第六百五十話:素敵な響き
[あ、ハク兄、どこ行ってたの?]
[うん、ちょっとね]
時刻は夕方。そんなに時間が経っている気はしていなかったのだけど、あの強化によって、それなりに時間が経っていたようだ。
というか、あの杭、本当に使っちゃったんだね。
いつの間にか、手元からもなくなっていたし、私の竜珠に吸収されたってことなんだろう。
容量が格段に増えたという話だけど、確かに、窮屈感はなくなっているかな。
今までは、定期的に竜の姿にならなければいけなかったけれど、今なら、その頻度を減らせそうな気がする。
いずれは、これがいっぱいになるくらい集めないといけないんだろうか。
それはそれで、ちょっと大変な気がしないでもないけど。
[ふーん? まあいいや、それより、お願いしたいことがあるんだけど]
[なに?]
[クィスと話してた、魔力溜まり? って言うのを見てみたいんだけど、いいかな]
クィスが、別の場所に移動したいと言った時に案に出た魔力溜まりだけど、その響きに、少し興味を引かれていたようだ。
まあ、魔力溜まりなんて、そこらへんにホイホイあるようなものじゃないしね。
いや、入ったら動けなくなるほど体調が悪くなってしまうから、ホイホイあってもらったら困るんだけども。
[いいけど、そんなに面白いものじゃないよ?]
[そうなの? なんか、凄くいい響きだと思ったんだけど]
一夜が想像しているのは、そこにいたら自然と体が癒されていくとか、あるいは強力な魔物が巣くう場所とか、そんなイメージらしい。
まあ、魔力溜まりと言うくらいだから、魔法を使う者からしたら、魔力が回復したりの恩恵があると考えてもおかしくはないよね。
実際は、魔力の濃度が高すぎて、入ったら動けなくなり、頭痛などの体調不良を繰り返すとんでもない場所なんだけども。
一応、運が良ければ脱出もできるが、大抵はそのまま餓死する。
だから、この世界では、あまり近寄ってはいけない場所という認識だ。
まあ、今では、地上で神力がある唯一の場所と言ってもいいから、神力を取得するためにあえて滞在するって言う計画も立ち上がっているんだけどね。
ヒノモト帝国では、現在あちらの世界に行っている転生者達の様子を見ながら、次なる神力保持者を育成する計画も立てているようだけど、どこまで進んでいるんだろうか。
この間の魔石問題のように、まだ表面化していない問題もあるかもしれないから、消極的だとは言っていたけど。
[多分、一夜が入ったら、頭痛が酷くなりすぎて動けなくなると思うよ]
[えぇ、そんな場所なんだ……。でも、そこにクィスを連れて行くんだよね? クィスは大丈夫なの?]
[頭痛に襲われる原因は、許容量を超える魔力を吸収してしまうからだから、神様には当てはまらないんじゃないかな]
そもそも、溜まっている神力は、元は神様が持つ魔力のことだし、別世界とはいえ、同じ神様なら特に拒絶はしない気がする。
仮にしたとしても、クィスなら、規格とやらを合わせられるだろうし、問題はないだろう。
[ふーん。どんな場所なの?]
[いろんな場所があるよ。私がよく知っているのは、森の中にある魔力溜まりだね]
魔力溜まりは、基本的に近づいては行けない場所だけど、私に関しては、よく訪れる場所でもある。
というのも、魔力溜まりで採れる、神星樹の実が必要になるからだ。
この実は、神力が凝縮されており、食べるとその一部を吸収することができる。
ヒノモト帝国で実施されている神力取得計画も、この実を用いて行われている。
別に、すでに神様の力を得て膨大になった神力をこれ以上増やす必要もないけれど、昔はこの実にお世話になったし、とても辛いとはいえ、なんだかんだ気に入り始めているのもある。
それに、今や教会などではおなじみとなった治癒装置の材料にも使われているし、それなりに需要もある。
公には知られていないことだけどね。
[ねぇ、見るだけでもダメ?]
[まあ、それならいいけど]
[ほんと? やった!]
何をそんなに見たいのかは知らないけど、見たいというなら特に拒む理由もない。
どのみち、クィスを移動させるために、一夜には同行してほしかったし、ちょうどいい機会だろう。
[じゃあ、さっそく行こう!]
[今から? 別にいいけど、そろそろ日が暮れるよ?]
[転移で行くんじゃダメ?]
[転移はなぁ……]
私は、ちらりと隣にいるルディの方を見る。
確かに、転移魔法を使えば、移動は一瞬だし、今からでも問題はないけれど、ルディを転移に巻き込みたくない。
いや、何もないとは思うけどね? 念のためって奴だ。
ルディ自身が、自力で転移してくれるって言うなら話は別だけど。
『転移はないが、移動手段ならあるぞ』
「ほんとですか?」
だったら最初からそれを使えと思ったけど、まあ、旅は道中も楽しいから、それはいいとしよう。
それよりも、移動手段というのが気になる。
元々、ルディは棘のある場所に瞬間移動できるようだけど、その類だろうか。
『空間と空間を繋げる門を作り出し、それをくぐることによって瞬時に別の場所に移動することができる』
「門、ですか」
[あ、それ教わったね。使ったことはないけど]
ルディの言葉に、一夜が反応する。
というのも、精神力を消費して、別々の場所を繋げるものであり、呪文の中でも、割とメジャーな方らしい。
ただし、そのコストは重く、普通の人間では、せいぜい隣町へ繋げるくらいが精いっぱいらしい。
一夜も、便利そうだなとは思いつつも、そのデメリットを聞いて使うのを渋っていたようだ。
なんか、聞く限りでは結構便利そうだけど、どうなんだろうか?
『契約者が使うには少し取り回しが悪い。我が力を貸せる状況以外では、使うべきではないだろう』
「なにかと呪文を使わせたがるルディにしては珍しいですね」
『あまりに精神力を消耗すれば、いずれは正気が保てなくなり、発狂する可能性が高くなる。護身の手段として教えはしたが、それは最終手段だ』
「そんな危険なものなんですか」
呪文って、そんなリスクがはらんでいるのか。魔法とはかなり違うね。
それを聞くと、やっぱり呪文は禁止にすべきじゃないかと思うけど、門が特別コストが重いだけで、他の呪文を使う分には、そこまで危険はないらしい。
どこまで信用できるかはわからないけど、大丈夫だと信じたい。
『これを使えば、移動することは可能だ。あるいは、我の棘を持って行ってくれるなら、それでもかまわん。まあ、できれば契約者と常にそばにありたいと思うがな』
[ルディは心配性だねぇ]
『契約者の兄には負ける』
とりあえず、これなら転移で移動しても、ルディも着いてくることができる。
まあ、私としては、別についてきてもらわなくてもいいんだけど、なんだかんだ、クィスの時はルディがいなかったら危なかったというのはあるし、頼りになる存在ではあるからね。
私は、さっそく一夜と共に、転移の準備をする。
手を繋ぎ、魔法陣を思い浮かべると、次の瞬間にはその場からいなくなった。
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