第六百六十二話:ライバル的存在
訓練によって、神剣の扱い方は、だいぶマスターしてきたように思える。
破壊の力の方向を制御し、純粋に威力を上げる。こうすれば、破壊する場所は、かなり限定することができるだろう。
それに、元々グラスは巨大であり、本気で斬りつけても真っ二つになるようなこともないだろうから、外しさえしなければ、何とかなるはずである。
万が一、街中で戦うことになったとしても、恐らくは何とかなるだろう。
もちろん、小さな不安は拭えないが。
『こんなものだろう。ある程度は体に叩き込んだが、そなたの優しさが、刃を鈍らせることもあるかもしれん。わしとて、人々の安寧を願っているが、いざとなれば、ためらわずに剣を振るうことも考えておくといい』
〈はい!〉
戦闘準備に関しては、これで大丈夫だろう。
もちろん、腕をなまらせないためにも、なるべく毎日訓練する必要はあるだろうけど、目下の問題に対処するだけなら、これで問題はないはず。
眷属化を解く方法、そして、神剣の扱い方。後は、ダラス聖国とうまく協力し、グラスの場所を見つけることができれば、何とかなるはずだ。
『……そういえば、伝えておくことがあった』
「はい?」
『この世界に降り立った、神々のことだ』
訓練も終わり、元の姿に戻ると、ノームさんがそう言って話しかけてきた。
ノームさんは、当初はクイーンの罠により、だいぶ弱体化していたけれど、少し時間を置いたことで、その力も戻りつつあるらしい。
だが、力が戻るまでの間、何もしないというのも気が引けたので、配下に偵察に行かせて、神々の行方を探っていたようである。
そう言えば、ノームさんには顔のない悪魔みたいな配下がいたね。
で、その結果、多くの神々を発見できたようだ。中には、直接話をつけ、大人しくしているように説得できた神様もいるという。
水面下で、割と事は進んでいたようだ。
『協力的でない神に関しても、この世界の神と連携し、対処しつつある。なので、それは問題ないのだが、一人、少々問題のある神がいてな』
「どんな神様なんですか?」
『名をクーアという。炎の化身であり、そして、クイーンの最大のライバルでもある』
「クイーンの、ライバル?」
どうやら、そのクーアという神様は、クイーン達外宇宙の神様が侵略してきた際に、最初に被害に遭った神様らしい。
元々、あまり人に興味のない神様ではあったらしいのだけど、それでも、自らを信仰する人々らを乗っ取られ、居場所を失ったことがあるらしく、クイーンにとてつもない憎悪を向けているらしい。
クイーンとは相性がいいのか、多くの姿に対して善戦することができる強力な神様らしいのだけど、その神様が、どうやらこちらの世界に来ているらしいのだとか。
『まだ場所までは発見できていないが、ライバルであるクイーンに呼び出されてしまったことは、相当腹に据えかねているはず。信仰の力が戻れば、すぐにでもクイーンに噛みつきに行くだろう』
「それの、何が問題なんですか?」
『奴の攻撃は、炎による全体攻撃が多い。当然ながら、戦闘などすれば、周りは焦土と化すだろう。そこに人々がいようと関係なくな』
「それは……ちょっとまずいですね」
せっかく、こちらが細心の注意を払って、人々の安全を考えているのに、そんなのお構いなしに暴れられてしまったら堪ったものではない。
まだ大した問題が起きていないってことは、多分まだ力が戻り切っていないんだろうけど、もし戻れば、どこかで大変な被害が出ることになる。
リクの時もそうだったけど、この世界に与える影響がでかすぎるんだよな。本当に迷惑すぎる。
「それに関しては、こちらも調査していますが、まだ見つかっていないですね。一体どこにいるのやら」
「でも、もし協力を取り付けられたら、心強い味方になってくれたりしませんかね?」
所かまわずに暴れられるのは問題だが、クイーンにも対抗しうる戦力を持っているというのなら、かなり心強い。
どうにか見つけ出して、説得できれば、切り札になるんじゃないだろうか?
「どうでしょうね。彼女は人にあまり興味がないみたいですし、戦力にはなっても、人々の安全を保障できるとは思えませんが」
『最終兵器としての運用なら使えはするだろうな。うまく場所を選べればだが』
「なるほど……」
私が、神剣の振りどころを悩んでいるように、その神様も、場所を選びさえすれば、戦力にはなるってことか。
これはぜひとも見つけておきたいね。
仮に、仲間になってくれなかったとしても、所かまわず喧嘩を吹っ掛けに行かれてはまずいし、その抑制もしておきたい。
でも、今まで探して見つからなかったとなると、普通の場所にはいなさそうだよね。
一体どこにいるんだろうか。
『まあ、伝えておきたいのはそれだけだ』
「わかりました。ありがとうございます」
引き続き、クーアの捜索は続けるらしいので、そちらは任せてしまっていいだろう。
今は、クイーンに指定された通り、グラスをどうにかすることに集中することにする。
ウルさん達に見送られ、夢の世界を後にする。
結構長い間訓練していたように思えるけど、現実の時間としては一日も経っていないようだ。
時間も歪んでいるのかな? 確かに、以前も時間のずれを感じたことはあるけども。
寝起きを出迎えてくれたカムイとアンナちゃん、そしてエルにお礼を言い、家へと戻る。
「ハク、お帰りなさい」
「ただいま」
家では、ユーリが出迎えてくれた。
お兄ちゃんとお姉ちゃんはどこに行ったのかと思ったけど、旅の準備を整えてくれているらしい。
今回行くことになっているダラス聖国は、行ったことがないから、行くとしたら竜の翼で行くことになる。
そう時間はかからないとは思うけど、それでも万全の状態で挑むためには、徹夜で飛行なんてことをするわけにもいかないからね。準備は大事だ。
早ければ、明日にも出発できるだろう。こちらも、準備を整えておかないといけないね。
「ハク、無理してない?」
「してないよ。訓練もちゃんとしてきたし、準備もできてる」
「でも、震えてるよ?」
「……武者震いだよ」
抑えていたつもりだけど、わずかに体に出てしまっていたようだ。
まあ、不安がないと言えば、嘘になる。なにせ、相手は創造神様にすら匹敵するような大物だからね。
厳密には神様ですらない私が、真正面から戦って勝てる気はしないし、何より、勝てなければ一夜が帰ってこないかもしれないというのが一番怖い。
訓練の時は、まだ集中していたから気がまぎれたけど、こうして落ち着いてしまうと、ついつい考えてしまう。
私は、ちゃんと一夜を取り返すことができるんだろうか?
「その不安、肩代わりしてあげたいけど、それは望んでいないよね」
「うん。この気持ちをなくしてしまったら、私は弱くなっちゃうと思うし」
ユーリの力をもってすれば、この不安すらも取り除くことができるのかもしれない。
でも、この思いは、私だけのものだ。
みんなが、一夜のことを大事に思っているのだとしても、私のそれはまた別のものである。
だから、なくすわけにはいかない。
「大丈夫、うまくやれるはずだから」
とにかく、今は一夜を取り戻すべく、目の前のことに集中する。
それが、一番の近道だと思うから。
私は、心配をかけないように、努めて笑顔を見せるようにした。




