第六百五十三話:クイーンの招待
「今回は招待に来たの。ヒヨナちゃん? はそのついででしかないわ」
「招待……?」
敵意を向けられてもなお、特に焦った様子もなく話し続けるクイーン。
招待って、一体何に招待する気なんだ。
「そろそろ退屈になって来てね。色々な場所に種を蒔いては見たものの、どうやらどこぞのにゃんこが邪魔をしているらしくて、なかなか実らないの。困ったものよねぇ」
にゃんこというのは、恐らくウルさんのことだろう。
猫を介してどこへでも移動できるウルさんは、夢などを通じてこの世界の人々に警告をしていた。
それが功を奏して、クイーンの企みを潰せているのだと思う。
しかし、クイーンも、それでは面白くない。退屈しのぎをしようとしているのに、それを潰されては解消ができないから。
だから、そろそろ限界だったのかもしれない。タイミングが最悪過ぎるけど。
「だから、そろそろ本命に目を向けようと思ってね。ハク、以前の泉を覚えているかしら?」
「泉……例の、黒き聖水のことですか?」
「そう、それ。あれをある場所に設置し直したら、きちんと広がってくれているようでね。お友達も喜んでいたのよ」
例の泉。以前、悪魔であるニグさんが見つけたという、どんな病気も癒せる聖水が湧き出る泉。
その正体は、異世界からやってきたという、豊穣の神様が関わっており、それを飲んだ者は、眷属化するという特殊な液体でもある。
あれが広がっているということは、再び眷属化した人間が増えているということ。
眷属化に関しては、あまりよくわかっていないけど、以前のタクワの時のことを考えると、信者のような状態になっていると考えていいだろう。
異世界の神様への強制的な信仰の変化。それが広がれば、まずいことになるのは明白である。
確かに、除去ではなく、別の場所に移すとは言っていたけれど、とんでもないことをしてくれたものだ。
「眷属もだいぶ増えて、お友達も力を取り戻しつつある。だから、ここらでハクの実力を試しておこうと思って」
「……その神様と戦えってことですか?」
「そうそう。あなた達の目的は、私達を追い出すことでしょう? なら、悪くない条件だと思うんだけど」
以前からクイーンが言っていた、お友達だという豊穣の神様。
クィスからの情報では、ほとんどが星の守り手である中、その豊穣の神様は外宇宙からやってきた、侵略者側である。
ここで、その神様の居場所を教えてくれるというのであれば、明確にクイーンの味方を減らすことができるし、クィス達の世界を救うという意味でも、一歩前進だろう。
確かに悪い話ではない。
問題は、勝てるのかどうかって話だけど。
「無事に勝てた暁には、ご褒美も用意しているわ。話に乗る気があるなら、来てくれると嬉しいのだけど」
『そんなことはどうでもいい! それよりも契約者を早く帰せ!』
「もう、今はハクと話をしているの。邪魔をしないでくれる?」
激高したルディが黒い棘を飛ばすが、クイーンは何か障壁のようなものを張ってそれを防いでいる。
ルディの攻撃を防ぐって、結構難しいと思うんだけど、やっぱりこいつはただ者ではない、
「大丈夫、ヒヨナちゃんは丁重にお相手させていただくわ」
『貴様の言うことなど信じられるか!』
「信じなくてもいいけど、今のあなた如きが私に勝てると思う?」
『くっ……!』
クイーンの言葉に、ルディは悔しそうに身を引く。
流石に、本来の姿を現していない状況では対処は厳しいのか。
だったら本気になれば、と思ったけど、この部屋では無理があるか。
それを見越して、クイーンも入ってきたのかもしれないね。
『大丈夫、ヒヨナは無事だよ』
『リク、本当ですか?』
『うん。クイーンは一息に人を殺すようなことはしない。少なくとも、今は無事なはずだよ』
私も、ルディと気持ちは一緒だから、掴みかかりたいのを我慢していたけど、リクの言葉で少し落ち着いた。
しかし、それは裏を返せば、いずれは死ぬ可能性もあるということである。
早いところ助けないと、まずいかもしれない。
でも、どこにいるかもわからないし、どうしようもできない。
今、クイーンに逆らうのは、やめた方がいいかもね。
「そんなにヒヨナちゃんのことが心配なら、もう一つご褒美を上げましょう。お友達を倒せた暁には、ヒヨナちゃんを帰すと約束する。それでどう?」
「……ちゃんと命の保証はできてるんでしょうね」
「それはあなた次第よ、ハク。あまりに失望させてくれるようなら、どうなるかはわからないかもね」
「くっ……!」
つまり、言われた通りに豊穣の神様を倒すしかないってことか。
居場所がわかれば、何とか助け出すこともできるかもしれないけど、今は頷いておくしかない。
たとえ、絶望的に信頼できない相手でも、それしか道がないのだから。
「それじゃあ、私はこの辺で。楽しみにしてるわね」
そう言い残すと、瞬きの間にいなくなってしまった。
相変わらず、神出鬼没である。
一応、念のために探知魔法で辺りを探ってみたが、一夜の反応はない。少なくとも、この部屋にも、この町にさえいないのは確かなようだ。
油断した、と言えば簡単だけど、あれだけ警戒していたのに、結局は攫われてしまったと考えると、やるせない気分になる。
一夜の意見を聞かずに、さっさと帰していれば、それどころか、そもそも連れてこなければ、と後悔の念が浮かんでくるけど、今更である。
とにかく、今はその豊穣の神様を倒す算段をつけなければ。
「……ルディ、例の豊穣の神様について、何か知っていますか?」
『詳しいことは知らん。そう言うことは、クィスがよく知っているだろう』
「そうですか、……はぁ」
『その……すまない。我も油断していた。まさか、堂々と攫って行くとは思わなかった』
「あ、いえ、そう言う意味でため息をついたわけではないですから」
珍しく、ルディが消極的である。
まあ、その気持ちもないわけじゃない。少なくとも、命だけは助けると豪語しておきながら、簡単に攫われたわけだからね。
でも、あれは誰も予想できないし、予想できたとしても、止めるのは難しかっただろう。
クィスも、一夜が持つ結晶体を通じて警告してくれたようだけど、結局間に合わなかったわけだし。
攫われたことは、仕方ないと割り切るしかない。それよりも、どうやって助けるかを考えるべきだろう。
「ひとまず、情報を集めなければ」
場所自体は教えてもらったけど、豊穣の神様に関する情報も、何ならその町に関する情報も少ない。
今すぐにでも飛び出したい気分ではあるけど、今焦ったところでどうしようもない。
「ルーシーさん、神剣の強化にはどれくらいかかりますか?」
「少なくとも、あと一週間はかかるかと。担当の神に、急いでもらうように呼び掛けて見ます」
「お願いします。後、豊穣の神様についても」
「それに関しては、ウル様から、後でお話があると」
「すでに伝わってましたか……わかりました、後で行きます」
意図せずして、ウルさんとも話す機会ができそうだな。
私は一度、深呼吸をする。胸がバクバクして、不安で押し潰されそうな気分だけど、ここで負けるわけにはいかない。
一夜を確実に助けるためにも、まずやれることをしよう。
そう思いながら、動き始めた。
感想ありがとうございます。
今回で第二部第二十三章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第二十四章に続きます。




