに行ったのはラルス君だけだったようだ。ホントは助けに行きたかったけど、怖くて動けなかったらしい。
シアンちゃんが私が助けてくれたんだよと説明すると、みんな私にお礼を言ってきた。そんなにストレートに言われるとちょっと照れる。
「本当に助かった。お前、強いんだな」
「ちょっと、魔法が得意なだけですよ」
みんなでワイワイガヤガヤ言いながら町に戻る途中、ラルス君が話しかけてきた。
ちょっと申し訳なさそうな、それでいて憧れのような何かを抱いているようなキラキラした目をしている。
いつも怒鳴られてばかりだったからこうして普通に話すのは初めてかもしれない。
「ごめんな。あんな、怒鳴ったりして」
「いいえ。ラルス君の言うことは間違ってませんから」
死なないために注意を払うのは悪いことではない。稼ぎは少なくても、下手に怪我して治療代を取られるよりは何倍もましだと思う。
いささか慎重すぎるきらいはあるけどね。
街に戻るまでの間、ラルス君の身の上話を聞かせてくれた。
ラルス君は元々マリーンという町の孤児院で暮らしていたらしい。その孤児院は貧しく、いつもお腹を空かせていたそうだ。そこで、一番年長だったラルス君は少しでもその暮らしを良くしようと冒険者となり、少ないながらも孤児院に寄付しているらしい。
その行動に突き動かされた何人かの孤児達も同じように冒険者となり、今ではパーティとして一緒に暮らしているそうだ。
一番年上ということもあってラルス君がリーダーのような役割をしていて、他の子供達をまとめ上げているらしい。
安い貸家を借りていて、薬草採取の他にも町の雑用をこなしたりしてみんなで協力して暮らしているそうだ。
うん、やっぱり根は真面目でとてもいい子なんだな。私よりよっぽどしっかりしてる。
……ついつい年下として見ちゃうけど、年齢的には向こうの方が上なんだよね。見た目だけなら倍近く離れてそう。
私の事も聞かれたけど、話す前にギルドに着いてしまった。
ラルス君達は他の場所で仕事してる子が集まってから報告するということで、私は一足先に薬草の納品と魔物の買取をしてもらうことにした。
ポーション作りの片手間だとどうしてもあんまり稼げないけど、まあ、宿代くらいにはなってるからいいでしょう。欲しい物も特にないし。
さて、それはともかく、少しバーによって行こう。
別にお酒を飲みたいわけじゃない。せっかく作ったポーションをマスターに見てもらうのだ。
マスターがポーションの目利きができるかどうかは知らないけど、販売してるんだし、これがポーションとして認められるかどうかくらいはわかるでしょう。
【ストレージ】からポーションを一つ取り出し、手に持って駆けていく。
効果は確認済みだし、これがポーションとして認められるなら売ることも考えようかな。後、せっかく低位ポーションが作れたのだから、中位とか上位のポーションも試してみたい。
そんなことを考えながら小走りでカウンターに向かっていた時だった。
何かに突っかかってバランスを崩し、そのまま倒れ込んでしまった。その拍子に持っていたポーションが飛んでいき、床に当たってがしゃんとその中身をぶちまけた。
ああ、やっぱり自作だから脆いなぁ。って、それはいいとして。
軽く服を叩きながら起き上がって振り返ると、そこには行儀悪く足を出して座っている中年のおじさんがいた。
その足は明らかに私の歩く進路上に出され、転ばせるためにわざと突き出したのだということが一目でわかる。
「おう、嬢ちゃん。大事なポーション割っちまってわりぃな」
口ではそう言いながら目はこちらを睨みつけるようにぎらぎらとしている。憎悪の篭った目だ。
さて、私とこのおっさんは初対面のはずだけど、何か気に障るようなことでもしたっけ?
「だがよぉ、嬢ちゃんが悪いんだぜ? どんなイカサマしてるか知らねぇが、毎度毎度魔物を取ってきちゃあ楽に稼ぎやがって。俺が同じ獲物持ってきた時は半値で叩かれたってのによ」
それは獲物の状態が悪かったからでは、と思ったけど黙っておく。
要するにこのおっさんは私に八つ当たりしたいわけだ。
見た目で見る限り、中年の太ったおっさんではあるが、腰には剣を佩いているし、革の防具らしきものを付けている。ただ、顔が赤い。飲んでるのはビールだろうか、完全に酔っぱらっているようだ。
「冒険者ってのはそんな楽して稼げるほどあめぇ職業じゃねぇんだよ。誰のお零れに預かってやがる。ヤックか? フェイか? 大方【ストレージ】が使えるからって荷物持ちされてんだろ。ガキのくせによぉ。俺だって【ストレージ】さえ使えりゃあもっと稼げるってんだ。調子に乗んじゃねぇぞ」
怒鳴り散らすように顔を近づけて唾を飛ばしながら話してくる。顔に唾がかかって気持ち悪いし、何より酒臭い。
そんなこと言うなら飲んだくれてる間に働けってんだ。
『ねぇ、ハク。こいつやっていい?』
『だめ。我慢して?』
アリアの冷めた声が脳内に聞こえてくる。でも、その必要はない。
どうせこいつはイライラをぶつけてストレス発散したいだけなのだ。適当に聞き流してればすぐに終わるでしょ。
冷めた表情で見守っていたが、それが気に入らないのかおっさんはがんっとジョッキを叩いて立ち上がった。
「わからねぇみてぇだな。てめぇみてぇなやつ見るとムカつくんだよ!」
おっさんが拳を振り上げるのを見てとっさに腕に身体強化魔法を施し、顔の前でガードする。
足にかけて飛び退ってもいいが、周りにはテーブルや他の客達もいるしガードした方が被害は出ないだろう。
そう思って構えていたのだが、いつまで経っても衝撃が来ない。
訝しく思って顔を上げてみると、おっさんの腕を一人の男性が掴んでいた。
「おい、その辺でやめとけよおっさん」
「あん? なんだてめぇ」
おっさんは腕を振りほどこうとしているが、思いの外掴む力が強いのかなかなか振りほどけないでいるようだ。
おっさんの腕を止めた20代くらいの男性には見覚えがある。ギルドに登録する際にも大変お世話になったリュークさんだ。
「おっさん、自分が何してるのかわかってんのか?」
「うるせぇ! てめぇにはかんけぇねぇだろ!」
「そうか? 周りをよく見てみろよ」
夕方という時間帯で賑わっていた酒場は静まり返っていた。皆が皆、おっさんに注目している。それも、多くが軽蔑する目で。
ようやく事の重大さに気付いたのか、おっさんはちっと舌打ちして腕を下ろした。それを見て、リュークさんも腕を離す。
「覚えてやがれ」
そう吐き捨てると、おっさんはギルドを出ていった。それと同時に、ヒューヒューとリュークさんを持てはやす声が聞こえてくる。
因縁を付けられて困っている少女を助けるという行為は酒場ではいい肴になったのだろう。リュークさんはそれに軽く答えつつ、私に手を差し伸べてきた。
「大丈夫か?」
「はい。助かりました、リュークさん」
「何、向こうのおチビちゃん達に頼まれたからな」
入口の方を振り返るリュークさんの視線を追うと、こちらに手を振っているラルス君達が見えた。
なるほど、私が絡まれているのを見て援軍を要請してくれたらしい。
お礼の意味も込めて手を振ると、ちょっぴり顔を赤くしていた。
「まあ、お嬢ちゃんが困ってるとあれば頼まれなくても助けたけどな」
「リュークさんはどうしてこちらに?」
「依頼の帰りだよ。川の方でオークが出たっていうんで、何人かで狩りに出てたんだ」
それで報告に戻ってきたら私が絡まれていたと。
リュークさんは床に落ちて割れた小瓶を見て、残念そうに欠片を拾い上げた。
「あーあ、割れちゃってるな。ポーション、高かっただろ」
「いえ、それは自作したやつなので、特には」
「……自作した? ポーションを? お嬢ちゃんがか」
「え、ええ、そうです。そうだ、リュークさんはポーションの目利きはできますか? 見てほしいんですけど」
一つは割れてしまったが、作ったものはまだある。【ストレージ】からポーションを取り出すと、リュークさんに手渡した。
ポーションを受け取ったリュークさんはしげしげとその小瓶を見つめた後、私の方に視線を向ける。
「これを、お嬢ちゃんが?」
「はい、そうです」
「小瓶の形は違うが、確かにポーションに見える……お嬢ちゃん、ちょっとこれを貸してくれないか?」
「え? はい、構いませんよ」
リュークさんはポーションを持ったままカウンターへと向かうと、マスターにそれを見せて何やら話し始めた。
本当は自分で行くつもりだったけど、リュークさんが聞いてくれるなら聞く手間が省けたかなぁ。
時折私の方を指さしながらしばらく話していたが、ようやく終わったのか戻ってきた。
「ありがとうな、お嬢ちゃん。これは間違いなく低位の回復ポーションだ、マスターの目利きは確かだからな」
「本当ですか? よかった、自信はあったんですけど、売り物になるかなぁと思って」
「売るつもりなのか? なら、マスターに頼むといい。いいポーションなら、相応の値段で買い取ってくれるはずだ」
おお、それは何より。どれくらいの値段で売れるかなぁもう少し数ができたら売ってみようかな。別に今売ってもいいけど、どうせならまとまった数で売りたいしね。後早くお風呂入りたい。酒臭い。
リュークさんにお礼を言い、ギルドを後にした。
冒険者になって絡まれるのはお約束。