第六百七十二話:偽りの神様の降臨
しばらく、探知魔法を注視しながら飛んでいると、ようやくそれらしい場所を見つけることができた。
山の裾野に広がる小さな森の中にポツンとある黒い泉。
万が一にも、グラス本体が出てこられたらまずいので、遠巻きに見る程度だったけど、遠くから見ても真っ黒なその泉は、その異質な魔力も相まって、確実に目的の泉だと判断できた。
思ったより早く見つかったな。運がよかった。
「あんなところにある泉、誰が取っていくんだろう」
「そんなに大きな森じゃないし、入った人が偶然見つけたとかじゃないかな」
泉自体は、例の村からもそれなりに離れた場所にある。
徒歩で来たわけではなさそうだけど、狩りでもしていたんだろうか?
あるいは、クイーンがそう仕向けたのかもしれない。
種を蒔いていた以上は、きっかけとなる者を作ったのは間違いないだろうし、誘導した可能性は高いよね。
いずれにしても、ここから広まったとみて間違いなさそうだ。
「今は確認するだけだったよな?」
「うん。今はまだ、戦うのは早い」
まあ、泉に近づいたからと言って、グラス本体が出てくるかはわからないけど、その可能性がある以上は、準備を整える必要がある。
まずは、一度戻って、ソフィーさんへの報告をしつつ、信仰を取り戻す準備を進めるとしよう。
そう言うわけで、一度皇都へと引き返す。
教皇庁へ入ると、すぐにソフィーさんが駆けつけてくれた。
「お帰りなさいませ、ハク様。首尾はいかがでしょう?」
「ひとまず、例の泉は発見できました。小さな森の中にあったので、森を封鎖してしまえば、問題はなさそうですね」
「おお、流石仕事がお早い」
本来なら、辺境の町までは、馬車で結構な日数がかかるところを、まだ二日しか経っていないわけだから、ソフィーさんからしたら、どうやってそんなに早く移動しているのかってところだろう。
ただ、それを疑問には思わないのは、私が分体神ということになっているからだろうか。
まあ、実際、ここにも誰にも見つからずに来れているわけだしね。多少の矛盾は目をつむってくれるのはありがたい。
「それで、先の報告の化け物に関してですが……」
「はい。あれに関しては、もはや手遅れでしょう」
泉を捜索している道中、私はソフィーさんに例の村の化け物について報告していたわけだけど、その事実は、ソフィーさんのみならず、ダラス聖国の重鎮達をもう呻らせたようだ。
まあ、私の攻撃ですら、かすり傷しか負わないような相手だし、攻撃力も相当なもの。まともに戦おうとすれば、命はないだろう。
そして何より、そんな化け物が、他の町などにも潜んでいるかもしれないというのが、最大の脅威だった。
「ハク様の威光をもってしても、浄化は無理ですか」
「すいません。あそこまで異形化が進んでしまった以上、戻す術はないでしょう。放っておけば、周りに被害が出ることは確実ですし、倒すしかないかと」
「そうですか……。いえ、まだ引き返せる人々がいるだけでも良いことです。まずは、救える者から救っていきましょう」
「もちろんです」
こうなってしまった以上は、少し急がなくてはならないかもしれない。
黒き聖水の流通も止めないといけないし、やることは思ったよりも多そうだ。
「連絡の方はどうなっていますか?」
「すでに周辺の町を経由して、行き渡らせつつあります。一部の地域はすでに制圧部隊も用意できたので、まずはそちらに向かっていただいた方がいいかと」
「わかりました。さっそく向かいましょう」
普段はあまり使わない通信魔道具も、今回は大活躍のようである。
私は、さっそく連絡が済んだという町へと向かうことにした。
それらの町や村に関しては、皇都からは結構離れているようで、どちらかというと、先ほどまでいた村からの方が近い位置にある。
こんなことなら、戻らない方がよかったかな? 通信魔道具もあったことだし。
いやでも、どのみち待つ必要はあっただろうし、そこまでのロスはないはずである。
そのわずかなロスで、助からない人がいないとも限らないけど、どうかそんなことにはならないでほしいものだ。
とんぼ返りするように、再びエルの背に乗って皇都を発つ。
教えられた場所は、ここから半日ほどの距離にあるらしいので、着くのは夜になりそうだ。
祈りの時間は一日に数回あるが、基本的には午前中が多い。
これは、明日の朝が勝負時かな。
「いよいよだね」
「そうだね……」
私の緊張を察してか、ユーリが話しかけてくる。
教会に人々が集まる時間、私は創造神様の姿を借りて、人々の前に姿を現すことになる。
姿だけなら、リクの力も借りて、ほぼ本物に近づけることはできるけど、中身までは変えることができない。
私が話す言葉は、私が考えなくてはならないし、それが創造神様にどれだけ近づけるかどうか。
そもそも、創造神様とは、一度会ったっきりで、そこまで頻繁に接していたというわけでもない。だから、どんな話し方をするのかというのも、完全に感覚になる。
果たして、うまく話せるのか。とても不安だ。
「大丈夫、ハクならできるよ」
「う、うん……」
「不安なら、私が取ってあげようか?」
「……いや、いいよ」
ユーリなら、不安という漠然とした症状も移し替えることができるけど、精神的な不安はそう簡単に取り除けるものじゃない。
ちょっとした不安程度なら、すぐに忘れることができるかもしれないけど、流石にこのレベルはすぐに新たな不安が生まれるだけだろう。
それに、これは私の使命でもある。この不安がある状態こそが、その使命を全うするのに必要なことだと考えると、安易に消していいものでもない。
大丈夫、多少失敗したとしても、問題はないはずだ。
私は、ドキドキする胸を抑えながら、そう言い聞かせた。
そうして翌日。夜のうちに町に辿り着いた私達は、秘密裏に教会へと足を運んだ。
ぱっと探知魔法で見る限り、ここはそんなに異質な魔力は感じられない。
多分、まだ黒き聖水が伝わってから、そこまで時間が経っていないんだろう。そんなに眷属化している人はいなさそうだ。
それでも、念のためにやらねばならない。
しばらくして日が登ってくると、次々に人々が集まり、祈りを捧げていく。
今回の件は、神官には伝えられていないため、完全に不意打ちとなるけれど、どうかうまく行きますように。
「あ、あれはなんだ?」
隠密魔法で隠れた状態で人々の前まで行き、竜神モードの姿を現す。
透明な鱗から発せられるまばゆい光は、目を閉じて祈りを捧げていた人々の意識を悉く惹きつけた。
創造神様を祭る教会で、その姿が降臨する。あまりに現実離れした光景に、人々は皆、ぽかんと口を開けていた。
『私はこの世界の創造神である』
「そ、創造神様……!?」
私の言葉を聞いた一人が跪くと、それにつられて他に人々も次々に跪く。
私は、その光景に少し罪悪感を覚えながらも、創造神様の代理として、人々を祝福した。
これで、うまく行ってくれるといいのだけど。




