第六百八十二話:子竜と共に
相手の力を逆に利用して、パワーアップを果たす算段だったはずが、まさかの子供を産むという奇想天外な展開により、私はすっかり気力を削がれていた。
一応、パワーアップ自体はできたらしい。
神力の量自体は上がっているし、この子竜も、神剣と同じように戦力として見ることができるようだから、リクの目論見は成功したと言ってもいいだろう。
まあ、おかげでとんでもない隙を晒すことになったわけだが。
グラスが謎に心変わりしてくれていなければ、私はすでに殺されていたことだろう。
グラスの体液を飲まされたのは、私の油断が原因とはいえ、リクも少しは予想していてほしかった。
『いやぁ、これは予想できないでしょ。力の一端として子供を使う神もいるにはいるけど、ハクはそんなタイプじゃなかったし、いくら神力が溢れたとしても、子供ができるなんて思うわけないじゃん』
〈まあ、それはそうなんですけどね……〉
これに関しては、誰も予想ができないと思う。
リクに当たったのは、この理不尽を誰かのせいにしたかったからだ。
私は、はぁとため息をついた後、子竜のことを見る。
見た目は、私の竜の姿を、そのまま幼くしたような姿だった。
子竜はとても貴重で、滅多にお目にかかれるものではないから、こうして生まれたばかりの子竜を見る機会というのは貴重かもしれない。
しかも、それが自分の子供として生まれたとあっては、愛着も多少は生まれる。
しかし、どちらかというと、この子竜は子供というよりは、武器に近い。
果たして、戦力として振るうべきなのか、それとも子供として大切にするべきなのか、どちらが正解なのだろうか。
『本当に、いいものを見せてもらったわ。生命の神秘というのは、とても興味深いものよね』
グラスは、とても満足げな声でふぅと息をついていた。
そう言えば、今は戦闘中だったんだよね。
出産という、戦闘中に起こるにはあまりにおかしな現象に忘れかけていたが、思えば私が今乗っているのも、グラスの触手の上である。
グラスがその気なら、即座に握りつぶしておしまいにすることもできるだろう。
私は、脱力した体に鞭打って、触手から脱する。
『待って、まだ戦うつもり?』
〈当たり前でしょう。私は、あなたをこの世界から追い出すために来たんですから〉
『うーん、それはそうなんでしょうけど、もう少し周りを見た方がいいんじゃないかしら?』
〈周り?〉
ひとまず、距離を取りながらも、辺りを見回してみる。
先程放ったレーザー攻撃によって、周囲の森は陥没したかのように穴が開き、マグマが煮えたぎる地獄のような様相を呈している。
それだけなら、まだ把握していたけど、今はそれに加えて、もっと悲惨なことになっていた。
あちらこちらに裂傷のように刻まれた亀裂。
一つ一つが、大峡谷と見まがうようなそれが、何十と見受けられた。
峡谷の周囲も、余波によって抉られたのか、木々が吹き飛んでいるし、目視で見てみても、相当遠くまで被害が及んでいるらしく、皇都の近くにも亀裂が見て取れた。
なに、これ?
流石に、こんな大規模な被害が出るような攻撃をした覚えはない。
グラスも、私がおかしくなってからは、攻撃していたようには思えないし、こんなに被害が出ているのはおかしい。
恐ろしくなって、エル達がいる方を見てみたけど、そちらはルーシーさんがいたおかげもあってか、無事な様子だった。
何があったかはわからないけど、ひとまず無事なようで何よりである。
『まあ、覚えてないのも無理はないわね。あの時は、痛みに耐えるのに必死だったでしょうから』
〈これ、私がやったんですか……?〉
『そうよ。その剣、破壊に特化しているようだし、手加減もなしに振るえば、これくらいの被害は出るでしょう。むしろ、このくらいで済んだのが奇跡かもしれないわね』
よく見てみると、グラス自身の体にも、いくつかの裂傷があり、そこから黒い体液を流している。
どうやら、出産の痛みに耐えている際に、握り込んでいた神剣をめちゃくちゃに振り回してしまっていたらしい。
ただでさえ、一振りで大地を穿つほどの威力がある神剣をそんな風に振るえば、辺りがめちゃくちゃになるのも頷ける。
辺りの惨状を見て、私は少し怖くなった。
一応、この辺りに町はないし、人々に被害が出た可能性は低いとはいえ、皇都近くまで飛んでいるし、一歩間違えば、何人か殺してしまっていても不思議はない。
制御できるように、色々修行してきたのはあるにしても、私の理性が働いていないと、こんな風になると考えると、本当に私が持っていい武器なのかどうか怪しくなってくる。
『これ以上戦えば、もっと酷いことになると思うけど、あなたはそれでいいのかしら?』
〈……それでも、あなたを倒せるなら〉
『うーん、変なところでスイッチが入っちゃってるわね』
確かに、これ以上環境破壊するのもどうかとは思うが、そもそもグラスを倒さなければ、一夜が帰ってこないという問題がある。
私としては、グラスに関しては、帰ってくれるなら別に倒そうが倒せまいがどっちでもいいけど、一夜を人質に取られている以上、クイーンのオーダーは完遂しなければならない。
もちろん、やったからと言って、本当に一夜を帰してくれるかどうかはわからないけど、少しでも希望があるなら、それに縋るしかない。
特に、ルディですら未だに見つけられていない現状を見ると、自力で見つけ出すのは難しいだろうしね。
『流石に、出産直後の子連れをいたぶる趣味はないわ。元々、殺す気もないし、クイーンへの義理も果たした。だから、今回は私の負けでいいわよ』
〈本気で言ってます?〉
『ええ。必要なら、えーと、ヒヨナちゃん? についてもクイーンに話を通してあげる。悪い話ではないでしょう?』
〈……〉
思わぬ提案に、罠なんじゃないかと邪推してしまうけど、グラスがここで罠を張る必要はない。
そもそも、グラスは完全に遊んでいた。触手に殺意がなかったし、本人も、初めから殺す気はなかったと言っている。
私の本気の攻撃を食らっても、その態度を崩すことはなかったし、むしろ、私の出産に対して、守るようなこともしてくれた。
殺す気があるなら、さっきのタイミングで触手で握りつぶしてしまえばよかっただけの話だし、その気がないにしても、わざわざ負けを認める必要はない。
であるなら、その言葉は本心なんだろう。
本当に、神様というのは何が琴線に触れるかわからない。
『ただ、一つ条件があるのだけど』
〈……なんですか?〉
『しばらくの間、あなたのことを観察させてもらうわね。その子供ともども、とても興味深いから』
そう言って、瞳のない目をこちらに向けてくる。
こんな神様に注目され続けるとか普通に怖いけど、でも、今が分が悪いのも事実。
気合で飛び上がったけど、出産による脱力感は未だに残っているし、神力が増えたとはいえ、子竜の使い方もよくわかっていない。
元々、最大の目的は、一夜を取り返すことだし、ここは受け入れるのが無難か。
私は、警戒しながらも、その要求を飲む。
果たして、これが吉と出るか、凶と出るか。
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