第百四十二話:編入初日
数日後、いよいよ休みが明け、編入の準備が整った。
私とサリアは今、クラン先生に先導されながら校舎の中を歩いている。
この学園、意外と広いらしく、一年から六年までの生徒が集う校舎の他に、研究棟や体育館など様々な設備が整っている。今、私達がいるのは東棟で、一年から三年までの生徒が集う校舎だ。三階建てで、一年生は三階が教室となる。
内装は結構立派だ。主に石で作られた校舎内は小さな城のようで、あちこちに学園の紋章が描かれている。
「ここがあなた達の所属するCクラスです。まずは私が説明をするので、あなた達は合図があったら入ってきてください」
「わかりました」
そう言って先にクラン先生が教室に入っていく。
Cクラスになったか。割と上だったなぁという印象。
クラスはA~Fクラスまである。基本的には冒険者と同じで、高いほど優秀となる。とはいえ、一年生ではそこまで大した差もないためあくまで目安だ。
Cクラスなら中堅、可もなく不可もないと言ったところ。筆記がダメダメだったけど実技が良かったからという感じだろう。
無難な結果にとりあえず安堵しておく。下手にAクラスとかに編入じゃなくてよかった。初めてのことだし、最初は様子を見たいところ。
「それでは、二人とも入ってきてください」
しばらくするとクラン先生のお呼びがかかった。
私は服装を今一度確認すると教室の扉を開ける。
ちなみに今の服装は学園指定の制服だ。灰色を基調とした色で下は紺のスカート。それと、腰には短い杖を差している。
この杖はロッドというもので、生徒全員に支給されるものらしい。主に魔法の発動を手助けしてくれる効果があり、初心者冒険者もたまに使う量産品だ。
「おお、あれが噂の転入生……」
「うわ、あの子可愛いな……」
「隣の奴はなんか年上っぽいな……」
「綺麗な銀髪、いいなぁ……」
教室に入った途端、多種多様な声が聞こえてくる。
ざっと見た限り、教室には二十人ほどの生徒がいるようだ。男女比は半々くらい。若干女性の方が多いかな?
先生に促されて教壇の隣に立つと、自己紹介を始める。
「初めまして。私はハクと申します。よろしくお願いします」
「サリアだぞ。みんなよろしくな!」
手堅く丁寧に挨拶する私と違ってサリアは教室中に聞こえるような声で豪快に笑いかけた。
その姿に何人かの生徒は赤面し、感嘆の声を上げる。
うーん、掴みはサリアの方が上っぽい。まあ、私はあくまでもサリアのおまけだし、別に目立つ必要はない。反応を見た感じサリアの事を知っていそうな人はいないっぽいし、とりあえずは安心かな。
「これから二人は皆さんと一緒のクラスになります。仲良くしてあげてくださいね」
クラン先生の言葉に歓声が上がる。
なんだかんだこのクラス、ノリがよさそう。これなら早く馴染めそうかな。
席を決められ、窓際の席に着く。隣はサリアだ。その辺りは考慮してくれているらしい。
その後、いくつかの連絡事項を伝えた後そのまま授業へと移行した。
クラン先生が担当するのは土魔法ということだったけれど、座学に関しても行うらしい。始業式の日というだけあって簡単に流すだけらしく、特に苦労することもなく最初の授業は終わった。
まあ、ただ聞いてただけなんだけどね。一応、ノートや羽ペンなどは支給されているが、流石に先生の言う言葉をすべて書き写せるだけの筆記技術はない。黒板もなく、ノートを描くのに集中すると聞き逃してしまうことも多いため結局使われることなく終わった。
うーん、これ大丈夫かな。後でわかる範囲だけでもノートに書いておいた方がよさそう。これくらいなら覚えてられるけど、本格的に授業が始まったら厳しそうだ。
そう思ってノートを開いたが、その前に生徒達に囲まれてしまった。
編入生恒例の質問攻めである。
学園ではほとんどが寮生活で、あまり外の情報は入ってこないらしい。一応、外出は認められているものの、基本的には学園内で過ごすことになる。そんなところに降って現れた編入生。生徒達の格好の噂の的になることは目に見えていた。
私は人付き合いが苦手な方だ。これはハクとしての記憶によるものが大きいが、白夜としてもあまり得意ではない。というか、面倒くさい。
研究者気質だった私は基本的に人と戯れることはせず、研究に明け暮れることが多かった。だから、人脈はあまり太くなかったのだ。
もちろん、話しかけられれば対応するし、必要とあらば話しかけるけど、積極的に話そうってことはあまりなかった。
こうして色々話しかけてきてくれるのはまあ、ありがたいことなんだろうけど、正直反応に困る。どこから来たの? とかどこの貴族? とかどう答えればいいんだ。そもそも貴族でもないし。
やはり貴族が多く集う学園ということでその辺りは貴族で当たり前みたいな風潮があるのかもしれない。
平民も通ってるって聞いたんだけどなぁ……。
私が平民だと明かした時の反応は様々だ。蔑む者もいれば同情する者もいる。中には友達になろうと言ってくれる人もいた。まあ、概ねいい人だったのはやはり中堅クラスだからだろうか。
下位クラスは平民が多いらしい。彼らは成り上がろうと躍起になり、クラスの奴らは皆ライバルみたいな感情があるらしい。それは上位クラスも同じで、蹴落とされないように常にしのぎを削っている。
可もなく不可もない中堅クラスだからこその余裕がそうさせているのだろう。Cクラスで本当によかった。
「サリアちゃんはどこの家の子なの?」
「子爵だぞ。サリア・フォン・ルフダン。ルフダン家だ」
「え、それって……」
一方、サリアの方はそこそこ順調のようだった。誰に対しても気さくで明るい態度をとるサリアはすぐにクラスの生徒と打ち解けることが出来たようだ。
しかし、ルフダン家の話が出た途端顔を見合わせて驚いている。
そういえば、サリアの家の扱いってどうなってるんだろう。
確か、ルフダン家の前当主は王子を殺害しようとした件で処分され、代わりにアンリエッタ夫人が家を受け継いだ。そして、サリアの能力の件が露見しないように王様が支援を行いつつ他の貴族を監視しているという話だったはず。
ということは、サリアは今まで表舞台に出てこなかった謎多き娘ということになるのかな?
情報規制をしているから能力に関してはあまり露見していないようだけど、被害者の中には学園に在籍していた者もいるだろう。それはそのうちばれるかもしれないし、今のうちに何か手を回しておいた方がいいだろうか。
「今まで家に籠ってたけど、ハクのおかげで学園に通えるようになったんだ!」
「へぇ、ハクさんと仲良しなのね」
「サリアちゃん結構年上に見えるけど、11歳なの?」
「16歳だぞ。でも、今まで学園に行ってなかったから一年に編入になったんだ」
「やっぱり年上なんだ。ちょっとかっこいいかも」
いや、この分なら私が何もしなくても信頼を勝ち取れそうだな。
今まで気に入った人間をぬいぐるみにしてきた割りにはコミュニケーション能力が高い。いや、吹っ切れたからかな? これが本来のサリアなのかもしれない。
その後、しばらく質問攻めが続いた後次の授業が始まった。
まあ、まだ始まったばかりだし、ゆっくり地盤を固めていけばいいだろう。サリアの学園生活の成功を願いながら授業に耳を傾けた。
感想、誤字報告ありがとうございます。