第六百六十話:無意識の手加減
私が持つ神剣、ティターノマキアは、元はマキア様という神様の持ち物だった。
私の印象としては、とても喧嘩っ早い、粗暴な人という印象だけど、そんな主人のために作られたものだからか、ティターノマキアも、それに似た性質を持つ。
一応、名目としては、大地の形を変えるため、ということになっているらしいけどね。
マキア様は大地の神様だから、管轄の範囲内ではある。
それ故に、ひとたび剣を振るえば、大地は穿たれ、切り裂かれ、時には隆起する。
これは変えようのない特性であり、ただ振るうだけでも、それが発動してしまうから、制御するのも難しい。
これを武器として使うなら、どうあがいても大地に何かしらの影響は与えるわけだね。
『特性をよく理解しろ。もし、そなたが剣に認められているのなら、おのずとやり方は理解できるはずだ』
〈はい!〉
しかし、制御は難しくても、全くできないというわけではない。
そもそも、ただ振るうごとに大地をめちゃくちゃにしていては、武器として扱いづらすぎる。
マキア様だって、流石に何でもかんでも破壊するような破壊神ではないだろう。あくまで、敵と戦うことを想定されており、制御する術はあるはずなのだ。
ノームさんは、武器に認められていれば、やり方は理解できると言った。
確かに、この神剣には、どうしたら破壊のための刃が振るえるかという意思のようなものを感じる。
以前は、私の力が足りないばかりに、その力を暴走させかけたこともあったけど、今はその力を完全に手中に収めることができている。
つまり、どう振るえば、力を抑えることができるのかも、おのずとわかる。
〈こうでしょうか?〉
『うむ、そうだ。剣に主導権を握らせてはならぬ。あくまで、そなたが制御するのだ』
簡単に言えば、峰うちで攻撃するようにすると言った感じだろうか。
この剣は両刃剣だし、峰はないけれど、イメージとしてはそんな感じな気がする。
破壊の力の方向をコントロールすると言ってもいいのかな?
要は、適切な方向に破壊の力を逃がすことができれば、必要以上の破壊は起こらないということだ。
『よし。試しにわしに打ち込んでみよ』
〈え、大丈夫ですか?〉
『それで壊れるほどやわではない。安心して攻撃せよ』
〈わ、わかりました〉
私は、言われた通りにノームさんに向かって剣を振り下ろす。
ノームさんは、持っている槍でそれを受けるが、武器同士が接触した瞬間、物凄く重い音が響き渡った。
今のは、衝撃が拡散されたのか?
破壊の力の方向を制御することはできるけど、なくすことはできない。
では、どの方向に向けるのかと言われたら、それは必然的に切る方向である。
その力を真っ向から受けたわけだから、本来なら体が真っ二つになってもおかしくはないけど、流石はノームさん、うまく衝撃を逃がしたようだ。
『悪くはない。だが、少々手加減しすぎだな』
〈そんなつもりはなかったんですが……〉
『恐らく、無意識の行動だろう。相手を傷つけたくないという想いが、刃に現れていると見える』
ノームさんの対処がうまかったと思ったんだけど、どうやら私の方の問題らしい。
確かに、いくら訓練とはいえ、本気でノームさんに斬りかかる勇気はなかった。
いくら神様とはいえ、こちらは神様が持つ武器。本気で攻撃すれば傷もつくかもしれないし、下手をしたら死んでしまうかもしれない。
いや、神様が死ぬようなことはないとは思うけど、想像はしてしまう。
その気持ちが、無意識のうちに手加減をさせた、ということみたいだね。
『もっと本気で、と言いたいが、流石にこの場でそれは無理があるか』
「実際に戦う時は、敵は巨大ですし、人の姿からもかけ離れていますから、躊躇することはないとは思いますが、あまりに配慮しすぎて本気が出せないのは考え物ですね」
ノームさんもウルさんも、そう言って少し考え込んでいる。
今回の相手である、豊穣の神様グラスは、巨大な山羊のような姿をしているらしい。
その大きさは、軽くビルをも超えるほどであり、ただ歩くだけでも、通った後には残骸しか残らないだろうとのこと。
もちろん、普段はもっと小さな姿になって活動しているらしいのだけど、戦いになれば、本来の姿を現してくるのは想像に難くない。
逆に、それほど巨大であれば、的を外す心配はないだろうし、人の姿からかけ離れていれば、多少は私も気持ちが和らぐというもの。
だから、切ること自体は問題はないけれど、町の人々を気にしながらとなると、本気が出せない可能性はある。
これに対処するためには、もう町のことなど無視するか、あるいは町から離れた場所で戦うかと言ったところか。
詳しく、どこら辺にいるのかはまだわかっていないけれど、うまく誘導することができれば、町への被害を最小限に止めることができるかもしれない。
まあ、あくまで理想だけどね。町で戦うことになってしまったら、私もどうやって本気を出すべきかを考えなくてはならない。
『そんなに人間を巻き込みたくないなら、いっそのこと夢の世界に攫っちゃえば?』
〈夢の世界? 今いるこの世界のことですか?〉
『そうだけど、ちょっと違う。神が創造した固有の場所じゃなく、夢の中にある別世界。ドリームワールドとでも言えばいいかな?』
〈なんか、楽しそうな響きですね〉
某夢の国のことを思い浮かべたけど、多分そんなもんじゃないだろう。
ちらりとウルさんの方を見ると、きちんと説明してくれた。
「夢の世界、あえてドリームワールドという呼び名に合わせますが、私達が本来いるべき世界のことです」
ウルさんの話によると、ドリームワールドは、ウルさん達の世界の神様にとっての、家のような場所らしい。
ウルさん達の世界を支配することになったのは、いつの日か現実世界から迷い込んだ人々による些細な交流の果てに召喚の呪文が広まり、それに呼び出されて居座る形になったようだ。
ドリームワールドには、元々神様、正確に言うと、後に神様と呼ばれるようになった人ならざる者達が住む場所だったけど、人が迷い込んできたことによって、少しずつ人の居場所も広まり、今では小さな国すらあるような状態だという。
そうして、いつしか一つの世界と呼べるほどまでに広がった場所を、ドリームワールドと呼ぶようである。
「私のように、夢に干渉できる力を持つ一部の神が連れ込む夢の世界とは、また少し違うのですが、そう言う世界があるのです」
〈そこに連れ込んだら、人々は助かるんですか?〉
「助かると言えば助かりますが、いくつか問題がありますね」
そう言って、ウルさんは難しい顔をして腕を組む。
なんか、いきなりドリームワールドとか言われて少し困惑しているけど、人が助かる道があるなら、その方がいいようにも思えるけど。
一体、どんな問題があるのだろうか?
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