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捨てられたと思ったら異世界に転生していた話  作者: ウィン
第二部 第二十四章:一夜奪還編
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幕間:攫われた先で

 主人公の妹、一夜の視点です。

 ふと目が覚めると、見知らぬ森の中だった。

 歪に曲がりくねって育った木々に、極彩色の草、夕方頃なのか、かすかに茜色に染まったそれらは、私の知る限り、見たことがないものだった。

 ここは一体どこだろう。そもそも、私は何をしていたんだっけ?

 しばし考えてみると、だんだん思い出してきた。

 私は、クイーンと名乗る神様に攫われたんだった。


「ここ、どこ……?」


 クイーンの話では、異世界の知識を教える代わりに、しばらくの間ハク兄の前から姿を消してほしいということだった。

 まあ、そのしばらくが永遠な可能性もあるけど、とりあえず、殺す気はなく、ちょっといなくなってほしいという程度の考えらしい。

 私としてはいい迷惑だけど、下手に断って、ハク兄が危険に晒されるよりは、ましだと思って、素直に攫われたわけだ。

 でも、攫ったという割には、クイーン本人の姿も見当たらないし、拘束されている様子もない。

 全く見知らぬ場所という以外は、別に攫われたという感覚はないんだけど。


「とりあえず、歩いてみよう」


 すでに夕方っぽいし、こんな森の中で野宿なんて御免である。

 最悪、野宿するにしてもそれらしい場所を見つけなければと思い、まずは辺りの探索を始めることにした。

 まるで、おとぎ話の中にでも出て来そうな不気味な森。

 野生動物でも出てきたらどうしようかと思いながら、しばらく歩いていると、やがて前方に建物が見えてきた。

 森を抜けたのか、と思ったけど、そう言うわけではなく、森の中にある小屋らしい。

 こんな場所に小屋?

 かなり怪しいけど、すでに日も落ちかけている。

 私は、一か八か、声をかけてみることにした。


「すいません、誰かいますか?」


「開いているからお入りなさい」


 帰ってきたのは、少し低い女性の声。

 とりあえず、人はいるようだし、言われた通りに入って見ることにする。

 小屋の中は、結構狭苦しい印象を受けた。

 あちらこちらに散らばっている本の山、何に使うのかわからないガラクタ、そして、部屋の隅に置かれた巨大な釜。

 まるで、魔女の小屋かと見まがうようなその光景に、入ったことを少し後悔した。


「いらっしゃい。こんなところに来るなんて、あんたもついてないね」


「え、えっと、初めまして。私は……」


「ああ、言わなくてもわかってる。ヒヨナだろう? 夫から話は聞いてるよ」


 そんな小屋の一角、本の山に囲まれたテーブルの前で、椅子に腰かけた一人の女性が声をかけてきた。

 声は割と優しそうだけど、その女性が普通でないことは、一目見てわかった。

 なぜなら、その女性の頭には、巨大な鹿の角が生えていたから。


「あなたは……」


「あたしはホウン。ただの暇人さ」


 入り口に突っ立っているのは何だろうと、ホウンと名乗ったその女性は椅子を勧めてくる。

 信用してもいいものか。でも、仮にここを出て行ったとして、無事に森を抜けられる保証もない。

 一応、私のことを知っているようだし、ここは縋ってみるしかないか。

 そう思いながら、私は椅子に腰かけた。


「ごめんね、夫の悪ふざけに付き合わせちゃって。あんな趣味はやめろと言ってるんだけど、聞かなくてね」


「その夫というのは、誰なんですか?」


「おや、聞いてないのかい? あの時の姿は確か……クイーンか。あんな成りだけど、あたしの夫だよ」


「……女性なのに?」


「あれはああいう生き物だから、性別なんてさしたる問題じゃないさ。あたしが会った時は男だったしね」


 どうやら、夫というのはクイーンのことらしい。

 なんか、神様だから、そう言うのには鈍感なんだろうか。

 まあ、別に私は女性同士で結ばれようが特に気にしないし、そこは問題視しないけど。


「ハク、だったかな。なんか気に入った子を見つけたらしくて、最近はあたしのことはほったらかしさ。そのくせ、今回みたいに都合のいい時だけ頼みごとをしてくる。本当に、困った奴だよ」


「なんだかすいません……」


「あんたが謝ることじゃないだろう? それに、別にあたしは気にしないしね」


 困った奴だと愚痴る割には、夫婦仲は良好なんだろうか。

 まだ全然この人のことについて知らないけど、悪い人ではないのかもしれない。


「頼まれごとって、何を頼まれたんですか?」


「まず一つが、あんたに異世界の知識を教えることだね。一応、巻き込んだ詫びのつもりらしいけど、まあ、ただの気まぐれだろう。昔だったら、ハクとやらの目の前で殺して、その反応を楽しんでいただろうね」


「……」


 やっぱり、その可能性もあったのか。

 私は運がよかったのかもしれない。


「ただまあ、殺す気はなくとも、ハクを絶望させたいから、何か変化をつけてくれとさ。なんであたしがあいつの趣味に合わせなくちゃならないんだろうね?」


「い、嫌ならやらなくてもいいんですよ?」


「別に嫌ではない、そう言うところも含めて、あたしはあいつが気に入ったんだからね。だから、頼まれた以上は、やるつもりだよ」


「そうですか……」


 変化をつけろと言うのは、どういうことだろうか。

 ハク兄を絶望させるのが目的なら、それこそ殺されると思ったけど、殺す気はなさそう。

 となると、腕の一本でも持って行かれるとか? それとも、精神をいじくられて廃人にさせられるとか。

 死んではいなくても、壊れていたらハク兄は悲しむだろう。むしろ、死んでいてくれた方が、まだ悩まずに済む分楽かもしれない。

 私は一体、どうなってしまうんだろうか。


「ま、あたしは別にあんたに恨みはないし、殺すつもりはないからそこだけは安心しな」


「あ、ありがとうございます?」


「ああでも、あんたは異世界から来たんだろう? なら、その話を少し聞かせちゃくれないかい?」


「異世界の話ですか?」


「ああ。様々な魔術の研究で時間を潰してはいるが、娯楽が少なくてね。夫みたいに、他人をいたぶる趣味はないし、刺激が欲しいのさ」


 そう言って、話を催促してくる。

 一応、この人も神様なんだよね? 随分とフランクな感じである。

 でも、異世界の話をするくらいなら、別に問題はない。

 私だって、ずっと監禁されていたくはないし、いくら殺されないとは言っても、こちらに敵意を持っている人と一緒の場所で過ごしたくはない。

 話すことで、少しでも心を通じ合わせることができるなら、それは私の安全にも繋がるだろう。

 そう言うわけで、私は異世界の話、すなわち私のいた世界での話をすることにした。


「ほう、あんたは配信者なのかい」


「はい。ヴァーチャライバーと言って、アバターの姿でゲームをしたり、トークをしたりするんです」


「へー、あの世界でも配信者ってものは見たけれど、ヴァーチャライバーって言うのは聞いたことがないな」


 意外にも、ホウンさんの感触は良好だった。

 こちらの話を興味津々な様子で聞いてくれるし、途中からお茶も用意して、聞き入る準備を整えたくらいだった。

 この調子で仲良くなれれば、もしかしたら何もされずに済むかもしれない。

 私は、かすかな希望に縋りながら、話を続けた。

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