第六百七十一話:傲慢な考え
ひとまず、当初の予定通り、泉の捜索をすることにする。
眷属化によって、化け物の巣窟と化してしまった村に関しては、ソフィーさんに連絡しておくけれど、多分、刺激しなければ、いきなり化け物になることはないと思っている。
あの時、隠密魔法をかけていたにもかかわらず、なぜばれてしまったのかと思ったんだけど、恐らく、私が原因だろう。
後天的とはいえ、仮にも神様の眷属となった化け物は、神様の気配を感じ取ることができるのかもしれない。
だから、私の神力に反応して襲い掛かってきたんだと思う。
そうでもなければ、普通の村人が私の隠密魔法を見破れるとは思えないし、仮に見破れたとしても、いきなり化け物になる必要はないだろう。
あれは完全に、理性がなくなった者の行動だ。
だから、私が近寄らなければ、すぐさま化け物が出現するということはないなず。
まあ、逆に言えば、私が行ったら化け物になる可能性があるってことだから、そこらへんは注意する必要があるけど、弱点もわかったし、数体程度だったら、対処はできるはず。
だから、そちらはその時考えるとして、まずは泉の捜索をすべきだと判断したわけだ。
「リク、ちなみに聞きますが、あの化け物の弱点とか知っていましたか?」
『詳しいことは知らないよ。あいつは元々一つの場所から動くことは少ないし、戦うこともなかったから。まあ、居座られた場所にいた神は堪ったもんじゃないだろうけどね」
ふと、気になったので聞いてみたが、リクも弱点らしいものは知らない様子。
グラス自身が、移動をあまりしない神様であるらしいので、関わろうとしなければ、あちらも襲い掛かってくることは稀だったようだ。
まあ、たまにクイーンにそそのかされて、戦うことになった神様はいるらしいけどね。
神様の攻撃は、どれも普通に効いていたらしいけど、もしかして、神力が籠っていれば、属性問わずに効いたんだろうか?
いや、私の魔法は、すでに神力が主体だし、その理論だと初めから攻撃が効いてないとおかしいか。
それとも、効いてあれだったんだろうか?
一応、皮膚の表面を軽く裂く程度はできていたから、神力がなければ、それすらできなかった可能性もある。
思い返してみると、確かにエルの攻撃はあまり効いていなかったように見えた。
逆に、私がエンチャントを施した後のお兄ちゃん達の攻撃は、微々たるものとはいえちゃんと効いていたようだし、攻撃の際には、神力が必須になるのかもしれない。
いよいよもって、私以外対処できる人がいなさそう。
「眷属であれとなると、本体はどれだけ強いのか……」
一応、弱点らしい弱点があっただけましという見方もできるけど、倒せる気は全くしなかった。
まあ、きちんと竜神モードになっていれば、あるいは倒せたかもしれないけど、普通の人が相手をしたら、何もできずに殺されるのが落ちな気がする。
あんなものが、もしかしたら他の村や町にもいるかもしれないと思うと、不安でしょうがない。
あの村だけとは思えないし、今後、眷属化を解除しようと動くなら、必ずどこかでぶち当たることになるだろう。
その時に、きちんと倒せるのか。そして、人々を守れるのか。
ただでさえ、重すぎる役割を背負わされているのに……。
『そんなに気負う必要はないよ。ハクはただ、目の前の敵を倒すことにだけ集中すればいい』
「そんなこと言われても、人々を巻き込むわけにはいかないじゃないですか」
『それは仕方ないことでしょ。仮に、戦いに巻き込まれて人が死のうが、それは必要経費って奴さ。ハクが悪いわけじゃないし、気にすることないと思うんだけど』
「そう言うわけにはいかないんですよ。助けられたかもしれない命を、助けられなかったという事実が、私には我慢ならないんです」
最適な方法があったはずなのに、それに気づけなかったり、遅れてしまったせいで、誰かが死ぬというのは、後味が悪いものだ。
仮に、それが私に何の関係もない人だったとしても、手の届く範囲にいたのに、救えなかったという事実は、私の心を暗くさせる。
もちろん、仕方ないと諦められる時もあるけど、そう言う時ばかりではないし、特に、今回の場合は、私がうまくやれば、人々の犠牲は最小限で済ませることができるはずだ。
眷属化が進み、化け物になってしまった人達はともかく、まだ眷属化してから間もない人々であれば、助けることができる。
そう言った人達を、関係ないから死んでもいいやなんて思うことは、私にはできない。
『ハク、気づいてないかもしれないけど、その考えは人のそれとは違うよ』
「え?」
『すべてを救えるなんて考えるのは、万能の力を持った神のやることだ。ハクは、自分を神ではないと言っているけど、そう考えること自体が、人としては傲慢なことだと思うよ』
「……」
リクに言われて、思わず押し黙る。
確かに、こんな風に考えるようになったのは、こうして転生してからだ。
前世の時だったら、そんなことは考えなかったはずだし、考えたとしても、せいぜい救えるのは一人や二人の個人レベルで考えていただろう。
でも今は、国を救おうと考えている。いや、もしかしたら、世界を救おうとすら考えているかもしれない。
私は、転生してから力を得た。竜の力、精霊の力、神様の力。
人には到底扱いきれないような強力な力を、私は得ることができた。
力があれば、それだけ人を助けることができる。以前はできなかったことでも、今ならできる。
だからこそ、こんな考えをしてしまうのかもしれない。
もちろん、救える命を、あえて救わないということはしたくはないけど、救いたいと思うがあまり、一番大切なものを守れないようでは、本末転倒だ。
それは、一夜を攫われている今、とてもよく当てはまると思う。
リクの考えがずれていると思っていたけど、ずれていたのは私の方だったのかもしれないね。
「……それでも、最善は尽くしたいと思います」
『まあ、僕らとしては、ハクがどんな考えをしようがどうでもいいけど、思い詰めて、大切なことを忘れないようにね』
「はい。ありがとうございます、リク」
『ただ思ったことを言っただけだよ』
私は傲慢なのかもしれない。けど、救いたいと思うことを、悪だとは思わない。
私はただ、自分の気に入らないことを排除するために、奮闘しているだけ。
それが、周りに迷惑をかけているのだとしても、今更考えを改めることはできない。
せめて、熱中するあまり、周りに愛想をつかされないように注意しよう。
周りに目を向けすぎて、近くにある大切なものを見落とすというのは、あまりに本末転倒なのだから。
そんなことを考えながら、泉の捜索に力を入れた。




