第六百五十二話:襲来
その後、魔石の洞窟へと戻り、クィスの体の残りを回収した。
かなりの大きさだったため、全部は持ってくることはできなかったけど、一部だけでも、リソースとしては十分すぎるものである。
後で、リクに頼んで神力に変えてもらうとしよう。
[こうしてみると、まだまだ神秘的な場所ってたくさんあるんだね]
家に帰り、夜。一夜は、窓の外を見ながら、そんなことを呟いていた。
まあ、あちらの世界と比べたら、神秘的な場所なんてたくさんあるだろう。
特に、魔力が満ちている場所は、色々なものに作用するから、通常では見られないような、特殊な光景になることが多い。
街中にいるだけでは、そう言ったものを目にする機会も少ないけど、それでも、ふとした場所に魔法の痕跡があるから、一夜にとっては、飽きないものだと思う。
私はすっかり慣れてしまったけどね。むしろ、魔法がない生活を考えられなくなっている。
魔法がなければ、私はただの非力な少女。竜の力を使えばある程度は補えるけど、やっぱり魔法に依存している部分は多い。
強くなるためにも、そこら辺をさらに強化していきたいね。
[ねぇ、ハク兄。何か隠してることない?]
[えっ? きゅ、急に何?]
寝る前のちょっとした時間。一夜の願いを叶えるために、一緒に寝ようと部屋に来たわけだけど、そうしたら急にそんなことを言われてしまった。
そりゃ、隠していることの一つや二つあるけれど、いきなりどうしたんだろうか? 一夜は、そう言うのをわかっても、あまり聞いてこないタイプだと思っていたけど。
[私のことが心配で、異世界に行くのを渋ったり、呪文を使うのを止めたりしているのはわかるんだけど、何というか、何かに怯えている感じがするんだよね]
[それは……]
[私が一般人から離れるのを心配してるの? このままファンタジーに染まり切って、普通の生活に戻れなくなることを]
それは、もちろんある。
一夜はすでに、一般人とは言えない域にまで到達している。
異世界に渡ったこともそうだし、魔法を使っているのもそう。さらに言うなら、異世界の神様と交流し、呪文や結晶化という特別な力も貰っている。
私も人のことは言えないけど、もう充分特別な人になっている。
もちろん、特別な力を持っているからと言って、普通の生活が送れなくなるわけじゃないかもしれない。
あちらの世界に渡った転生者達のように、自らの力を隠して暮らすことはできるだろうし、私だって、あちらの世界ではそうやって行動している。
いくら力を身に着けても、自分が普通であると認識していれば、行動にも現れにくい。
だから、一夜が望むのなら、力を与えることも、いいのかもしれない。
でも、それでも不安は拭えない。
私は運良く受け入れられたけど、一夜はどうなるかわからない。それに何より、特殊な力を身に着けたことによって、今まで狙われなかった脅威に晒される可能性があると考えると、怖いのだ。
もう二度と、会えないと思っていた家族。こうして奇跡の巡り合わせで出会えた以上は、もう失いたくはない。
今まで出来なかったから、願いを叶えてあげたいというのはあるにしても、それ以上に、失うのが怖いのだ。
[ルディから聞いたんだけど、今この世界では、別の世界からやってきた神様が悪さしているらしいね]
[ルディ……]
『脅威は知らせておいた方がいいだろう。敵を知らずば抗うこともできない。特に、契約者は狙われかねない立場にあるのだから』
今、最も危惧しているのは、クイーンに一夜が狙われる可能性。
私の注意を引きたいがために、一夜に手を出す可能性は、十分にある。
もちろん、ルディがついているし、今はクィスという協力者もいる。そうそう遅れはとらないだろう。
でも、クイーンはそれらの神様を無差別に召喚した力を持っている。いくらルディ達が強くても、万が一がある。
一夜がクイーンに何かされるようなことがあれば、私は……。
[だから、早く私のことを帰したがってるんだね]
[う、うん……。危険だってわかってるなら、もういいでしょ? 早く、安全な世界に帰ろう?]
[心配性、と言っても、私にもその神様が危ない存在だって言うのはわかる。それに、これ以上はハク兄の心臓が持たなそうだしね。今回はこれで帰ろうと思うよ]
[一夜……]
あれだけ帰るのを渋っていた割には、存外素直だなと思ったけど、それだけ私が心配しているのがわかったのかもしれない。
なんとも言えない表情をしているから、思った以上に、私の態度に出ていたのかもね。
[私も死にたくはないしね。でも、一つ言わせてもらうね]
[な、なに?]
[私はハク兄の前からいなくなったりしないよ。どんなことがあっても、私は絶対にハク兄の前に戻ってくる。これだけは忘れないでね]
ある種の確信を持っているかのようなしっかりとした口調で話す一夜。
どんなことがあっても、私の前に戻ってくる。それは嬉しいことだけど、それではまるで、この後どこかに行ってしまうかのようではないか?
もちろん、これからあちらの世界に帰ってもらう以上は、一時的に離れ離れにはなるし、言葉の意味的にはおかしなことはないけれど、何か引っかかる。
[一夜……?]
私はとっさに、一夜の顔を見つめる。
その表情はとても穏やかで、何かを悟ったような表情をしていた。
『警告! 警告! 置換の呪文の形跡あり。速やかに退避を』
『ぬっ!? 契約者よ、我の中へ……!』
「あら、あなたの領域に招待してくれるの?」
それは一瞬だった。先程まで、話していたはずの一夜の姿は跡形もなく消え去り、代わりにそこにいるのは、赤いドレスを身に纏った妖艶な女性。
過去に、何度か出くわしたけれど、結局その全容を明らかにできていないその人物は、慌てた様子のルディをあざ笑うかのように、ふっと微笑んでいた。
『クイーン! 貴様、我が契約者をどこへやった!?』
「そんなに大声を上げなくても聞こえているわ。そんなに慌てなくても、無事だから安心なさいな」
「クイーン! なぜここに!?」
クイーンと名乗る異世界の神様。
一夜の姿が見えないのは、十中八九こいつの仕業だろう。
ルディやリクがいる中で、こうも簡単に出し抜かれるとは思わなかった。
私はとっさに、戦闘態勢を取る。私に合わせて、どこからともなく現れたルーシーさんも、キッとクイーンを睨みつけた。
「ふふ、お久しぶりね、ハク。面白そうな子を連れていたから、ちょっとお話をしようかと思って」
「一夜をどこへやったんですか!?」
「もう、みんなそればっかりね。心配しなくても、無事よ。今のところはね」
私達の威嚇にひょうひょうと答えつつ、余裕の笑みを崩さない。
こいつにとって、私はもちろん、ルディ達ですら脅威にならないとでも言うのか。
私は、唐突に現れた脅威を前に、歯噛みした。
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