幕間:今後を見据えて
異世界の神様、リクの視点です。
クイーンは神出鬼没というのは、僕らの世界でもよく知られていることである。
そもそも、千もの姿があるのだから、どこにでも溶け込むことができるし、瞬時に別の場所に移動することなどたやすい。
だからこそ、厄介な相手ではあるけど、まさか、神や天使がいる中に、堂々と侵入してくるとは思いもしなかった。
『ちょっと甘く見てたかなぁ。クイーンという姿をもう少し考慮すべきだった』
クイーンを始めとする奴の姿には、それぞれに特徴がある。
戦闘が得意な者もいれば、計略が得意な者もいる。
クイーンはどちらかと言えば後者で、直接的な戦闘はしない方だ。
戦闘能力が低いということは、他の能力が高いということである。
置換の呪文なんていう、本来人には使わないようなものを使ってヒヨナを攫ったとしても、何ら不思議はなかった。
「リク、本当に一夜は無事なんですよね?」
『無事だよ。もう十回くらい言ったでしょ?』
「それはそうですけど、心配で……」
最愛の妹を攫われたハクと言えば、さっきからずっとこの調子だ。
冷静に、豊穣の神の情報を得ようとか、町の情報を得ようとか、いろいろ言ってはいたけど、内心は全然穏やかではいられていないだろう。
こんな調子では、どう考えても勝てないと思う。
そもそも、まだ器を作った段階で、まともに神力を得ていないのだから、当たり前である。
だからこそ、まずはその神力を補充しようと、思考結晶の力を取り込もうとしているところなんだけどね。
『とりあえず、使えるものは使っておこう。思考結晶の一部と、ついでに納骨堂の棘、どっちも使っていいよね?』
『それで構わん。我が直々に相手をしたいところだが、奴の力は思いの外強大だった。ならば、少しでも可能性を上げることも大事だろう』
「ルディ、ありがとうございます……」
一応確認を取った後、その二つを目の前に用意する。
曲がりなりにも、神の体の一部が二つ。人からすれば、とんでもないアーティファクトだろうけど、今はそれを単なるリソースとして使う。
いやぁ、贅沢だねぇ。
『それじゃあ、行くよ』
「はい」
僕らはそれらの力を誘導し、ハクの竜珠へと収めていく。
ただ、これは結構きつい作業だ。
同じ神とは言っても、その性質はだいぶ異なる。
二つの力を同時に入れようとすれば、とんでもない反発が起きて、竜珠ははじけ飛ぶだろう。
しかし、今回は対策がある。その一つが、強化した器だ。
神の力で、唯一共通しているのは、狂気を司るという点。
この世界の神は知らないけど、僕らの世界の神は、人々を恐怖で支配し、神として君臨してきた。
だから、そうした恐怖の根源たる狂気の力は相性が良く、その点だけで見れば馴染みやすい。
狂気の力で強化した器であれば、拒否反応も起こしにくいという算段だ。
もちろん、それだけではまだ反発は大きいだろうから、僕らがちょうどいい感じに調整する必要はあるけどね。
なんだって、僕らがこんな面倒なことをしなくちゃいけないんだと思わないこともないけど、これもハクのため、いや、自分のためである。
「う、ぐぅぅ……!」
「ハクお嬢様……」
ハクは地面に手をつき、もだえ苦しんでいる。
元は自分のものではない力を、無理矢理受け入れるのだから、その苦痛は計り知れない。
それが、とてつもなく膨大な力となれば、なおさらだ。
でも、ハクにはこれを乗り越えてもらわないといけない。
クイーンを打倒するためにもね。
『はい、終わったよ』
「はぁはぁ……」
とりあえず、補充作業は完了した。
神の一部を二つも使ったとなれば、そのリソースは相当なものになる。
元々あった神力を上書きする勢いで、竜珠には大量の神力が渦巻くことになった。
ハクは、胸を抑えながら、息を荒くしている。
なるべく、馴染むようにはしたけれど、しばらくは違和感で胸が苦しいままだろうから、様子見しないとね。
『……で、なんで君がいるのかな?』
「にゃーん(抗議するために)」
作業を終えた後、どこからともなく一匹の猫がやってくる。
一応は、ハクの飼い猫ということになっているけど、その正体を知っている僕らからしたら、面倒な奴が来たなくらいの印象しかない。
猫は、不機嫌な様子を隠すこともなく、こちらに鋭い視線を送ってきた。
「にゃーん(これ以上、ハクを巻き込むなと言いませんでしたか?)」
『これ以上、手をこまねいて見ているわけにはいかないと言わなかったかな?』
「にゃーん(やり方があると言ってるんです。私に任せておけば、ハクがこんなに苦しむこともなかったというのに!)」
天使が提案した、竜珠を預かって、それを強化していくことで神力を増やしていく作戦だけど、あれは十中八九猫の神の仕業だということはわかっていた。
確かに、それならハクの負担は少ないし、魔法が使えなくなるというデメリットはあるにしても、安全に強化が可能だっただろう。
でも、それでは遅すぎる。
どうせ、強化と言っても、結構な時間がかかったのは確かだろう。
下手したら、年単位の時間を要していたかもしれない。
いくらクイーンがハクのことを気に入っているとはいっても、限度がある。今回、わざわざ襲撃してきたのがその証拠だ。
むしろ、ハクが猫の神の案を飲んでいたら、クイーンにいいようにされていた可能性すらある。
邪魔をしているのはどちらか、考えてほしいものだね。
『君がどう思おうと、ハクは僕らの意見を飲んだ。とやかく言われる筋合いはないと思うけど?』
「にゃーん(もはや、これではハクは人間にも神にもなれない、中途半端なものになってしまいます。巻き込んだ手前、そんな無責任なことはできません)」
『なら、早いところクイーンを倒して、人間にでも神にでもすればいいじゃない。重要なのは結果であって、過程じゃない。ハクに中途半端な選択をゆだねておいて、それを言う資格はないと思うけど』
そもそも、ハクは今回の件に手を貸す必要すらなかったわけだしね。
まあ、ハクがお人好しだったおかげで、僕らは最高の居場所とおもちゃを手に入れることができたわけだけど、神らしく理不尽に行くか、逆に神の責務だと自分達でけじめをつければこんなことにはならなかったんだから、原因はあちら側にある。
それでなんで怒られなくちゃいけないのか、理解ができないね。
『君も、クイーン打倒を掲げるなら、僕らの手に乗った方がいいと思うよ。それが、ハクを守ることにも繋がるから』
「にゃーん(考えてはおきましょう。ですが、あまりハクを辛い目に遭わせないでくださいね)」
そう言って、猫は去っていった。
やれやれ、そんなに言うならヒヨナを攫われる前に助け出せばよかったのに。
いや、少しは手を貸している可能性はあるのかな? どこに行ったのかはまだわかってないわけだし、夢の世界なら、ワンチャンこっちでも手を出せるし。
とにかく、今はハクの強化が優先。少しは使えるようになってくれるといいんだけどね。
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