第六百七十六話:決戦が近づき
その後も、他の町からの応援を待ちつつ、信仰を取り戻していった。
やはり、皇都から離れれば離れるほど、化け物となってしまった人も多いらしく、その対処は結構大変なものだったけど、戦い方がわかってしまえば、そう難しいことではない。
もちろん、まともに戦えばかなり苦戦する方だとは思うけど、竜神モードで戦えるなら、むしろ周りに被害が出ないように手加減するのを心配するレベルだ。
相手が、周りにいる人々を狙ってこないというのも楽に勝てる理由でもある。
なんというか、そこまで知性はないのかな? 元人間とは思えない。
倒した後の死体の処理もおおよそできていると思うし、この調子で進めば、グラスへの信仰を、かなり削ぐことができるだろう。
決戦の時は近いのかもしれない。
「それで、ルディへ連絡は取れないんですか?」
『一応やってるけど、音沙汰ないね。多分、地上にはいないんじゃないかな』
化け物と化した人々の対処は、最初こそ緊張していたものの、ある程度安定してきた。
となれば、気になるのは、一夜のことである。
すでに、結構な日数が経過してしまっているし、クイーンがどれだけ待ってくれるかわからない以上、安否は心配だ。
一夜の行方に関しては、ルディが探ってくれているはずだけど、新たに貰った棘に語り掛けても返事はないし、リクの方から呼びかけてもらっても、応答がないらしい。
地上にいない、つまり、夢の世界とか、別の世界に行っている可能性が高いという。
クイーンは、一夜を一体どこに隠したんだろうか。かなり不安である。
「ちゃんと無事、ですよね?」
『まあ、クイーンがそんな楽しみをどぶに捨てるような真似はしないとは思うけどね。もし殺すとしても、ハクの目の前でやると思うよ』
私にとって、一夜はかけがえのない存在であり、そんな存在が失われたとあっては、クイーンの望む苦悩に満ちた姿を晒すことになる。
そう言う意味では、いつ殺されてもおかしくはないけど、クイーンの性格を考えるなら、そういうものはきちんとシチュエーションを考えてやるはずだとのこと。
人知れず、殺されていて、後から知った時の絶望もやばいとは思うけど、それよりも、目の前で殺して、それに絶望する姿の方が、クイーンのみならず、異世界の神様的にはいいようだ。
それに、どこまで信用していいかはわからないけど、無事にグラスを打ち倒すことができたら、帰してくれるとも言っている。
鵜呑みにするわけにはいかないけど、少なくとも、今はまだ無事な可能性が高いということだ。
「いったいどこにいるんだろう……」
クイーンは、神様ですら見つけることができないほど巧妙に姿を隠しているし、実はすぐ近くにいました、という可能性もなくはないけど、ルディが別の世界に行っているのだとしたら、それはないだろう。
以前に聞かされた、ドリームワールドという可能性もあるかもしれない。
まあ、いずれにしても、危険な場所の可能性もあるし、早いところ無事を確認したいけど、私から何かできることはない。
せめて、クイーンが約束を守ってくれることを期待して、グラスを倒すことに注力するくらいだ。
『それより、そろそろグラスと戦うことを意識しておいた方がいいよ』
「いよいよですか。やっぱり、あの泉の近くなんですかね?」
『それが、どうやら移動しているみたいでさ』
リクの話によると、グラスは少しずつではあるけど、皇都の方に移動しているらしい。
ほとんど動かない神様のはずなのに、なぜなのかという疑問はあるけど、もしそれが本当なら、皇都がとんでもないことになる。
戦うにしても、人気の少ないところを選びたいことを考えても、由々しき事態だ。
「それはまずいですね……」
『まあ、国として機能できなくなるのはまずいかもね。行くなら急いだほうがいいかもよ』
「それにしても、何でリクはそんなことがわかるんです?」
元々、グラスの居場所に関しては、不明だった。
黒い泉に関しては、一応探知魔法を駆使して見つけることができたけど、グラス自身の気配に関しては、私ですら探知できていなかった。
思い返せば、眷属の化け物の弱点を知らないと言っておきながら、しばらくして電気が弱点だと教えてくれたし、明らかにどこかから情報収集をしている。
リクには、誰か情報提供者でもいるんだろうか?
『単純な話だよ。人の言葉で言うなら、足で稼いだとでも言えばいいのかな?』
「足で?」
『僕らの性質を忘れたのかな? 僕らは病原体であり、世界中どこへでも広がることができる。今回は、相手が相手だから、ちょっと情報収集がてら、この国に潜伏させてもらっただけだよ』
つまり、リクの一部がこの国に広まることによって、そこから見聞きした情報を本体に教えているというような状態らしい。
勝手に広がって何やってるの? と思わないこともないが、これがなければ、グラスの捜索には難儀していただろうし、化け物への対処も難しかっただろう。
そう言う意味では、感謝すべきなんだろうけど、リクが広がっているということは、この国はいつでも病気によって壊滅する可能性があるということでもある。
もちろん、約束があるから、そう簡単に病気を振りまくことはないとは思っているけど、ちょっと心配だな……。
『ま、今のところ病気を振りまく気はないから安心しなよ。未知の病原体も見つかってないし』
「それならいいですけど、本当にお願いしますね?」
『大丈夫大丈夫』
まあ、リクの心配はさておき、グラスが皇都に近づいて行っているというのは大問題である。
具体的にどのくらいの位置にいるかはわからないけど、早いところ向かった方がいいだろう。
ソフィーさんにも連絡を入れておいた方がいいかもしれない。
万が一にも、皇都で戦うなんてことになったら、被害が尋常じゃないことになりそうだし。
「ハク、何か作戦はあるのか?」
「ううん。強いて言うなら、火や電気を中心に戦うことかな」
ここまで、グラスの信仰を削ぐことによって、力を弱めるという方向で頑張ってきたわけだけど、いくら力を弱めたところで、ゼロにはならない。
元々が、創造神様とも並ぶくらいの強力な神様みたいだし、信仰の力がなくなっていたとしても、かなりの強敵なのは間違いないだろう。
それでいて、詳しい情報もよくわかっていない。
恐らくは、眷属と同じく、火や電気が弱点なのではないかと思うけど、瘤のような明確な弱点が見えるかどうかもわからないし、そもそも弱点ではないかもしれない。
リクの情報網をもってしても、グラス自身の詳しい情報はわかっていないみたいだし、完全に出たとこ勝負になる。
せめて、人に被害が出ないように、人気の少ないところで戦うのを徹底するくらいか。
「なんか不安だな」
「うん。でも、これしかないから」
攻略法は、戦いの中で見つけていくしかない。
そう考えると、大丈夫なのかと不安になるけど、ここまでできうる限りの強化はしてきた。
後は、それを信じて突き進むだけである。
私は、不安を押し殺しながら、グラスとの戦闘に向けて心を奮い立たせた。




