第六百七十話:眷属達
とにかく、弱点を見つけなければならない。
攻撃が効いていないわけではないから、もっと強力な攻撃を叩き込めば、倒せるかもしれないけど、収束系なら行けるだろうか。
あんまり使わない魔法だけど、範囲魔法である上級魔法の威力を一点に集中させた、威力特化の魔法なので、火力は折り紙付きである。
ただ、距離が近すぎるので、やったら巻き込まれる可能性が高い。
となると、やはり弱点を見つけて、効率的にダメージを与える方がいい。
ぱっと見、弱点になりそうなのは……。
「……あの瘤かな?」
まるで、寄生虫のように肩口から伸びる大きな瘤。
まあ、特徴的に見えるだけで、弱点とは限らないけど、あそこから触手も伸びているようだし、攻撃を防ぐという意味でも、狙ってみる価値はある。
「よっと」
私は、瘤に向かって水の刃を放つ。
触手がそれを防ごうと立ち塞がってくるが、そちらはそこまで硬くないのか、すぱすぱと斬ることができた。
やがて、刃が瘤に命中する。その瞬間、化け物は大きな悲鳴を上げて、後ずさった。
「切れてはいない、けど、痛かったのかな?」
先程まで、あまり理性を感じなかった瞳に、警戒の色が見える。
弱点かどうかはわからないけど、あんまり攻撃されたくない場所ではあるみたいだ。
「おい、後ろからも来てるぞ!」
「ここは私が!」
私が弱手を探している間にも、周りの化け物は近寄ってくる。
エルがとっさに氷魔法で牽制したけど、それでも止まる様子はない。
いっそのこと、退路を確保するのではなく、エルに竜の姿になってもらう時間を稼いだほうがいいだろうか。
生身の状態では、触手をすべて叩き落とすのは難しいけど、竜の姿であれば、多少の攻撃は弾き返せるはず。
攻撃があまり効いてない以上、逃げることに注力した方がいい。
「エル、竜の姿になれる?」
「足止めをお願いできるなら」
「それは任せて」
私は、とっさにお兄ちゃん達の武器にエンチャントを施し、さらに結界で防御を張る。
通常の物理攻撃は効果が薄いけど、魔法の効果が乗った攻撃なら多少は効くはず。
体液に触れてしまう危険も、結界である程度防ぐことはできるだろうし、これならお兄ちゃん達も戦える。
「サンキュー。足止めは任せろ」
「お願い」
攻撃は徐々に激しさを増している。
触手による攻撃だけど、鞭のようにしなる割には、その硬さは尋常じゃない。
元々、遠心力によって結構な威力は出ていると思うが、空振りして地面に当たった触手は、その地面を抉るほどの威力がある。
まともに食らったら、吹っ飛ばされるんじゃないか? いや、生身で食らったら木っ端みじんになるかもしれない。
結界は必須である。
「ふっ……!」
私は再度瘤に向かって水の刃を放つ。
ダメージは与えているようだけど、倒すには至らない。
属性も関係あるんだろうか?
一応、属性には相性というものがあって、水属性の攻撃は火属性に効果が高いと言ったような特性がある。
学生時代には、それを題材に研究したりしていたので、その辺の知識は割とある方だけど、ではこいつは何属性かという話になる。
見た目だけなら、闇属性に見えるけど、となると、対となる光属性が有効だろうか?
私は、試しに光属性の刃を飛ばしてみる。しかし、反応的に、そこまで変わらない様子だった。
「闇じゃないのかな。まあ、属性を持たない魔物の方が大半だけども」
人間などもそうだけど、属性を持っている種族というのはそんなに多くはない。
だから、見た目が明らかにそれっぽい属性でも、無属性ということもよくある。
属性の相性というのは、魔法同士のぶつかり合いに利用されることだから、魔物の属性に関しては、覚えておいて損はないくらいのことだと思う。
まあ、こいつが魔物かと言われたら、そんなことはない気がするけど。
一応、神様の眷属なわけだし、そこらへんは特殊な条件があるのかもしれない。
「触手が鬱陶しい……!」
一応、瘤を狙われることは避けたいのか、私が相手をしている方向は、そこまで近寄ってこなくなったけど、代わりに触手による攻撃が激しくなってきた。
何度か、斬り落としたんだけど、すぐに再生するようで、全く手数が減っていない。
一撃一撃が、かなり重いから、まともに受けるわけにもいかないし、その対処に追われて、攻撃がしづらいったらありゃしない。
もうちょっと、効率的にダメージを与える手段があればいいんだけど。
「わかんないし、手当たり次第使ってみるか」
属性攻撃にはいくつかの種類があるし、もしかしたら、そのどれかが弱点になるかもしれない。
私は、攻撃の合間を縫って、様々な属性で攻撃してみる。
すると、ある属性の攻撃に、変化があった。
「火が弱点かな?」
瘤に当てると、もれなく悲鳴を上げるから、痛いのは確かなんだろうけど、火属性の攻撃の時は、それに加えて転がりまわるほどに嫌がっていた。
もしかして、あれは見た目だけでなく、本当に木なんだろうか?
弱点がわかれば、かなり対処がしやすくなる。
私は、少し集中して、炎の壁を周りに張った。
「ぎゃぁぁああ!」
「お、退いていくぞ」
近くでやりすぎると、味方を巻き込む可能性もあったけど、そこは結界との合わせ技でごり押しである。
火が弱点なのは間違っていなかったのか、触手による攻撃の手が緩んだ。
今なら、脱出できるかもしれない。
「エル、準備はできてる!?」
〈いつでも飛べます!〉
時間を稼いだおかげで、エルの竜化も完了した。
急いで飛び乗り、すぐにこの場を脱出する。
空を舞う私達を見て、触手を伸ばしてきたけれど、それらもすべて叩き落として、ようやく村から脱出することができた。
「ふぅ、危なかったぁ……」
追ってくる様子もないことを確認して、ようやく人心地着く。
さっきのは本当に危なかった。下手をすれば、死人が出ていたもおかしくない。
みんなの状態を確認してみたけど、お兄ちゃん達の武器が多少汚れていたくらいで、特に怪我らしいけがはしていない様子だった。
ひとまず、安心である。
「なんだったんだ、あれ」
「あれが眷属化が進むことによる異形化ってことなんだと思う」
「本当に、化け物って感じだったね」
念のため、お兄ちゃん達の武器を浄化しながら、先ほどの戦闘を振り返る。
話には聞いていたけど、まさかあんな風に化け物になるとは思わなかった。
もはや、村人の面影も何もなかったし、完全に自我もなくなっているんじゃないだろうか。
黒き聖水を飲み続けると、あんな化け物が各地で大量に発生することになると思うと、ぞっとしない。
いや、もしかしたら、潜在的に化け物になっている人は既にいるかもしれないし、全然他人事じゃないな。
事件の解決のためには、あいつらもちゃんと倒しておく必要がありそうだけど、普通に強かったし、なかなか一筋縄ではいかなそうである。
私は、少し高鳴っている胸を抑えつつ、この先に待ち受ける困難に、頭を悩ませるのだった。




