第六百五十五話:戦力の確認
『まあ、そう言うと思っていた』
「すいません。でも、罪のない人達を殺すわけにはいきません」
『その志は立派だが、勝てると思っているのか? 奴は、豊穣の神グラスは、そう甘い相手ではないぞ』
そう言って、ルディは豊穣の神様、どうやらグラスという名前らしいけど、それについて話しだす。
まず姿だけど、巨大な山羊のような姿をしているらしい。
体は黒く、皮膚は樹木のように固く、泡立つような黒い粘液を纏い、口からは黒い液体が滴る。
眷属として、人の大きさほどのある子山羊を生み出すことがあるらしく、それらから滴る体液は、万病を治すと同時に、眷属化を促す。
生半可な武器では傷一つつけることはできないし、触れるだけでも侵食してくるから、普通の人間は、相対した時点で死が確定しているようなもの。
いくら魔法という、この世界特有の要素があるとはいえ、流石に分が悪いのではないかと言いたいわけだ。
「一応、私の力も増しています。ある程度は、対抗できるはずです」
『確かに、以前と比べれば、出力は比べ物にならないだろう。信仰のない五分の状態なら、勝てる見込みもあるかもしれん。だが、今は信者が多すぎる。少しは減らさないと、勝てるものも勝てない』
豊穣の神様の最大の強みは、その信者の量産能力にある。
どんな場所でも、人さえいれば、瞬時に信者を作り出すことができ、それは豊穣の神様の力となる。
元々、世界すらも創造しうるほど、強力な神様らしいし、それがさらに強化されるとあれば、確かに堅実な方法を取った方がいいのかもしれない。
でも、それでも、私には罪のない人を殺すことはできない。
たとえ困難な道になろうとも、それだけはできない。
『汝の言い分はわかった。ならば、一時的にも治療を施すしかあるまい』
「一時的にでも、信仰を減らすってことですか?」
『そう言うことだ。正面からぶつかっても勝ち目が薄い以上は、そうするしかあるまい』
信仰の力を削ぎ、少しでも力を抑える。そうすれば、勝てる可能性も上がるだろう。
一応、眷属化は、浄化魔法で治すこともできる。
一度かけた程度では消えないけど、何度も何度もかけていれば、そのうち消える。
手間ではあるけど、浄化魔法は一気に何人も巻き込むことができるし、人々が多く集まる場所でかけることができれば、ある程度は何とかなるかもしれない。
「町の大半を浄化できれば、何とかなりますかね」
「でも、それで眷属化を何とか出来たとして、正気に戻った人は大丈夫なのかしら?」
「どういうこと?」
「ほら、それだけ信心深い人達だったなら、一時的にも別の神様を信仰してしまったことを悔いて、自ら命を絶ってもおかしくないんじゃないかなって」
「仮に、そうでなくても、異端審問官がいる中でそうなれば、どのみち死刑だろう」
「確かに……」
これがクイーンの仕業であるということは、私達しか知らない。
いきなり別の神様を信仰し始めたことを疑問には思っていても、その原因を突き止めることはしていないだろう。
そんな中で、正気に戻してしまったら、逆に大惨事になるかもしれない。
正気に戻すとしても、戻してからしばらくの間は、どこかに拘束なりしておく必要があるかもしれないね。
『やはり、一息に殺してしまった方が楽なのではないか? そんな手間なことをしていれば、逃げられることはないにしても、隙を突かれるぞ』
「そんなこと言ったって……」
一番いいのは、気絶でもさせておくことだろうか。
睡眠魔法でもかけて、意識を奪っておけば、少なくとも、その間は暴れられる心配はない。
あるいは、異端審問官を説得するためにも、一度ダラス聖国の教皇に会いに行くべきかもしれない。
協力が得られれば、拘束しておくのに力を貸してくれるかもしれないし、面倒事も少ないはず。
『……まあ、敵の戦力を削るのは汝の案でいいだろう。それと、こちらの戦力について確認しておくべきではないか?』
「それに関しては、ある程度確かめはしたんですけどね」
あれからしばらく経って、神界に預けていた神剣が戻ってきた。
相変わらず、私の身長をはるかに凌駕する大きさではあるけど、以前よりも輝きが増し、刃も鋭くなっているように感じる。
神力のタンクとしての機能をつけられたようなので、さっそく入れてみたのだけど、そうしたら、わずかに震えた後、すぐに大人しくなってしまった。
いつもは、使われてやってるみたいな雰囲気を感じるのに、今では多少は認めてやるって感じがする。
いや、それ以外の感情も混じっているような気がするけど、元々、神剣に意思のようなものがあるかはわからないし、私の気のせいかもしれない。
とにかく、これで武器としては十分すぎるものが手に入ったわけだ。
それに加えて、クィスの一部とルディの棘、この二つを吸収したことによって、私の神力は限界突破している。
いや、限界突破と言っても、今は器も強化されていて、そう簡単に上限には行かないようになっているけど、合計で三つの神様の一部を使ったおかげもあって、出力は大幅に上昇。
神力の量だけ見るならば、以前の数倍はあろうかという量である。
これにより、相対的に魔法の威力も上がることになるし、戦力として見ても、かなりのレベルアップを果たせたと言っていいだろう。
まあ、ルディの見立てだと、これでもまだ足りないみたいだけど、私にはまだ、レベルアップの機会がある。
以前、ウルさんに会った時に、協力を取り付けたので、それも加えれば、何とかなるだろうという算段だ。
ウルさんを通じて、ノームさんも力を貸してくれるらしいし、かなり心強い。
「この後、ウルさんに鍛えては貰いますけど、ある程度は使いこなせていると思います」
『ならいいが……』
「それよりも、ルディには一夜を探してもらわなければなりません。そっちの方が、重要ですよ」
豊穣の神様を倒すことも大事だけど、それ以上に大事なのが、一夜の行方である。
リクの話では、すぐに危険になるようなことはないと言っていたけど、どこにいるかもわからないのに、なぜそんなことが言えるのかわからない。
確かに、クイーンのことをある程度知っているのだとしても、いたずらに命を奪ってもおかしくないというのに。
だから、私が豊穣の神様を倒すまでの間に、ルディには一夜の捜索をお願いしたのだ。
ルディと共に戦えないというのは割と痛いが、どのみちルディの戦い方では、二次被害がでかすぎる。
信者であろうがそうでなかろうが、死にいざなうようなことになれば、私が必死に守ろうとしている意味がないからね。
だから、こうするのが一番いいのだ。
一夜、一体どこに行ってしまったんだろうか。
私は、不安で押し潰されそうな心をどうにか宥めつつ、目的を再確認した。
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