第六百五十四話:一夜の救出を目指して
第二部第二十四章、開始です。
一夜を攫われてから、半月ほどが経った。
本当なら、今すぐにでもクイーンに指定された場所に赴き、豊穣の神様を倒したいところではあったけど、まだ力も手に入れていないし、情報も少なかったため、断腸の思いで準備に力を入れていたのだ。
おかげで、ある程度の情報を入手することはできた。まずは、それを確認していこうと思う。
「まず、クイーンが指定してきた場所は、ダラス聖国。創造神様を祭る宗教国家であり、この大陸の教会の総本山的な位置の国だね」
この世界には、多くの神様が存在し、人々は、皆自分の信じた神様を信仰するという、割と自由な宗教だけど、そのダラスという国は、創造神様のみを信仰しているようだ。
他の神様を信仰することを禁じてこそいないけど、創造神様が主神であり、他の神様はそのついでというように、あくまで創造神様を信仰していることが重要なことだという。
まあ、元々、創造神様は広く信仰されているし、仮に別の神様を信仰している人がいたとしても、創造神様を信仰していない人は少ないので、そこまで目くじら立てられることはない。
国に入るようなことがあれば、少しは気をつけないといけないことかもしれないけど、他の場所にいる限りは、わざわざやってきて間違いを正す、なんてことはしないはずだ。
「結構離れているわね。しかも、場所もとても厄介」
「だな。行ったことはないが、噂では、別の神様の名前を口にしただけでも、罰せられる場合があるらしい」
お兄ちゃんとお姉ちゃんは、そう言って難しい顔をしている。
他の宗教を禁じていないとは言ったけど、大っぴらに許しているかと言われたらそうではないようで、少なくとも、ダラス聖国内では、発言に気をつけないと、罰金や、下手したら投獄などもあり得るという。
なんとも過激なことだけど、それが宗教というものだろう。
「ただ、最近は、一部の町で、宗教の乗り換えというか、別の神様を信仰することが増えて行っているみたい」
ダラス聖国の国民は、皆信心深いけれど、ここ最近問題になっているのが、信仰心の変化。
創造神様一強だったのが、ものすごい勢いで別の神様を信仰するようになり、逮捕者も続出しているらしい。
その裏には、黒き聖水が関わっているようで、十中八九、クイーンの仕業だろう。
「町によっては、すでに大半が変化していて、むしろ創造神様を信仰することの方が悪だとされているところもあるみたい」
「広がり方が半端じゃないな。黒き聖水は、そんなにやばい代物なのか?」
「情報を見た限りでは、そうなんだろうね。眷属化に関しては、竜ですら抗えないものだし、何も知らずに飲んでしまったら、一気に広がるのも頷けるよ」
眷属化によって、信仰を強制的に変化させられ、そうして信者となった人々が、また別の人へと黒き聖水を提供する。
王都でも起こりそうになっていたことだけど、いざ聞かされるとかなりやばい代物だよね。
「だが、仮にも宗教国家だ、いきなり異端の神様を信仰し始めるなんてことがあったら、黙っていないだろう。国からの動きはないのか?」
「どうやら、異端審問官って言う人が各町に派遣されているみたい」
なんか、ゲームとかでたまに見たことがあったけど、異端の神様を信仰する人を見つけだし、適切な罰を与えることが仕事の人達らしい。
この場合の適切な罰というのは、命を奪うってことね。
創造神様と共に、神界に名を連ねている神様を信仰することはまだ許せても、異世界からやってきた、異端の神様を信仰することは、どんな罪よりも重いものになる。
ただでさえ、別の神様の名前を出しただけでも罰せられるのに、それが聞いたこともないような神様とあれば、それくらいの罰は当たり前ということだ。
一応、当人の関係者が、抗議することはできるらしいけど、大抵の場合はそのまま罰せられることの方が多いらしい。
異端審問官に目をつけられたら、ほぼ終わりってことだね。
「でも、あまりに対象者が多すぎて、このままだと町から人がいなくなってしまうって困ってるみたいだね」
「まあ、町の大半が眷属化してるんじゃ無理ないか」
本来なら、まだ火種が小さいうちに対処すべきだったんだろうけど、眷属化したからと言って、それを言葉にする者は少ない。
信仰が変わったとしても、それを隠して黒き聖水を広める動きはあるし、飲んでしまえば、知らずのうちに信仰も切り替わっているから、疑われることも少ない。
だから、知らない間に侵食されて、町が壊滅状態になってしまうわけだね。
このまま広まってしまえば、いずれは町だけでなく、国そのものの信仰が塗り替えられることになるかもしれない。
宗教の総本山的な立ち位置であるダラス聖国が堕ちれば、大陸全土に広がっていく可能性もあるし、早いところ止めないとまずい状況でもある。
「止めるためには、その豊穣の神様をやらを倒す必要がある」
「でも、正確な場所はわかっていないんでしょう?」
「うん。ダラス聖国ということは、クイーンが言っていたけど、そのどこに豊穣の神様がいるかまではわからなかった」
一番の問題はそこである。
極端な話、大本である豊穣の神様さえ倒せれば、眷属化はどうにでもなる。
仮に、倒しても眷属化が解けなかったとしても、大本さえ倒せれば治療することはできるし、問題はない。
しかし、ダラス聖国と一言で言っても、それなりに国土は広い。
信仰が塗り替えられている町の付近だとは思うけど、それだけでは、場所を特定するのは難しい。
例の、黒き聖水の泉も見つけないといけないし、なかなかに大変な作業だ。
「そこらへんは、神様経由でもわからない?」
「うん。多分、クイーンが何か悪さしてるんだと思う」
一応、ルーシーさんやウルさんに頼んで、偵察してきてもらったんだけど、それでも詳しい場所はわからなかった。
結界でも張っているのか、それともちょっとやそっとじゃ見つからない場所に隠れているのかはわからないけど、いずれにしても、これ以上は直接行って調べない限りは、わからないだろう。
「後は実際に行ってみるしかないってことか」
「町の人達に話を聞ければ、あるいは」
『契約者の兄よ、一応アドバイスをするが、町人に話を聞くというのは、やめた方がいいと思うぞ』
「む、ルディ、どういうことですか?」
後は、話を聞くしかないと思っていたけど、ルディからストップがかかった。
というのも、眷属化した人間は、無意識にそれを広めようとする性質を持つ。下手に関わって、黒き聖水を飲まされるようなことがあれば、こちらが不利になりかねない。
それに、相手はこちらが来るのがわかっている状態だ。どんな罠を仕掛けているかもわからないし、下手に町に入って、絡め手を使われるくらいなら、初めから話を聞くなどという選択肢は排除した方がいいとのこと。
『むしろ、眷属化した奴らは一息に抹殺した方がいい。信者が増えれば、神の力は増す。このまま豊穣の神と相対すれば、どうなるかわからんぞ』
「それは……流石にできませんよ」
信仰が神様の力となるというのは、この世界でも同じだ。
だから、信者となってしまった人々は、こちらにとって都合の悪い存在であり、消した方がいいというのもわからなくはない。
でも、クイーンの策略によって、何も悪くないのに信者とされてしまった人達を殺すなんてことは、私にはできない。
私は、若干呆れたような雰囲気を纏うルディを前に、明確な意思を示した。
感想ありがとうございます。




