第六百八十四話:子竜の名付け
『ハク兄、大丈夫だよ。この体もそう悪いものじゃないから』
〈一夜、でも……〉
『私は、こうしてまたハク兄と会えたこと、ハク兄が無事なことが、何より嬉しいんだよ』
意外にも、一夜は冷静だった。
人間とはかけ離れた姿になって、絶望しているだろうと思っていたのに、むしろこの姿を楽しんでいるかのような余裕がある。
攫われている間に、慣れてしまったんだろうか?
確かに、一夜が攫われてから、それなりに時間が経ってしまったし、すでに絶望するフェイズは終えてしまったのかもしれない。
それはそれで、一夜の苦しみを分かち合えなかったことに悲しみを覚えるけど、でも、発狂しているよりはましなのかもしれない。
少なくとも、一夜が一夜である事実は変わらないし、精神崩壊して廃人になったとかよりは全然いい。
だからと言って、クイーンを許せるかと言ったらそんなことはないけど。
「しばらく時間を上げる。グラスちゃんの力も取り込んだのなら、少しは歯ごたえのある戦闘もできるようになっているでしょう。私と直接戦うことになるその時まで、ちゃんと鍛えて強くなってね」
そう言い残し、クイーンは姿を消した。
神剣の一振りでもしてやろうかと思ったけど、恐らく意にも介さないだろうし、逃げられたのは仕方ない。
残されたグラスは、少し呆れたようにため息をつき、そうしてこちらに話しかけてきた。
『クイーンは相変わらずね。でも、これで約束は果たしたわよ?』
〈まあ、そうですね。こんな姿でなければ完璧だったんですけどね〉
『それは私に言われても困るわ。なんにせよ、今後はしばらくあなたのことを観察させてもらうわね。面白いことになるのを期待しているわ』
そう言って、グラスは闇に溶けるように黒くなっていき、やがて姿を消した。
クイーンといい、グラスといい、神様は瞬間移動がデフォルトなんだろうか?
まあ、私も転移魔法があるから、同じようなことはできるけども。
敵がいなくなり、静寂が訪れる。
結果だけを見るなら、グラスを追い払い、一夜を取り返せたという文句ない結果だけど、状況が状況だけに、素直に喜べない。
とりあえず、後始末をしなければ。
〈一夜、後で話を聞かせてもらうからね〉
『うん、話したいことたくさんあるよ』
一夜は自力で飛べるようなので、ひとまずエル達と合流することにする。
グラスとの戦闘は、遠目からしっかり見ていたようだけど、私が出産を始めた時は、目を疑っていたようだ。
この子竜に関しても、どうにかしないといけないよね……。
地形の問題や、ソフィーさんへの説明など、やることは山積みだし、これから少し忙しくなるかもしれない。
「ハク、ひとまずお疲れ様」
「神同士の戦いって言うのは、迫力があるもんだな。あれは俺達じゃ太刀打ちできない」
とりあえず、元の姿へと戻り、エルの背に乗る。
しばらく竜神モードでいたせいか、少しふわふわした感覚があるけど、体に異常はないと思う。
念のため、【鑑定】でも調べてみたけど、特に何もなかったしね。
まあ、子竜に関する称号が少し増えていたのが少し気になるけど。
竜の親ってみんな称号持ってるの? そんなの聞いたことないけど。
「その子、どうするの?」
「うーん……」
元の姿に戻っても、子竜は消えずに残ったままだ。
力の一端とは言っても、一度外に出したからなのか、姿が形成されており、維持もできるようである。
まあ、いざとなれば、隠密魔法で隠せるからいいけれど、子供とはいえ、竜を連れ歩くとなったら、ちょっと問題になりそうだ。
〈ママ―?〉
「ふふ、子供なんて見込めないと思ってたけど、一応私達の子になるのかな?」
「ちょっと違う気もするけど……」
ユーリは、子竜のことを撫でながら、そんなことを言っている。
確かに、私は精霊だから子供は産めないはずだったし、ユーリも半分精霊になったから同じだったんだけど、今回のイレギュラーで、意図せず子供ができてしまったわけだからね。
直接交わったわけではないとはいえ、一応私達の子供ということになるのか?
なんだかんだ、子竜もユーリの気を許しているみたいだし、親に近い存在とは思ってそう。
『ハク兄の子供? ついにそこまで来たんだね……』
「いや、あれは想定外だから! 私が望んだわけじゃないから!」
一夜も生暖かい目でこちらを見ているような気がするし、踏んだり蹴ったりである。
「あ、そうだ。名前を付けないとね」
「名前……まあ、必要ではあるのかな」
確かに、いつまでも子竜と呼ぶわけにはいかないし、名前を付ける必要がある。
名付けは苦手なんだけどなぁ……。
ひとまず、姿から考えてみる。
子竜の姿は、白銀の鱗が美しい竜の姿だ。
瞳の色も、翼膜や尻尾の形も、私にとことん近くなっているような気がする。
このまま大きくしたら、私の竜姿と同じ感じになるだろう。
そうなってくると、やはり銀にちなんだ名前がいいだろうか。
「銀……シルバとか?」
「私はいいと思うよ」
「投げやりなのやめて……」
ユーリも、何ならお兄ちゃんやお姉ちゃん、一夜に至るまで、うんうんと適当に頷いていた。
肯定してくれるのは嬉しいけど、本当にそれでいいのか? 安直すぎないか?
「き、君はどう思う?」
『シルバ! シルバ!』
「気に入ってるみたいだよ?」
「いいのかなぁ……」
まあ、本人が気に入っているならそれでいいけど、なんか釈然としない。
でも、どうせ私のネーミングセンスじゃ、まともな名前は付けられないだろうし、ユーリも私に丸投げな以上は、これで納得するしかないか。
別に、そこまで悪い名前というわけではないと思うしね、うん。
ということで、子竜の名前はシルバに決まった。
「これからよろしくね、シルバ」
『よろしく!』
子竜の誕生、グラスの注目、そして、一夜の本化。
色々なことが起こりすぎて目が回りそうだけど、ひとまず、一段落はついたはずだ。
課題も見えたし、今後、クイーンと戦うこともあるなら、それに向けての準備もしないといけないし、時間も貰ったから、まずはそこらへんに手を付けるべきだと思う。
私は、これからやるべきことを頭に思い浮かべながら、束の間の休息を噛みしめた。
感想ありがとうございます。
今回で第二部第二十四章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第二十五章に続きます。




