幕間:異世界の脅威
主人公の妹、一夜の視点です。
魔法が存在する異世界。物語で語られることは数あれど、実際に存在するなどとは誰も思っていない絵空事。
私も、昔は絶対あると信じていたものだけど、今やその気持ちは薄れつつあった。
しかし、異世界に転生したという兄が帰ってきたことによって、事情が変わった。
異世界は実在する。魔法も実在する。それを認識した時、私の中で燻っていた何かが爆発した。
元々興味はあったのだ。今だって、『Vファンタジー』というファンタジー関連の仕事に就いているのも、何かしらの運命だったのかもしれない。
ハク兄が生きていたという喜びを過ぎれば、次なる一手は、やはり異世界に行くことである。
実際に魔法を目にし、景色を目にし、私の理想を目撃していく。
ハク兄は、凄く渋っていたけれど、それでも、最終的には許可を出してくれた。
ルディという、異世界の神様との交流もできたし、後は今後も何とか言いくるめて、異世界の知識を吸収していければ、いいと思っていた。
しかし、物事そううまくはいかない。どんなことでも、落とし穴というものは存在する。
[じゃあ、ルディの世界を侵略してきた神様が、この世界にいるってこと?]
『そうなる。奴は神出鬼没で、どこに現れるかわからん。最大限の警戒をしておいた方がいいだろう』
どうやら、今この世界には、また別の世界からやってきた神様がいるらしい。
そして、その神様は、ルディの世界を侵略する立場にあり、この世界にルディがいるのも、その神様の影響があるのだという。
簡単に言えば、ルディの敵。そんな存在がいることに、私も少しは警戒した。
今まで、竜であろうが、神様であろうが、難なく交流をすることができている身としては、その神様もなんだかんだ仲良くなれるのではないかと夢想したりもしたけれど、その神様、クイーンと呼ばれているらしいけど、それはそんな存在ではないという。
いたずらに人々を狂気に陥れ、そうして苦悩する姿を見て楽しむ、質の悪い神様。
しかも、クイーンはハク兄のことを大層気に入っているらしく、ハク兄にちょっかいを出したいがために、私のことを殺そうとして来てもおかしくないのだとか。
ここ最近、ハク兄が思いつめたような顔をしていたのは、それが原因なのかもしれない。
ただでさえ、異世界から侵略されかけているという現状なのに、そこに暢気に観光に来ている私は、とても迷惑な存在だっただろう。
私がハク兄をもう二度と失いたくないように、ハク兄も同じ気持ちでいると思うから、いつ殺されるかもわからない今の状況は、相当なストレスになっているはずだ。
少なくとも、異世界の神様問題が解決するまでは、大人しくしていた方がいいのかもしれない。
私も、ハク兄に心配かけたいわけではないしね。
[……ルディ?]
そんなことを考えていると、いつの間にかルディの声が聞こえなくなっていることに気が付いた。
おかしいな、すぐ隣にいたはずなのに。
とっさに辺りを見回してみるけど、ルディは確かにいる。しかし、声だけが聞こえない。
これは一体どういうことだろうか?
[うっ、頭に何か……]
不意に、頭の中に何かが響いた。
ただの雑音のようだったそれは、次第に形を成していき、はっきりと意味を持つ声になっていく。
それと同時に、目の前に何かが現れた。
赤いドレスを着た、妖艶な女性。
足元が透けているから、幽霊か何かだろうか?
私は、奇妙な状況に首を傾げながら、その幽霊を凝視した。
[はぁい、初めまして。私はクイーン。さっきそこの奴が話していた神よ]
[あなたが、クイーン?]
[ヒヨナちゃん、だったわね。少し私の話を聞いてくれないかしら?]
そう言って、クイーンは話し出す。
クイーンは、こちらの世界に来た時に、何か面白いことはないかと探していたようだ。
元々、娯楽を求める神様であり、自分で種を蒔いて、それが実るのを見るのも好きらしい。
特に何も見つからなければ、そうして種を蒔いて、という風に動くつもりだったけど、その時に、一人の興味深い人物を見つけたようだ。
それが、ハク兄。
ハク兄は、結構特殊な境遇にあるらしい。
人間のはずだけど、その魂には竜の因子があり、体は精霊で、その上、神様としての力も持っている。
これほどの属性を持っている人物は今まで会ったことはなく、とても興味深い対象として、注目していたのだとか。
しかし、ハク兄は、クイーンの基準からすると、まだまだ弱いらしい。
私としては、十分強いと思っているけど、それだけクイーンが強大な神様ということなのだろう。
だから、一息に手を出してしまえば、すぐに決着がついてしまい、面白くない。
せっかくなら、ショートケーキのイチゴを最後に食べるが如く、楽しみは最後に取っておきたい。
だからこそ、あえて別のことに注力し、それとなくハク兄のことを観察していたけれど、そろそろ我慢の限界になってしまったようだ。
このままでは、せっかくの極上の素材を台無しにしてしまう。どうしたものかと考えていた時、現れたのが、私である。
私は、ハク兄のようにいろんな属性を持っているというわけではないけれど、ハク兄にとって、かけがえのない人物である。だから、私がハク兄の前からいなくなれば、それはそれは苦悩してくれるだろうと、算段をつけたようだ。
なるほど、ルディが警告するだけはある。
早いところ助けを呼びたいけど、ルディもなんだか反応してくれないし、空間が切り離されているとかそんな感じだろうか。
流石に、このまま殺されたくはないんだけどなぁ……。
[ねぇ、私のために、力を貸してくれないかしら?]
[力を貸したとして、私に何のメリットがあるんです?]
[んー、異世界の知識を教えてあげるというのはどう? あなたは、そういうものに憧れを持っているんでしょう?]
[それは、確かにそうですけど……]
確かに興味はあるけど、それはハク兄からすでに供給されていることである。
わざわざ、危ない神様に貰うようなことではない。
[勘違いしてほしくはないのだけど、私が言う異世界の知識は、もっと本格的なもの。それこそ、あなたの知らないような呪文もあるし、ハクですら度肝を抜くようなものもあるわ。知りたくはない?]
[……それは魅力的ですけど、それなら、一つだけ、約束してくれませんか?]
[あら、なにかしら?]
[ハク兄を、私から奪わないこと。殺すなんて、もってのほかですからね]
[……ふふ。ええ、元々殺す気はないわ。まあ、ちょっと手が滑って殺してしまうことはあるかもしれないけど、約束しましょう]
いまいち信用できないけど、ここで断ったら、それこそ殺されてしまうかもしれないし、選択肢は少ない。
せめて、ハク兄が、殺されないように。そしてあわよくば、助けに来てくれますように。
今の私の願いは、それくらいだった。
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