第六百五十一話:魔力溜まりへの移動
転移で移動すると、さっそくクィスの下へと向かう。
時間的に、人は少ないかと思っていたんだけど、案外まだ人はいるようだ。
大盛況だね。
観光の町としてはいいことなのかもしれないけど、手続きが面倒くさいので、今回も隠密魔法を使ってこっそり入ることにする。
洞窟に入り、隠された通路を進むと、そこには先日と変わらぬ巨大な魔石の姿があった。
『個体名ヒヨナ、およびハクの接続を確認。準備はできただろうか?』
「はい。これから案内しますよ」
魔石に手を触れると、頭の中に機械的な声が響いてくる。
しかし、一部を持ちだすとは言ったけれど、どうやって持ちだせばいいんだろうか。
見た目は超巨大な魔石なわけで、一部と言ってもかなりの大きさになる気がする。
手のひらサイズで持ちだせるなら楽でいいんだけど、どれくらいの大きさになるんだろうか?
『こちらも、すでに準備は整えている。上部に光っている部分が見えるだろうか』
「ああ、あれですね」
『それがクィスの機能をまとめたものである。まずはそれを手にして欲しい』
クィスの言う通り、上の方に、黒く光っている部分があるのが見える。
範囲としては、それなりに広いけど、これを取れって、外せるんだろうか?
私は、断りを入れてから、クィスの体をよじ登り、光っている部分に到達する。
手を触れてみると、少し動くのを感じた。あらかじめ、分離されているようだ。
ただ、結構大きいので、引き抜くのはなかなか厳しい。
浮遊魔法を使って、少しずつ引き抜くと、ようやく取れた。
「かなり大きいですね……」
『機能の厳選はしたが、これでも足りないくらい。長期間の弱体化を避けるためには、この程度は必要』
大きさとしては、私の体と同じくらいだろうか。
黒い光を放つ結晶は、近くで見るとかなり不気味に見える。
本来なら、一人では到底持てないサイズではあるけど、浮遊魔法を使えばどうにでもなる。
後は、これを魔力溜まりへと運ぶだけだ。
「クィス、一応確認しますけど、【ストレージ】に入れても大丈夫ですか?」
『【ストレージ】を検索、ヒット。一時的に活動を停止するため、推奨はされない』
「そうですか……となると、やっぱり転移ですかねぇ」
ルディと同じように、クィスもこんな見た目ではあるけど、異世界の神様であることに変わりはないし、転移に巻き込みたくないのは事実。
でも、流石にこれを持ったまま竜の姿で移動するのはなぁ……。
となると、場所を変える必要があるか。
元々は、王都近くの森にある魔力溜まりにでも案内しようかと思ったけど、別に、環境的にはどの魔力溜まりでも大差はない。
条件としては、人が来ないというのが重要だと思うから、それさえ満たせれば、この近くにある魔力溜まりでも問題はないだろう。
確か、先日ここに来る道中で、それらしい反応を見かけていた。そこに連れて行けばいいかな。
「じゃあ、持ちだすので、隠蔽魔法をかけますね」
『承知した。一時的に、結界機能を弱める』
「運び出すのも一苦労ですね」
私の体ほどもある結晶を浮かせながら、洞窟を後にする。
町を離れ、人気のない場所まで移動した後、竜の姿となって、移動することにした。
[クィス、残った体はどうなるの?]
『特に変化はない。機能の大部分をこちらにまとめてあるため、意思は存在せず、魔石と同等のものになる。鉱石であるのは変わらないため、精神感応は可能だが、もはやその必要もないと考える』
[そっかぁ。なんかもったいないね]
『理想はすべてを移動させることだが、それにはコストがかかりすぎる。あのまま放棄するのが合理的』
もはや、残された体に用はないようだ。
しかし、あれだけ大きな魔石ってだけでも、相当に貴重なものになりそうだけどね。
以前、魔導船に使った魔石代わりのゴーレムよりも大きいし、もしあれをお金に変えたら、国ですら買えそうな金額になりそうだ。
……そう言えば、神様から体の一部を貰う必要があるんだよね。あの残った体を利用できないだろうか?
『クィス、その残った体は、貰っても問題ないですか?』
『すでに用済みのものであるため、好きに使って構わない。ただ、そこまでの価値があるとは思えない。何に使うのか?』
『実はですね……』
私は、一夜のことを気にしながら、【念話】で話す。
クイーンを打倒するために、神様の体の一部を利用して、神力を得る。
言っていることはとんでもないとは思うが、実際、巨大なリソースを得るためには、それくらいしかない。
一応、この世界の神様に協力してもらい、力を分け与えてもらうという手もあると思うのだけど、それに関しては、リクが難しいと言っていた。
というのも、そもそも自分のものではない、純粋な力としての神力をいくらつぎ込んだところで、私の体に馴染まず、使い物にならないという。
しかし、異世界の神様の力ならば、リクが緩衝材になることによって、馴染む工程をかなり簡略化することができ、違和感なく自分の力にできるのだとか。
器にあの杭を使ったのも、その辺をスムーズに行うための措置なんだという。
なるほど、それで異世界の神様限定になるわけか。
リクも色々考えているようである。ちょっと複雑な気分ではあるけど。
『理解した。個体名クイーンを打倒するのであれば、クィスの体は有効活用できるだろう。個体名ハクが体を張る必要があるかはわからないが、そう言うことなら遠慮なく使えばいい』
『ありがとうございます』
よし、これでひとまず体の一部を得ることはできた。
クィスの体は巨大だし、いくら抜け殻とは言っても、相当量の神力を確保できると思う。
果たして、それで足りるかは知らないけど、もし足りなかったら、また別の神様にも手を借りないといけないのかな。
ぱっと思いつくのはウルさんだけど、リクと仲が悪そうだし、今回の件もウルさんの想いとは逆の方向に行っているから、力を貸してくれるかどうか。
というか、まだ謝ってもいないし、ルークを通じて面会してもらう約束も取り付けないとだね。
〈……と、着いたね〉
そんな話をしていると、魔力溜まりへと着いたようだ。
どうやら森の中にあるそれは、そこまで大きくはないようだけど、今のクィスであれば、十分すぎるほどの広さがある。
魔力溜まり特有の、異常に成長した木々が少し邪魔ではあるけど、そこまで面倒は見れない。
どういう風に増殖するかは知らないけど、うまくやって欲しい。
[わぁ、これが魔力溜まり? 綺麗な場所だね!]
[まあ、神秘的な場所ではあるかもね]
事前に結界を張っておいたので、一夜が頭痛に襲われる心配はない。
私は、適当なところにクィスを降ろし、ふぅ、と息をつく。
さて、約束は果たしたし、残った体の回収に向かうとしようか。
私は、目を輝かせながら辺りを見回している一夜を微笑ましく思いながら、強化の算段をつけた。




