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捨てられたと思ったら異世界に転生していた話  作者: ウィン
第二部 第二十四章:一夜奪還編
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幕間:攫われた先で2

 主人公の妹、一夜の視点です。

 話は和やかな雰囲気で進んだ。

 ホウンさんのいた世界。正確には、ホウンさんが侵略している世界も、私の世界と同じように、人々が暮らし、科学によって発展した世界らしい。

 それ故に、私の世界と辿ってきた歴史は似ていて、配信者というカテゴリーも、かなり多く輩出されていたようだ。

 特に、機械音声による実況動画は社会現象になるほどであり、一時代を築いたものだという。

 ホウンさんも、その文化には興味を引かれており、一時期は動画巡りに明け暮れていたようだ。

 なんか、神様なのに随分と庶民的である。

 まあ、結局興味を失うのも早くて、世代の移り変わりとともに魔術の研究へと戻っていったようだけど、おかげで話はよく通じた。


「あんたの兄さん、ハクも配信者をやってるんだね」


「はい。主にRTAをやっていますね」


「ああ、あれか。あれは面白いね。あたしも何度か挑戦したことがあるけど、やって見ると案外難しいもんだし、それに憧れる人が多いのも頷けるよ」


「ホウンさんもRTAやってたんですね……」


「手慰み程度だけどね。これに人生を捧げている人もいると聞いて、面白い人間もいるものだと感じたよ」


 こうして話していると、本当に神様なのかと疑いたくなる。

 でも、同じく神様の力を持っているハク兄も、配信者として活動しているわけだし、案外これが普通なのかな?

 神様って暇なんだろうか。


「ありがとう、いい気分転換になった」


「あ、あの、まだ話すことが……」


「いや、今はいいよ。楽しみは取っておきたいし、少しずつ話してくれたらそれでいい」


 飽きた、というわけではなさそうだけど、ホウンさんはそう言って話を切り上げてしまった。

 怒った様子もないから、多分大丈夫だとは思うけど、少し心配である。


「さて、そろそろあたしも役目を果たすとしよう。異世界の知識を教えるんだったね」


 ホウンさんは、近くにある本の山から、一冊の本を引っ張り出してくる。

 黒い表紙の分厚い本。まるで辞書かと見まがうようなそれは、独特な異質さを放っていた。

 あれって多分、魔導書とかそう言う類のものだよね? 正気が削られたりしないだろうか。


「ちなみに聞くけど、呪文なんかは知ってる?」


「は、はい、少しだけなら……」


「ほう、誰かの愛し子か何かかね。ちょいとごめんよ」


「わっ……」


 ホウンさんは、私に向かって手を伸ばすと、額の上に軽く手のひらをつけた。

 少し冷たい感触がする。何かされるのではとびっくりしたけど、特に何も感じない。

 熱でも測っているのか?


「……なるほど。死を司る神に気に入られてそれとなると、あんたは相当正気度が高そうだ。なら、これにも耐えられるかね」


「な、何のことですか?」


「言っただろう? 異世界の知識を教えると。でも、異世界の知識と一言で言っても、かなりの量がある。すべてとはいかなくても、理解できるほど教えるとなれば、優に百年以上はかかるだろう。だから、少しばかり手抜きをしようと思ってね」


 そう言って、ホウンさんは手にした本を開く。

 不思議なことに、開かれたページには何も書かれていなかった。

 これだけ分厚い本なのに、空白のページがあるなんてありえるだろうか?

 なんだか嫌な予感がする。

 私はとっさに、椅子から立ち上がろうとしたが、気が付けば体が動かなくなっていた。


「なに、怖がることはない。知識を効率よく吸収できる体にするだけさ」


「な、なにを……」


「それじゃあ、いったんお休み」


 その言葉を聞いた瞬間、私の意識はぷつんと途切れた。


 なにやら楽し気な声が聞こえて、目を覚ます。

 一体、何があったんだろうか?

 気絶する前のことを思い出しながら、体を起こす。

 しかし、妙なことに、ただ体を起こしただけのはずなのに、ふわふわとした浮遊感を感じた。

 まるで、宙に浮いているかのような……。

 何かがおかしいと思い、目を開ける。

 そこは、先ほどと同じく、本の山に埋もれた小屋の中だった。

 どうやら、どこかに移されたというわけではないらしい。

 私は、自分の体を確認しようと、手を伸ばす。

 しかし、これもどうしたことか、手を伸ばしているはずなのに、その感覚がまるでない。

 同じく、足も、首も、動かすことはできず、ただ全身の感覚がおかしいということだけがわかる。

 私は、一体どうしてしまったのだろうか。


「ああ、起きたかい? ちゃんと目覚めてくれて何よりだ」


 ふと、目の前にホウンさんがやってくる。

 先程よりも少し上機嫌な様子で、私のことを見下ろしていた。


「久しぶりにゲームを引っ張り出して遊んでいたんだけどね。これがまた楽しいもんだ。たまには時間を忘れて遊び惚けるのも悪くない」


『あの、私、どうなったんですか?』


「ああ、まだ把握もできていないか。ちょっと待っておくれ」


 そう言って、ホウンさんはごそごそと棚を漁り、手鏡を持ちだしてくる。

 確認しな、と言われて、手鏡を見せられたが、そこには驚くべきものが映っていた。


『これは、本……?』


 そこに映っていたのは、一冊の黒い本。

 先程見せてもらった、ちょっと禍々しい雰囲気のする分厚い本だった。

 そう、本だけしか映っていない。

 私の体はどこにもなく、逆に本は生きているかのようにページを広げ、宙を飛んでいる。

 まさかとは思うけど、私、本になっちゃったの……?


「その様子だと、ちゃんと正気は保てているようだ。動きも悪くないし、成功と言っていいだろう」


『ど、どういうことですか!?』


「本は知識の宝庫だ。人々が自らの知識を書き連ね、それが集積していった結果、知恵の結晶となる。と言っても、その本はまだ書かれる前の状態だけどね」


 ホウンさんは、宙を舞う私の体を掴み、ページをぱらぱらとめくる。

 何となく、体の中をくすぐられているようで、少しこそばゆかった。


「知識を得るには、世界を回り、人々から話を聞くのが手っ取り早い。でも、人の記憶は脆いもので、すぐに忘れて行ってしまう。だけど、その本の姿なら、書かれた知識を忘れることはない。後はわかるね?」


『知識を教えるって、そう言うことですか?』


「その本が知識でいっぱいになった時、あんたは誰よりも異世界に詳しい人間になれる。悪くない話だろう?」


『い、いや、本の姿なんて……』


 確かに、これだけ分厚い本がいっぱいになったら、その知識量はかなりのものになるだろう。

 忘れないかどうかはともかく、それだけの知識を話されたなら、異世界の知識は十分に得られると言って過言ではない。

 だけど、だからと言って、本の姿では、その知識を生かすタイミングもない。

 本は知識を提供するものであって、使うものではないのだから。

 これ、ちゃんと人間に戻れるんだろうか? 戻れないとしたら、私はもう、元の世界で暮らすことすらままならなくなりそうだけど……。


「ま、夫からも、何か変化をつけてほしいと言われていたし、これならハクも少しは動揺してくれるんじゃないかね」


『も、戻してください!』


「安心しな。ちゃんと戻る方法はある」


 そう言って、ホウンさんは私をテーブルの上に置き、近くにあった羽ペンでさらさらと文字を書いていった。

 書かれるたびに、頭の中に何かが刻み込まれていくような感覚がする。

 これが、本としての知識の蓄積なんだろうか。ちょっと怖い。


「この本のページが知識でいっぱいになった時、あんたは人間の姿に戻れる。だから、しっかり知識を吸収するんだよ」


 人間に戻れる方法は、本のページをいっぱいにすること。

 果たして、こんな分厚い本がすべて埋まるにはどれほどの時間がかかるのかわからないけど、戻れる方法があるだけましなんだろうか。

 私は、人でなくなってしまったという感覚に、絶望するしかなかった。

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