第六百五十七話:神様の威を借る
「ハクは、神を目の当たりにした時、それが神だと、無意識に理解できるでしょう?」
「え? ま、まあ……」
急な質問に、私は曖昧に答える。
確かに、神様は、神力という独特の魔力を持っており、普通の人間と比べて、明らかに異質な雰囲気を感じる。
クィスのように、よっぽど無機質で気配が曖昧ならわからないけど、大抵は、見ただけで、あ、これは神様だと自覚できるだろう。
「そう、普通は、神が目の前にいれば理解できるものです。まあ、こちらの世界では、それが神だと理解したくない場合もあるので、一部の人々は現実逃避してしまいますけどね」
「それが、どう繋がるんです?」
「今のハクは、厳密には神ではないにせよ、神に等しい神力を持っています。つまり、ハクが本来の姿を現せば、相手はハクを神だと認識するでしょう」
「なるほど」
私はあくまでもどきではあるけど、神様と同じくらいの神力を振りかざせば、相手は私を神様として認識する。
何となく、話が読めてきたぞ。
「なので、ハクは人々にこう言えばいいのです。我こそが、創造神であると」
「そ、それは、ちょっと不敬過ぎませんか……?」
予想は当たっていたけど、流石に創造神様の名前を騙るのはいかがなものだろうか。
貴族社会においても、身分の詐称は重罪だし、それがこともあろうに、この世界の最高神である、創造神様を名乗るなど、魂まで焼き尽くされてもおかしくない。
創造神様は、このことに納得しているんだろうか?
「すでに許可は得ています。ただ、それにあたって、姿を少し変えてもらう必要はあるようですが」
「創造神様の姿になれってことですか?」
「そう言うことです」
「もっと責任が重くなった……」
確かに、私の姿のまま創造神だと名乗れば、信仰は創造神様ではなく、私に来てしまうから、後々面倒なことになる。
事後処理も考えるなら、私の姿を創造神様の姿に近づけることは、必要なことだろう。
でも、それだったら創造神様自らが出てきて、宣言すればいいんじゃないだろうか?
この世界の神様達は、大抵が地上に降りられない制約があるけど、流石に創造神様にはその制約はないだろう。
お手を煩わせることにはなるけど、そちらの方がよっぽど確実な気がするんだけどな。
「創造神は、クイーンの捜索で忙しいですよ。それに何より、クイーンが蒔いた種が多すぎます。私の方で対処はしていますけど、今の神界は、その芽を潰すので精一杯です」
「そんなに暗躍していたんですか?」
「ハクが思っている以上には、大量に。それこそ、この大陸のみならず、他の大陸にも波及しています」
クイーンが、各所に混乱の種を蒔いているという話は聞いていたけど、そこまで大規模なものとは思っていなかった。
それに、この大陸以外に降り立っている神様も多数いて、その対処にも追われているらしい。
ただでさえ、地上に降りられる神様が少ないから、ウルさんに頼るほかないけれど、結構深刻みたいだね。
「それに、今回クイーンは、ハクを直接名指しで指名してきました。下手にハクをしまい込めば、どんなことをしてくるかわかりません。私としては、ハクを危険な場所に行かせたくはありませんが、今回ばかりは、ハクに頑張ってもらうしかありません」
「なるほど……」
確かに、クイーンはそろそろ本命に手を出すと言っていた。
本命というのは、間違いなく私のことであり、クイーンがいかに私に注目しているのかがわかる。
そんな中で、私が出てこないなんてことになれば、クイーンはどんな手を使ってでも私を引きずり出しにかかるだろう。
それこそ、一夜の命を奪うくらいはしてくるかもしれない。
だから、いずれにしても、私が出ていくしかないわけだ。
「でも、創造神様の姿になるなんてことできるんですか?」
創造神様の姿は、ぶっちゃけると全く覚えていない。
いや、覚えていないというか、そもそも顔を見ていない。
その姿は、光の化身のような形であり、かろうじて人型のシルエットが見えた以外には、特徴と言える特徴がなかった。
あれは、神様の威光が眩しすぎて見えなかったんだと解釈したけれど、それほどまでに尊い存在の姿を、真似るなんてことはできるんだろうか?
「完全に真似る必要はありません。ただ、その姿は創造神のものだと、認識させることができれば、後は名乗るだけで勝手に解釈してくれるでしょう」
「なんか、怪しい宗教みたいになってません?」
「怪しくてもなんでも、今は敵に信仰を奪われている状況。それを正常な状態に戻すための作業なのですから、何らやましいことはありません」
なんか、絵面的に悪いことしてるような気分になるけど、でも、これは奪われた信仰を取り戻すためでもある。
そのためなら、多少は仕方ないのかもしれない。
仮にも、創造神様の姿を真似、その名を名乗ることを許されたのだから、もっと喜んでもいいのかもしれない。
『そういうことなら、僕らの出番かな?』
「え?」
『要は、創造神っぽい何かに仕立て上げればいいんでしょ? それくらいなら楽勝だよ』
竜珠の中から、そう得意げに発言するリク。
確かに、リクは私の姿をある程度いじれるから、完全に真似ることはできなくても、似せることくらいはたやすいだろう。
今回の作戦を考えると、リクは適任かもしれない。
「そこの病原体に頼るのは癪ですが、今はそれが最善でしょうね。創造神の姿を借り、人々に神の信仰対象を思い出させる、それができれば、信仰の塗り替えはできると思います」
「はい。ありがとうございます」
「いえ、これはあくまで、敵の力を削ぐ手段の一つにすぎません。これを実行することで、さらなる問題が起きることも想定されます」
「あ、信仰心故の、罪悪感?」
「はい。真っ当に一つの神を信仰しているなら、それがいつの間にか別の対象へと移り変わっていたと知った時、どんな行動に出るかわかりません。今後のことも考えるなら、国と連携を取ることも必要になるでしょう」
ただ単に、敵の力を削ぐだけならこれでいいが、そうして信仰を塗り替えた人々が、罪悪感から自死を選ぶとも限らない。
一応、まだ眷属化の影響が少ない人々なら、信仰が別のものに塗り替わっていたと自覚することもできていないはずなので、まだ何とかなるかもしれないが、そうでない人だっているだろう。
仮に、自死を選ばなかったとしても、誤解が解けなければ、いずれは異端審問官に罰せられてしまう。
国との連携は、必要不可欠になるだろう。
「もし、行くならば、まずは教皇庁へ足を運ぶといいでしょう。国の方も、今回の事態には苦労しているはずですからね」
「わかりました。まずはそこに行ってみます」
さて、これで敵の力を削ぐ方法はある程度わかった。
まあ、創造神様の姿を借りるって言うのはちょっと心配だけど、他でもない創造神様が許可を出しているんだから、問題はないだろう。
よっぽど、神様らしからぬ行動をとらなければね。
しかし、いくら敵の力を削ぐことはできても、これではまだ不安は残る。
もう少し、力の扱いに慣れておきたいところだ。
私は、少し禍々しくなった竜珠を手で触れながら、力の使い方を思案した。




