第百四十一話:教師の目線
学園教師クランの視点です。
オルフェス魔法学園は歴史ある由緒正しき学園だ。
かつて、この世界に魔王が存在していた頃、彼らの率いる魔物や竜、竜人の軍勢を相手に人間達はとても疲弊していた。
当時は魔法を使える者も限られていて、戦争はもっぱら白兵戦が多かった。日に日に疲弊していく人間勢の状況を憂い、当時のオルフェスの王が魔法の才能を育む組織を作り上げた。
それがオルフェス魔法学園の始まりであり、今日に至るまで数多くの優秀な魔術師を輩出してきた名門である。
今でこそ多くの人間が魔法を使えるようになったが、それは当時の王の頑張りがあってこそのことだ。現在の魔法の基盤を作ったと言っても過言ではないだろう。
「ねぇ、あの子のこと、どう思う?」
試験場の後始末を済ませ、季節外れの転入生達を見送った後、試験官である私達四人は空き教室に集まっていた。
今日は試験官という役目を仰せつかっているため、それぞれの担当の授業は代わりの者が行っている。本来なら試験が終わり次第交代する予定だったが、あまりに衝撃的な結果に皆呆然とし、とてもじゃないが授業どころではなくなっていた。
「はっきり言って、ありえないだろう。あの年で上級魔法を、しかもあんな高威力の魔法を放つなど不可能だ」
「クラウスに同意するわ。でも、別に不正をしてる様子はなかった。あれは間違いなくあの子の実力で放ったものよ」
私の問いにクラウス、アンジェリカが続く。
私とてすぐには信じられない。編入生、サリアさんとハクさんと言ったか、特にハクさんの魔法は常軌を逸していた。
レベルで言えばサリアさんだって相当な実力者だ。しかし、16歳ということを考えれば同じ六年生にも詠唱短縮を使える生徒はそれなりにいるし、珍しくはあるが、いないわけでもない。だが、ハクさんは別だ。
11歳ということになっているが、明らかにそれより幼い容姿。陛下が言うのだから真実なのだろうけど、仮に11歳だとしてもあの魔法の規模は桁違いだ。
そもそも、魔力もまだ馴染んでいない成人前の子供が上級魔法なんて大規模な魔法を撃つこと自体がおかしいし、それに加えてあの威力だ。試験場の壁を破壊されるなんて今まで学園に勤めてきて一度だって見たことがない。
しかも、不正には厳しいアンジェリカが不正はないというのだから本当に実力だけであれを放ったことになる。一体どんな練習をすればあんな魔法が放てるようになるのか、想像もつかなかった。
「おいルシウス。お前ならあれ、放てるか?」
「……範囲魔法ならできるが、あのように一点に放つのは難しい」
ルシウスはこの中では最も魔法の扱いがうまい。無口ではあるが、誰よりも魔法に対する情熱が強く、努力していることを知っている。
そんな彼でもあれの再現は難しいという。彼で無理ならできるのはせいぜい学園長くらいだろうか?
「上級魔法は膨大な魔力を使うが故に制御が難しい。広範囲にばらまくならいいが、あのように収束させるのは相当な魔力制御が必要だ」
そう、威力ばかりに捉われていたが、そもそも上級魔法の基本は範囲魔法だ。
魔法は魔力を込めるほどに威力が上がるが、大きすぎる魔力はその分制御が難しい。だから、上級魔法ほどの魔力量になるとどうしても大雑把な攻撃しかできないのだ。
それをあのように一点に収束させるというのは相当な魔力制御力を誇っているということ。とてもじゃないが、子供にできる芸当ではない。
「いったい何者なの……」
王からは呪いの魔女と名高いサリアのお目付け役として任命されたと聞いているけれど、その詳細についてはほとんど情報を得られなかった。
僅かな情報の中でわかることは、彼女が貧しい辺境の村出身であるということ、両親に捨てられ、たった一人で生きてきたということ、王都の危機を救った英雄であることくらいだ。
あんな特異な才能を持っている少女を捨てる親というのにも驚きだが、先に起こったオーガ騒動の最大の功労者というのにも驚きだ。
風の噂では王子の護衛で赴いたゴーフェンでギガントゴーレムを倒したという話も聞く。すでに冒険者として大成しており、だからこそ今回お目付け役に任命されたのだろう。
「噂に名高いサリアもハクの前では大人しかったしねぇ」
「確かに。ただの少女にしか見えなかったな」
私達は教師という関係から子供達に関する話をよく聞く。サリアさんの被害に遭った中には学園の生徒も多く、親から密かに相談されることは多々あった。
噂に聞くサリアさんは気に入らない者がいればすぐに相手をぬいぐるみに変えてしまう残虐な性格だった。それが蓋を開けてみればどうだ。
屈託のない笑顔を見せ、試験の問題に頭を悩まし、華麗に魔法を披露する姿はそこらにいる少女と何ら変わりがない。本当にこれがあのサリアさんなのかと疑いたくもなる。
「これもハクさんの存在があってこそなんでしょうね」
一目見ただけで、サリアさんがハクさんにとても懐いていることはわかった。彼女がいれば、サリアさんも下手な気を起こすことはないだろうという確信がある。
ハクさんとサリアさんの間で何があったのか非常に気になるが、そこらへんは陛下の説明はなかった。
「サリアを止めるために優秀なハクを送り込んだのはわかるが、それにしては教育が足りないよな」
「ああ、それは思った。筆記はほぼ空白だったもんね」
クラウスの言葉にアンジェリカが机の上に置かれた答案に目を落とす。
貧しい村の出身ということだったから文字の読み書きができないということに関しては予想ができていたし、教育が行き届いていないのは当然だ。しかし、あれだけの魔法を放つ才能がありながら、魔法関連の問題ですら答えられていないのは不思議だった。
基本属性については理解しているようだし、特殊属性の存在も知っているようだ。しかし、詠唱句に関しては何一つ書き込まれていない。
確かに彼女は詠唱破棄ができるようだったが、それは並々ならぬ鍛錬のおかげだろう。しかし、だからと言って初めから詠唱破棄ができるわけがない。
独学なのか、誰かに教えてもらったのかはわからないが、魔法を発動するには詠唱が必要であり、破棄するにしてもその文言を頭の中で思い浮かべていなければならない。だから、魔法が使える=詠唱句を覚えているということになるはずだ。
魔法を発動する際に必要なものは、という問題の答えも奇妙だ。普通、魔法の発動に必要なものは詠唱と精霊への祈りだ。祈りが強ければ強いほど魔法の構築は早くなるし詠唱短縮などもしやすくなる。
なのだが、ハクさんは魔法陣とイメージが大切だと書いた。
魔法陣など、魔法が発動する際に現れる指標のようなものにすぎず、むしろ魔法の発動を予感させてしまうことから弱点ですらある。イメージというのが精霊のイメージというなら多少は理解できるが、他の問題の答えからしてそういうわけでもなさそうだ。
一体彼女は何を以って魔法を発動しているのかさっぱりわからない。あれほどの魔法を放つだけの秘訣が彼女の中にはあるのだろうか?
「……どちらにせよ、あの二人の動向には常に気を張っておく必要がある」
「まあ、そりゃそうだな。下手に生徒と喧嘩してあんな魔法ぶっ放された日にゃ死人が出る」
「ハクはそこまで短慮な子じゃなさそうだったけど、サリアの方は確かに注意が必要だろうね」
「ええ。恐らく私が担任になると思います。もしもの時はフォローをお願いしますね」
正直、彼女にはとても興味が沸いた。実技の結果だけならAクラスで間違いないだろうけど、筆記の様子を鑑みるに私が担任を務めるCクラスへの編入が妥当だろう。身近で彼女を観察できるのはとても魅力だった。
「ああ。その代わり、報告は忘れるなよ」
「ええ、もちろん」
呪いの魔女と名高いサリア。そして、幼いながらも類稀なる才能を持つハク。彼女らがこれからどんな風に成長してくれるのか、そしてどのような事態を巻き起こしてくれるのかとても楽しみになった。
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