第六百八十三話:待望の再会
〈グラス、さっきの言葉に嘘がないなら、さっそく一夜を帰すように頼んでくれませんか?〉
『ええ。と言っても、言わなくてもすでにあちらは把握していると思うけどね』
そうでしょう? と言ってグラスはあらぬ方を見つめる。
それにつられて、目線を向けると、そこには赤いドレスを纏った、妖艶な女性が浮かんでいた。
さっきまで気配すら感じなかったのに、本当に神出鬼没な奴だ。
「グラスちゃん、もう飽きちゃったのかしら?」
『何を言ってるのよ。むしろとても興味が沸いたわ。流石、あなたが認めただけはあるわね、クイーン』
「ええ、そうでしょう? ハクはとっても面白い子なの。まさか、戦闘中に子供を産むなんて、考えもしなかったわ」
クイーンは、すっと宙をすべるように移動すると、グラスの頭の上に乗る。
この対格差なのに、クイーンは全く物怖じした様子がないし、グラスはグラスで対等のような話し方をしている。
グラスは創造神様と並ぶレベルの神様らしいけど、それと対等って、クイーンは本当に何者なんだろうか。
「でも、ちゃんと戦ってくれないと、ハクの脅威にはふさわしくないんじゃない?」
『普通に戦ったら、どうあがいても私には勝てないでしょう。それとも、私が手加減に手加減を重ねて、それで倒された方がよかったかしら?』
「うーん、倒されてくれる方がありがたいけれど、流石に手加減しすぎも問題ね。それに、本当に倒されちゃうと、ホウンちゃんに何を言われるかわかったものじゃないし、それならこのくらいで妥協した方がいいのかしらね」
今のグラスは、レーザーによって体中が焼け焦げているし、記憶はないけど、やたら滅多ら振り回した神剣によって、結構なダメージを受けているように見える。
それでも、私ではどうあがいても勝てないと断言する当たり、かなり手加減していたのは間違いないようだ。
あれだけ異世界の神様の力を取り込んで、あれだけ修業したにもかかわらず、これだけ余裕を見せられると、変な笑いが出てくる。
私は、本当にクイーン達を追い出すことができるんだろうか。
「まあ、今回はいいでしょう。面白いものも見せてもらったし、それでチャラってことにしてあげるわ」
『ありがとう。ああ、そうそう、今度ホウンちゃんのところに遊びに行きたいから、予定を聞いておいてくれる?』
「ええ、もちろん。ホウンちゃんも喜ぶことでしょう」
こんな状況でなければ、友達同士の軽い会話のように聞こえるけど、私としては気が抜けない。
なにせ、ここで一夜が帰ってくるかどうかが決まるのだから。
『待ちきれないようだから言うけれど、ヒヨナちゃん? は今どこにいるのかしら?』
「ああ、ヒヨナちゃんなら、ホウンちゃんに任せているわ。きっと、色々なことを教えてくれているでしょう」
〈早く帰してください!〉
「そんなに焦らないで。今呼んであげるから」
そう言って、クイーンは空に向かって手を伸ばす。
すると、一瞬手の先が光り輝き、次の瞬間には、その手には一冊の本が握られていた。
図鑑のような厚さがある、重厚な本。
片手で持つには少し重そうだけど、あれを使って呼ぶんだろうか?
「はい、どうぞ」
〈……なんのつもりですか?〉
「ヒヨナちゃんに会いたかったのでしょう? だから、返してあげると言ってるの」
こいつは一体何を言っているんだろうか。
確かに、一夜を帰してほしい気持ちはあるけど、だからと言って、こんな本が欲しいわけじゃない。
それとも、この本に載っている呪文か何かを唱えれば、帰ってくるということなんだろうか?
クイーンの意図は読めないけど、ひとまず受け取って見ることにする。
黒く、少しざらざらとした感触の本。表紙には何も書かれておらず、どんな本なのかはわからないけど、異質な魔力を感じるし、魔導書の類かもしれない。
恐る恐る、ページをめくってみると、次の瞬間、予想外のことが起きた。
『ハク兄?』
〈えっ、一夜?〉
不意に聞こえた、一夜の声。
とっさに辺りを見回してみるけど、その姿はどこにもない。
探知魔法で見てみても、特にそれらしい反応はないし、姿を消しているというわけでもないだろう。
では、この声は一体どこから?
『ハク兄だよね? ちょっといびつになってるけど、この感触、間違いない』
〈一夜、どこにいるの!?〉
声はすれども姿は見えず。
一夜の声を聞けたという安心感はあるにしろ、姿見えないのであれば、完全に安心することはできない。
私は必死に一夜の姿を探した。
『ここだよ。ほら』
〈わっ……!〉
その瞬間、手にした本が浮かび上がる。
本のページを開き、それを翼のようにパタパタとさせながら宙に浮かぶそれは、ポルターガイストのような不気味さがあった。
一夜の声、そして、動き出した本。
もしかして、そういうことなのか?
〈……一夜なの?〉
『うん。会いたかったよ、ハク兄』
声は本から聞こえる。
間違いない。どうやら一夜は、本の姿にされてしまっているようだった。
「感動の再会と言ったところかしら? 無事に会えてよかったわね」
〈無事なものですか! なんですかこれは!?〉
状況を理解した途端、クイーンに対して怒りが沸いてきた。
勝手に試練を用意して、勝手に一夜を攫って、ようやく取り返せたと思ったら、その姿は本になっていましたって? 馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。
一体どういう過程でこんな姿になったのかは知らないけど、明らかに異常な姿だし、攫った先で、何かあったのは間違いないだろう。
先程の話に出ていた、ホウンちゃんとやらが何かした線が濃厚か?
どちらにしても、クイーンの勝手な行動で、一夜はこんな姿にされた。
これで黙っていられようはずがない。
私の怒りに呼応してか、子竜がクイーンに向かって睨みを利かせている。
迫力はないけど、私の感情の万分の一でもぶつけられるなら、それに越したことはなかった。
「ちゃんと無事でしょう? 別に洗脳したりはしていないし、体もちゃんとある。まあ、ちょっと変わってしまってはいるけど、そう大差はないでしょう?」
〈一夜は人間です! こんな姿で納得できるわけがないでしょう!〉
「それなら、戻してあげればいいじゃない。より一層神に近づいたその体なら、できるんじゃない?」
〈戻せって言ったって……〉
一応、変身魔法などで、一時的に元の姿に戻すことはできるだろう。
しかし、それには魔力が必要であり、それを使い切ってしまえば、また戻ってしまう。
ぱっと思いつく限りでは、【擬人化】のスキルを使えば、消費もなく人間の姿を維持できそうではあるけど、その姿だって、完全に元の姿とは言い難い。
というか、魔法などに頼ってしまう時点で、一夜はもう普通の生活には戻れない。
普通の人間としての一夜は、死んでしまったと言っても過言ではない状況であり、私はそれが許せないのだ。
いくら、呪文を教えてもらったり、魔法が使えたり、神様と交流を持とうとも、人間であることが、一夜を守る最後の砦だったのに……。
私は、怒りと無力感を感じながら、宙に浮かぶ本を見た。
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