第六百六十一話:ドリームワールド
「まず、安全性の問題がありますね」
人々をドリームワールドに避難させる際の問題に関して、まず挙がるのがそれだという。
ドリームワールドとは、元々はウルさんのような神様達が住まう場所であり、いくら人々が暮らすようになっているとは言っても、かなり危険な場所なんだという。
ウルさんのように、人々に友好的な神様ならともかく、ほとんどの神様は、人々を都合のいい信仰者という風にしか見ておらず、気まぐれに殺すことだってよくあるのだとか。
一応、町に避難させれば、そう言った神々からの視線から逃れることはできるかもしれないけど、それも絶対ではない。
というか、町のほとんどは神様を信仰しており、今なお生贄などの儀式すら行われている現状だそうで、下手に大量に人を招き入れれば、それらの餌食になる可能性もある。
だから、現実世界で命が助かっても、ドリームワールドで命が助からない可能性があるってことだね。
「それに、ドリームワールドは、元は私達の世界としか繋がっていません。無理にこの世界でも繋げれば、この世界にも私達の世界の神が溢れ出てくることになるかもしれない。そうなれば、大問題ですよ」
〈それは、確かに……〉
今の目標が、クイーンを始めとした、異世界の神様をこの世界から追い出すことなのに、下手にドリームワールドに繋げれば、その繋がりからこの世界に異世界の神様が出てくることになるかもしれない。
それでは本末転倒だし、確かにそう考えるとやるべきではないか。
「リク、その危険性はあなただってわかっているでしょうに」
『だって、この世界との繋がりが残っていれば、またいつでも来られるじゃん。君みたいに、猫がいる場所ならどこでも移動できるって言う特性は僕らにはないし、こんな面白いおもちゃを手にした今、このまま別世界に召喚されてはいサヨナラじゃ楽しくないでしょ』
「楽しいかどうかで測らないでください」
どうやら、人々を助けるための策というよりは、後にいつでもこの世界に来られるようにという布石だったらしい。
全く、油断も隙もない。
多分、神様なら、世界間を移動することくらいはたやすいと思うけど、マーカーがなければ、見つけるのが難しいってことなんだろう。
だからこそ、マーカーをつけるためにドリームワールドを繋げたいってことだね。
言われなければ、その危険性にも気づいていなかったかもしれない。
『ま、半分冗談だよ。ハクについては、後で召喚の呪文を教えておくつもりだしね』
〈呼びませんからね?〉
『えー、僕らがいた方が便利でしょ? 今後、今回みたいな事件が起こらないとも限らないんだしさ』
〈それは、そうですけど……〉
もし、すべてが終わって、異世界の神様を帰すってなった時に、当然ながらリクも帰すってことになるだろうけど、そうなったら、もう私はいろんな姿になることができなくなる。
まあ、困らされたことが大半だった気がするけど、時には役に立つこともあったし、なんだかんだ、神様の助言が貰えるというのはありがたいことでもある。
だから、それがなくなるのは、少し寂しい気もする。
それに、クイーンは私のことを相当気に入ってるみたいだし、当たり前のようにこの世界の神様の監視をすり抜けてこの世界に来た以上は、いつでもやってくることができるということでもある。
その時に、またリクらを呼び出すとは限らないし、協力してくれる神様がいないというのは、ちょっと大変かもしれない。
そう言う意味では、保険として呼び出せた方がいいのかもしれない。
『まあ、どっちにしろ召喚の呪文は教えるけどね。気が向いたら呼び出して』
〈むぅ……〉
「ハクを惑わせないでください。とはいえ、またクイーン案件があるようであれば、私も手を貸すことになるでしょうから、召喚の呪文を教えておくのはいいかもしれませんね」
『確かに、ハクには救われた恩もある。困った時に駆けつけるという意味では、いいかもしれん』
なんか、みんな召喚の呪文を教えようとしてくる。
召喚の呪文は、その神様を呼び出すための呪文なわけだけど、本来は、何十人という人々が集まって、ようやく行えるものであり、気軽に呼び出すなんてことはできない。
だから、私に教えても無駄なような気がするけど、そこは考えがあるらしい。
というのも、今の私であれば、一人でも召喚の呪文を完遂させることが可能なのだという。
数十人の人々が必要というのは、召喚のためのコストとなる精神力と、信仰心が必要になるからだ。
しかし、私の場合は、精神力に変わる神力が大量にあるし、信仰心の問題も、私自身が神様として多少なりとも信仰されているから、私を信仰しているイコールリク達を信仰している言う捉え方ができ、問題は解消できるのだという。
もちろん、現状の信仰心では足りないかもしれないが、この後、創造神様の姿を借りて、眷属化を解く予定だから、その過程で、多少なりとも私に向かって信仰が増えるのは確か。
偶然ではあるんだろうけど、呼び出す下地が出来上がっているというのは、複雑な気分である。
〈あれ、でも確か、召喚の呪文って、逆に唱えると退散の呪文になるんですよね?〉
ルディが言っていた気がするが、召喚の呪文の逆は退散の呪文、つまり、この世界からあるべき場所へと帰すことができるわけである。
つまり、召喚の呪文を教えるということは、この世界から退去させられる危険性もはらんでいるということだけど、それでいいんだろうか?
『ハクなら今すぐに退散の呪文を唱えるなんてことはないと確信してるよ。状況が状況だし、その時が来るまでは、僕らの力が必要だろうしね』
「召喚の呪文を教えるのは、信頼の証でもあります。昔は、気軽に教えることもあったようですけど、ここ最近では、人々が書き記した魔導書から知る以外では、神が直接教えることはなくなりましたからね」
『神々の間で言うところの、愛し子という奴だろうな。ハクにはそれに足るだけの素質がある。貰えるものは貰っておいて損はないと思うぞ』
〈なるほど……〉
それだけ、私のことを信用してくれているってことか。
なんか、異世界の神様にそこまで信用されるのは、喜んでいいのかそうでないのかわからないな。
でも、リクはともかく、ウルさんとノームさんは悪い神様ではないし、いざという時に来てくれるのは心強いかもしれない。
それこそ、クイーンのような脅威が来た時には、重宝することになるだろう。
〈あ、退散の呪文で思い出しましたけど、クイーンを退散させるための呪文は誰も知らないんですか?〉
「残念ながら、知りませんね。一応、一部の人間の間には伝わっているようですが、それを聞く機会もありませんでしたし」
『そもそも、退散の呪文を唱えるとしても、奴の姿は無数にある。そして、それぞれの姿に対応した呪文でなければ、退散させることはできん。仮に一つや二つ呪文を入手できたとしても、クイーンに対応する呪文を入手できる確率は、相当低いだろうな』
〈そうですか……〉
クイーンの退散の呪文がわかれば、それを唱えられさえすれば簡単に片が付いたんだけど、そううまくはいかないようだ。
一応、グラスに関してもないか聞いてみたけど、それも知らない様子だし、やはり、物理的に倒して、強制的に退去させるほかないみたいである。
果たして、そんなことができるんだろうか?
私は、少し不安を抱えつつも、訓練を続けるのだった。
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