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捨てられたと思ったら異世界に転生していた話  作者: ウィン
第二部 第二十四章:一夜奪還編
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第六百六十九話:静かな村

 エルの背に乗って飛ぶこと一日。私達は、例の辺境の村までやってきた。

 空から見下ろしてみた限りでは、特におかしなところは見受けられないけれど、やはり、ここも眷属化が進んでいるんだろうか。

 末端の村なせいか、異端審問官の手も届いていないようだし、表面上は平和な時間が過ぎているように見える。

 ぱっと見で眷属化しているかどうかわからないのも厄介だよね。

 タクワの時の氷竜のように、明らかに異常な行動をしてくれていたらわかりやすいんだけど。

 とりあえず、今は先に泉を探したい。

 私は、気配を探るべく、探知魔法に目を移した。


「……え? なにこれ……」


 泉の場所を探すつもりだったが、それよりもおかしな気配を見つけて、少しびっくりしてしまった。

 というのも、村の中に、明らかに異常な魔力を持つ気配が、たくさんあるのである。

 一応、熟練者となれば、それなりに魔力を持っていることもあるだろうから、まだ人の許容量ではあると思うけど、それにしたって、数が多すぎる。

 この村は、熟練の魔術師が大量に住んでいるのか?

 いや、そう言う人達は、どこへ行っても重宝されるだろうから、村に留まることは稀だと思うし、それはないと思う。

 でも、だったら、この異常な反応の数は何なんだろうか。


「もしかして、眷属化のせい?」


 ウルさんの話では、眷属化にも段階があり、黒き聖水の場合は、飲み続ければ、いずれ人の体を失って、化け物へとなり下がってしまうらしい。

 もし、この反応が、その化け物なのだとしたら、辻褄は合いそうである。

 まさか、村が全滅している?

 ソフィーさんからは、そんな話は聞いていないけど。


「ハク、何かあった?」


「村がちょっと変なことになってるみたい。もしかしたら、村人はもう全滅してるかも」


「それは穏やかじゃないね」


 末端の村みたいだし、確認ができていない可能性もある。

 ここは一度、降りて実際に見てみる必要があるかもしれない。


「確認してみるか?」


「うん、ちょっと気になるし」


 お兄ちゃんにも言われ、私はひとまず村に降りてみることにした。

 隠密魔法で隠れたまま、村の近くに降りる。

 探知魔法では、異常な気配がいくつもあるけれど、目視で見る限りは、特に異常は見られない。

 エルに人の姿に戻ってもらってから、村の中へと足を踏み入れる。


「……静かだね」


 上空から見た時もそうだったけど、村人の姿が見当たらない。

 気配は感じるから、いるとは思うけど、みんな家に閉じこもっているんだろうか。

 ひとまず、気配を頼りに、近くに家に近づいてみる。

 窓からそっと中を覗いてみると、そこには、椅子にもたれかかっている村人の姿があった。

 何をするでもなく、ただぼーっと椅子に座っているだけ。

 見た目は普通の村人に見えるけど、まだ化け物になったわけではないんだろうか?


「見た目は普通、だけど……」


「いったい何が変だって……ひっ!?」


 ユーリが窓を除いた瞬間、村人が不意にこちらに視線を向けた。

 位置関係的に、村人がこちらを見るには、体ごとこちらを向く必要があるはずだけど、その村人は、首をぐるりと回転させて、血走った眼をこちらに向けてきた。

 明らかに、人間の動きではない。


「あぁぁああああ!」


 村人が叫び声をあげる。それと同時に、周りの家の扉が開き、人々が外へ出てきた。

 いずれも、見た目は普通の村人である。しかし、その目は血走っており、明らかに常軌を逸した表情だ。

 まるで、ゾンビパニックにでも遭っているかのような感覚に、思わず背筋に寒気が走った。


「お、落ち着いてください。私達は敵では……」


「あぁぁああ!」


 私の声も聞かずに、飛び掛かるように襲い掛かってくる。

 幸い、動きはのろいので、避けるのは簡単だけど、もはや自我を感じさせないその行動に、これはもうだめかと悔しい気分になった。

 ひとまず、戦うわけにもいかないし、この場を脱出しなければ。

 そう思って、後ろを振り返る。しかし、そこにはすでに村人が回り込んでおり、こちらに向かって両手を差し出してきていた。


「お、おい、どうする?」


「傷つけるわけにもいかないし、空に逃げるしか……」


 私は飛べるし、浮遊魔法を使えば、みんなを運ぶことも可能だ。

 竜の姿になるのは少し時間がかかるし、今すぐには使えない。

 攻撃するわけにもいかないし、時間稼ぎもできないなら、それが一番手っ取り早い。


「あがががが……!」


「え、なに?」


 不意に、近くの村人がうめき声を上げ始めた。

 何事かと思ってそちらを見ると、その村人の頭が膨れ上がり、やがて破裂した。

 辺りにグロテスクな肉片がまき散らされる。

 唐突なスプラッタな光景に、私達は息を飲んだ。


「こいつ、何か出てくる……!」


 しかし、変化はそれだけでは終わらない。

 なくなった頭からは黒い液体が溢れ出し、地面を濡らしていく。

 それに呼応するように、体も徐々に膨れ上がっていき、まるで纏っていた皮を破るように、何かが出てきた。

 体長は、三メートルはあるだろうか。明らかに村人の身長よりも大きなその存在は、蹄を持つ四本の足に、肩口から伸びる樹木のような太い瘤が特徴的で、顔は動物のそれに近い。

 恐らくは山羊、何だろうけど、あまりに異形の存在過ぎて、それを動物とすら認めたくなかった。


「あ、あぁぁ……」


「うがぁ……」


「やばい、こいつらみんな化け物になる!」


 一人が化け物へと変貌を遂げると、それに合わせて周りの人々の首がはじける。

 同じように、中から黒い化け物が現れていき、村の中は、一瞬にして化け物で埋め尽くされていった。

 これが、眷属化による異形化? なんて悍ましい……。

 ルディを見て、多少なりとも異形の存在に慣れているはずのお兄ちゃん達でさえ、息を飲んでいる。

 ユーリに至っては、顔面蒼白になっているし、かなりまずい状況だ。


「素直に逃げさせては、くれなさそうだね……」


 とっさに背中から翼を出したけど、それを見てか、化け物達は蔓のような触手を伸ばし、威嚇してくる。

 私だけならまだしも、浮遊魔法でみんなを浮かせながら逃げるというのは難しそうだ。

 ここは、倒すしかない。


「みんな、一点突破で脱出するよ」


「お、おう!」


「やるしかないわね」


 さて、事前の情報通りなら、この化け物達は、グラスの眷属である子山羊ということになる。

 グラス本体と比べたら、まだそんなに強くないとは思うけど、それでもその硬い装甲と、グラスと同じ性質がある体液には要注意だ。

 特に、体液の方は、間違って飲んだり、もしかしたら触れたりしただけでも、眷属化してしまう可能性がある。

 近接武器が主体のお兄ちゃんやお姉ちゃんは、慎重に攻撃しないと危ないかもしれない。

 基本的には魔法で蹴散らしつつ、脱出を目指すというのが無難だろう。


「はっ!」


 退路となる後ろに向かって、水の刃を放つ。

 初級魔法とはいえ、改良を重ねた水の刃は、そこらの上級魔法よりも強力なはずだけど、化け物相手には、軽く表面を割いた程度で、致命傷にはならないようだ。

 本当に硬いな。魔法でこれなら、物理は絶望的かもしれない。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、避けることに注力して」


「あの硬さじゃな、ちょっと分が悪いか」


「エンチャントしてもかすり傷になりそうね」


 思ったよりもピンチな状況に、焦りが出てくる。

 私は、迂闊に村に近寄ったことを後悔しつつ、退路を切り開くのに集中した。

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