第六百七十五話:グラスの価値観
興奮も冷めやらぬまま、人々の囲まれていたわけだけど、いつまでもこのままというわけにもいかない。
私は、ひとまず化け物の様子を見るために、少し近づいた。
幸い、人々は、私が動けば道を開けてくれたので、邪魔される心配はない。
化け物は、もはや動くことはなさそうだけど、その体液は、未だに健在である。
教会の床を黒く染めるその体液は、飲めば同じように眷属化してしまう代物だろう。
もしかしたら、触れるだけでもまずい代物を、こんなところに放置しておくわけにもいかないし、きちんと処理しておく必要がある。
「さて、こいつをどうするか」
「浄化できる?」
『やってみる』
試しに、浄化魔法を試してみる。
眷属化の状態は、浄化魔法を何度もかけることによって、解除することができた。
であるなら、その元凶となるこの体液も、浄化魔法で消せる可能性は高い。
少し集中して浄化魔法をかけ続けていくと、次第に体液が見えなくなっていく。
しばらくすると、その場には、不気味な体液はなくなっていた。
『できそうだね』
できるとわかれば、後は全員分やるだけである。
途中、念のためにお兄ちゃんや、人々の状態を確認してみたけど、特に悪化しているようなものはなかった。
元々、戦闘前に結界をかけていたから、影響はなかったんだろうね。
やってなかったら、特にお兄ちゃん達は危なかったかもしれない。
最悪、浄化魔法で消せるとはいえ、ならないに越したことはない。
『残りは、焼いておこうか』
サンプルとして、【ストレージ】で保管しておこうかとも思ったけど、流石に、こんな危険な物体を入れておくのは怖すぎる。
いやまあ、タクワの杭とか、今更な部分もあるけど、眷属化というとても大きな影響力を見てしまうとね。
火が弱点ということもあって、高温の青い炎で焼けば、跡形もなく消し去ることができた。
元は人間だと思うと、ちょっと可哀そうだけど、これで、きちんと成仏してくれるといいね。
『皆さん、どうか私を忘れないでくださいね』
やるべきことも済んだので、ここ数日でお決まりとなった台詞を言って、姿を消す。
化け物がまだ残っているんじゃないかという不安もあるけれど、恐らく、もういないんじゃないかと思う。
というのも、あの化け物にとって、私達、特に神力を持つ私は敵なわけで、真っ先に感知してくると思うんだよね。
だから、私が教会に降りた時点で、全員集まっていると思う。
もし仮に、大人しくしている個体がいたとしても、それは私が近づいても反応しないほど大人しいということでもあるから、すぐさま害が及ぶようなことはないと思う。
もちろん、すべてが終わった後に、もう一度確認する必要はあると思うけどね。
「しかし、案外戦えるもんだな」
「ええ。攻撃自体は強力だけど、それらを弾き返せるのがよかったわね」
エルの背に乗り、次なる町へ向かう道中、お兄ちゃんとお姉ちゃんがそんな話をしていた。
アダマンタイト製の武器だったから、というのはあるにしても、普通の人間があの化け物相手にあそこまで善戦できたのは、素直に凄いことだと思う。
もちろん、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、Aランク冒険者として、戦闘はベテランなわけで、普通の人が、ただアダマンタイト製の武器を持っただけでは無理だったというのはあるだろうけど、対抗策さえあれば、人間でも神様に対抗できるんだと知れた気がする。
いや、調子に乗るのはダメか。
倒したのは、あくまで眷属、それも、元は人間で、純粋な神様の眷属というわけでもなかったわけだし、あれに勝てたんだから神様にも勝てると思うのは、流石に頭に乗り過ぎだろう。
せいぜい、神様相手に、一矢報いることができるくらいのもので、初めから神様に対抗しようとか考えない方がいいと思う。
神様の力を持っている、私だからこそ、多少なりとも対抗できるってだけなんだよね。
〈しかし、ここまでされて、グラスとやらは動いてこないんでしょうか?〉
「あ、それは私もそれは気になってた」
エルの疑問に、ユーリが同意を示す。
確かに、私達が今やっていることは、グラスの信仰を削ぐ行為で、もっとわかりやすく言うなら、力を奪っているような状態である。
神様は、信仰がそのまま力になるから、それが失われることはよろしくないことだと思うし、ましてや信仰をかすめ取るような真似をしているわけだから、怒ってもおかしくはない。
いくら、一か所からあまり動かない神様とはいえ、ここまでしていたら、流石に出張ってきてもおかしくないと思うけど、今のところその兆候はなし。
これは、この近くにグラスがいなくて、気づいていないのか、それとも、それをされた上で勝てる自信があるのか、どうなんだろうか。
『まあ、あいつは元々人に興味なんてないからね。信仰に関しても、結果的にそうなっているだけで、自分から広めようとは思ってないんじゃないかな』
「そうなんですか? 話を聞く限り、無秩序に眷属を増やして、信仰を塗り替えていく規格外に見えますが」
『んー、あくまであいつ自身は何もしていなくて、あいつの体液にそう言う効能があるってだけだと思う。それを人が勝手に使って、勝手に眷属になって、勝手に増えていくってだけの話。まあ、眷属になったなら、愛玩動物に向けるような感情くらいは持ってると思うけど、それが減ろうが増えようが、どうでもいいんじゃないかな』
「なんというか、とても迷惑ですね」
まあ、見た目は黒い水なわけで、そんなものを飲もうと思った人間が悪いと言えばそうなのかもしれないけど、実際にその水には万病を治すという効果があって、効果だけ聞けば、誰もが欲しがるものだろう。
だからこそ、増殖性が高くて、それ故に信仰が増えやすい。
グラスからしたら、信仰とは、勝手に出来上がるもので、一時的に減ったり増えたりしても、そこまで気にするようなことではないってことなのかもね。
『ま、そう言うわけだから、グラスからの妨害はないと思うよ。グラスからはね』
「クイーンからはあるかもしれないってことですか」
『そういうこと。まあ、クイーンの方も、どちらかと言えば傍観している方が好きみたいだし、そうそう手は出してこないと思うけど』
クイーンは、種を蒔くことはするけれど、それが芽吹き、実るまでの過程で、手を出すことはあまりないようだ。
それが、たとえ自分の望んだ結末と違ったとしても、それはそれで面白いというスタンスらしい。
まあ、主目的を考えると、今の私とかは格好の餌なんだろうな。
なんだか、いいように利用されているようで気分が悪いけど、一夜のことを考えると、むしろそうやってクイーンの望む姿を見せてあげる方が安全は保たれるかもしれない。
そう言えば、ルディから連絡がないけど、まだ見つかっていないんだろうか。
まあ、クイーンがそう簡単に見つかる場所に隠しているとも思えないけども。
色々不安はあるけど、この調子で信仰を取り戻していけば、グラスに勝てる可能性が上がる。
まずは、それを目標に、頑張っていくとしよう。




