第六百六十四話:ダラス聖国へ
それから一週間ほど。私達は、ついにダラス聖国の皇都までやってきた。
隠蔽魔法によって、竜の姿を見られる心配はないし、幸い、皇都は山に面した場所にあったので、その付近に着地すれば、誰かに見られる心配も少なかった。
「ここが、ダラス聖国の皇都か……」
オルフェス王国の王都とはまた違う、少し冷たい印象のある街並み。
今は夏だというのに、未だに雪が残っている場所もあり、ここが相当寒い地域なんだということを伺わせる。
いつもなら、少し街並みを観察していきたいところではあるけど、今はそれどころではない。
さっそく、教皇庁へと向かうことにしよう。
「何者だ!? 所属と目的を述べよ!」
事前に調べていた情報を基に、それらしい建物に近づくと、門番に強い口調で止められた。
少しびっくりしながらも、私は落ち着いて目的を述べる。
「オルフェス王国からやってまいりました、ハクと申します。この度は、至急の用があるとのことで、教皇様への謁見を申し入れに参りました」
そう言って、王様から貰った書状を見せる。
これで、入れてもらえると思っていたんだけど、門番はそれを鼻で笑い、敵意に満ちた目を向けてきた。
「入り口の門番からはそのような者が来たという報告は受けていない。貴様、偽の書状で教皇様に会おうとは、まさか異端者か!」
「えっ? い、いえ、そのようなことは……」
「異端審問官をここへ! この者達は、異端者の可能性がある!」
そう言って、他の門番を呼び出し、私達の周りを囲うように逃げ道を塞いでくる。
確かに、私達は直接皇都に乗り付けたから、入り口の門は通っていない。
ちょっと迂闊だったかなと思いつつも、急いでいたから仕方ない。
しかし、どうしたものか。異端審問官に目をつけられるのは、できれば避けたいのだけど……。
かといって、ここで蹴散らして逃げ出せば、自分達は悪者だと言って回るようなものだし、迂闊に逃げることもできない。
話せばわかってくれるといいんだけど。
「この者達が、異端者か?」
「はっ、その通りでございます!」
やがて、門の奥から、青いローブを纏った男が現れる。
異端審問官と思われるその人物は、私達の姿をじっと見つめた後、冷たい口調で話しかけてきた。
「あなた達が異端者であるならば、創造神様の名の下に、自ら命を絶ちなさい。もし、そうでないというのなら、私についてきなさい」
「もちろん、申し開きはあります。私達は、異端者ではありません」
「よろしい。ではついてきなさい」
なんだかよくわからないけど、一応話は聞いてくれるようだ。
私達は、異端審問官の後に続き、場所を移動する。
周りには、帯同する騎士達。完全に連行される罪人だけど、ほんとに大丈夫だろうか。
やがて、町の外まで連れていかれる。
一体どこまで行くんだと思ったら、しばらくして足を止めた。
「もし、あなた達が異端者でないことを証明したいのであれば、この崖から飛び降りなさい。あなた達が真に創造神様を信仰しているのなら、その加護により、生きながらえることができるでしょう」
目の前には、くっぱりと口を開けた裂け目がある。
峡谷になっているのか、かなり高く、普通に落下すれば命はないだろう。
創造神様を信仰していれば、加護により助かると言っているけど、そんなことあるんだろうか?
確かに、この世界には精霊の加護のように、加護は存在するけれど、神様が加護を授けるというのはあまり聞いたことがない。
というか、神様は基本的に地上に降りてこないし、加護を授ける機会すらないだろう。
それなのに、異端者でないことを証明したければ飛び降りろって、死ねと言っているのと同じである。
「飛び降りることができないのであれば、あなた達は異端者であり、生きていることが罪となります。大人しく騎士達に命を預け、罪を償いなさい」
飛び降りなければ異端者認定され、結局殺される。
これでは、どっちに転んでも死ぬしかないじゃないか。
確かに、異端審問官に目をつけられたら終わりとは聞いていたけど、こんなに理不尽だとは思わなかった。
「確かに、私達は創造神様を信仰してはいますが、誰しもが加護を得られるわけではありません。普通に考えて、飛び降りたら死ぬしかないと思うですが、それでも飛び降りろと?」
「加護がないというのなら、それは創造神様への信仰が足らぬということ。その咎を認め、身を捧げれば、その魂は楽園へと導かれることでしょう」
「信仰心が足りないから死ねと」
どうにも話を聞いてくれる様子はない。
まあ、別にやろうと思えば、飛び降りたところで浮遊魔法が使えるし、死ぬことはないんだけどさ。
でも、仮に死なずに戻ってきたとしても、なんだかんだ理由をつけて殺しに来そうな気がしないでもない。
そもそも、普通の人は飛び降りたら死ぬわけで、それは異端者だろうがそうでなかろうが変わらない。
今まで助かった人なんていないだろうし、この人だってほんとに助かるとは思っていないだろう。
だから、助かってしまったら、それこそ異端者だと騒がれて、殺しに来る未来が見える。
説得は無理そうだし、どうしたものかなぁ……。
「さあ、飛び降りなさい」
「待ちなさい!」
どうしたものかと迷っていると、不意に異端審問官の背後から走り寄る人物がいた。
遠くからでもわかる、サファイアのような色の瞳をした女性。
異端審問官を始め、その姿を見た騎士達は、皆慌てて跪く。
もしかして、偉い人なんだろうか?
「よかった、間に合いましたね」
「えっと、あなたは?」
「申し遅れました。私はソフィー。ここ、ダラス聖国における巫女であり、教皇の娘です」
「わぉ……」
思ったよりも大物が出てきたな……。
しかし、わざわざ教皇の娘が出てくるとは、いったい何事だろうか?
騎士達はもちろん、町の人達も、私達の姿を見ても特に何もしてこなかったというのに。
「先程報告がありまして、オルフェス王国から、ハクという者がやってきたと。だから、慌ててやってきたんです」
「私のことをご存知なんですか?」
「ええ。とにかく、ここではなんですから、私の家へ来てください」
「そ、ソフィー様、この者達は異端者では……」
「私の名において、この者達は異端者ではないと断言します。文句はあるかしら?」
「い、いえ……」
異端審問官が、控えめに反論したが、すぐに黙らされていた。
来たこともない国の人が、なぜ私の名を知っているのかは気になるけど、こんなところまで私の噂が飛んできたというわけではないよね?
疑問に思いつつも、窮地を救われたことに変わりはないので、お礼を言って、後についていく。
「さあ、入ってください」
教皇の娘というのは本当のようで、すんなりと教皇庁に入ることができた。
まあ、家というか、職場な気がしないでもないけど、多分居住区もここにあるんだろう。
周りの騎士達の冷たい目線を流しながら、応接室らしき場所へと通される。
外は寒いが、この部屋は暖かい。
なんか、いきなり異端者扱いされたことも含めて、心が痛かったから、少し安心するね。
「さて、わざわざお越しいただきありがとうございます」
ソフィーさんは、私達にソファを勧めると、すぐに対面のソファに腰を掛ける。
とりあえず、ようやくまともに話しを取り合ってくれる人が来たわけだし、ここから交渉開始と行こうか。
私は、少し居住まいを正しつつ、どう話を切り出すかを考えた。




