第六百四十八話:一夜の不思議
部屋に戻ると、一夜とルディが楽しそうにおしゃべりをしていた。
リクが強化することに関しては、とりあえず納得したからいいとして、一夜の問題もあるよね。
正直、もう帰してもいいと思ってるんだけど、本人は帰る気はあるんだろうか?
[えー、まだ早くない?]
[まあ、確かにそうなんだけどさ……]
元々の予定では、一週間くらいを想定していた。
まあ、多少伸びても、あちらの世界では一日も経たないだろうから、別にいいんだけど、不安ではある。
若干俯き気味だった顔を上げてみると、ふと違和感に気づいた。
一夜のお腹のあたり、服に隠れてはいるけれど、なんだか見た目がおかしい。
まるで、宝石でも隠しているかのような……まさか!
[一夜、そのお腹……]
[あ、ばれた]
一夜は、ちょっとバツが悪そうな顔をしながら、服をめくる。
そこにあったのは、透明化し、結晶と化した腹部だった。
あれほど使うなと言っておいたのに……。
『契約者の兄よ、そう責めるような目をするな。これは我が指示したものだ』
「あなたの仕業ですか」
まあ、あれだけ言い含めたのだから、一夜が自分から使うとは思っていなかったけど、犯人はすぐ隣にいた。
ただでさえ、後遺症がある可能性もあるのに、そんな気軽にやっていいものではないだろう。
自分がやられた時は何とも思わなかったけど、こうして客観的に見てみると、かなり異質な光景である。
[ごめんね、ハク兄。でも、いざという時にまともに使えなければ意味がないってルディが言うからさ]
[まあ、確かにその通りではあるけど……]
いくら強い能力を持っていても、使いこなせなければ意味がないというのはよくわかる。
危険がない時に練習し、ある程度使いこなせるようにしておくことは、重要なことだろう。
でも、やっぱり不安になってしまう。
一夜がどんどん遠い場所に行ってしまっているようで、心に大きな穴が開いているような感じがする。
[ほら、こうやってちゃんと戻るからさ。心配しなくても大丈夫だよ]
[一夜は神様を信用しすぎだと思う]
確かに、今更クィスが約束を反故にするとは思っていないけど、怖くないんだろうか?
察していないとしても、体の一部が結晶化するって、結構怖いことだと思うんだけど。
[ハク兄が心配性すぎるだけだよ。ルディもクィスも、いい神様だよ?]
『その通り。契約者の手にかかれば、クイーンでさえひれ伏すに違いない』
「いや、それは絶対ないから」
まあでも、一夜には、神様に対する何かがあっても不思議はないと思う。
実際、ルディとは少し話しただけで仲良くなったようだし、クィスだって、私達が駆けつけるまで、そう時間はかからなかっただろう。
それで、あれだけ信用されるって、普通はないと思う。
ただでさえ、恐怖で支配するのが普通って価値観の神様達なのに、これは絶対におかしい。
「ルディ、一夜に何か特別な能力とかあったりします?」
『ふむ、特に感じることはないが、そうさな……安心できると言えばいいか?』
「安心ですか?」
『我らは常に人に恐怖を与え続けてきた。そんな中で、気に入った者を見つけたとしても、大抵は拒絶され、発狂され、場合によっては自殺する。信者達も、我らがそうさせているとはいえ、狂った者ばかりで、崇めることしか知らない。我らはある意味で孤独だったのだ』
「一夜は怖がらないから、安心できるってことですか?」
『そう言うことだ』
なるほど、それは一理あるかもしれない。
ルディは、死を司るが故に、その姿を目の当たりにしただけで、大抵の人間は自殺を選ぶ。
それが、怖がらずに、それどころか笑いかけてくるような人間がいたらどうか。
悪い気はしないだろうし、気に入るとか気に入らないとかを抜きにしても、目を引く存在であるのは確かだろう。
そうして注目しているうちに、その人柄に惹かれて気に入る、というパターンもあるかもしれない。
そうなると、異質なのは一夜が驚かない点か。
でも、一夜は、特別怖いものが得意というわけではなかったような気がするけどな。
確かに、ホラーゲームをやってもあんまり動じないし、私よりは肝が据わっているのは確かだろうけど、根源的な恐怖を与えてくるような神様相手に、動じないような胆力を持っているとは思えない。
これは不思議である。でも、一夜自身も自覚していなさそうだし、理由はわからないな。
[とりあえず、練習くらいはしてもいいけど、むやみに人に見せたりしちゃだめだよ]
[はーい]
さて、謎は増えたが、今はそれはあまり関係ない。
一夜も、魔石の洞窟を見て少し落ち着いたようだし、次に行く場所でも考えておこうかな。
『ハク、さっき言った強化案、少し試してみてもいい?』
「あれですか。結局、どうやって強化する気なんです?」
部屋を後にすると、リクが話しかけてくる。
強化と言うと聞こえはいいけど、結局異世界の神様の技術を使うなら、不安はある。
あんまり変なことにならないといいのだけど。
『なあに、ちょっといじくるだけさ』
「それが怖いんですが……」
『とりあえず、人気のないところに行こう。どうなるかわからないからね』
提案もあって、私は転移で森へと移動する。
以前は、お姉ちゃん達の訓練で使っていた場所だけど、最近はあんまり行っていなかったな。
さて、何をする気なんだろうか。一応、念のためにいつでも転移できる準備は整えているけど。
『この竜珠だけど、容量はそれなりだけど、神の器と考えると、ちょっと物足りないんだよね』
「まあ、元々は魔力を入れるものですからね。無理矢理拡張してはいますけど、そもそもの容量が違いますから」
実際、途中で拡張していなければ、すでに溢れていただろう。
今はまだ余裕があるけど、神力は成長を続けているし、そのうちまた溢れることになるのは目に見えている。
なんか、そう考えると、別に急いで強化する必要もないのでは、とか思うけど、時間がかかりすぎるか。
目の前の脅威を排するためには、今すぐにでも強くならなければならない。
『だから、まずはこの容量を広げようかと』
「どうやって?」
『前に話したでしょ? 狂気の力を取り込むって話』
「ああ、あれですか……」
狂気の力を秘めた杭を用いて、強化を行おうという話。
確かに、リソースという面で見れば、神様の体の一部なわけだし、かなりのリソースになることは確かだ。
しかし、狂気の力を秘めているという点がネックである。
これを取り込むことによって、私も狂気に飲まれないか? そうでなくても、異世界の神様の力である。妙な副作用があっても不思議はない。
どうやると思っていたけど、結局はそれに落ち着くわけか。
『安心していいよ。狂気に飲まれるとか、そういうことはないから』
「本当ですか? 一応、神様の力ですよ?」
『その神様である僕らが言ってるんだから信用していいよ。まあ、狂ったら狂ったでそれは面白そうだけど』
「ちょっと」
そう言うところが安心できないところなんだけどな……。
でも、強化のためにはリソースが必要なのは確か。
修行によって得られるものもあるけど、それには時間がかかりすぎるし、手っ取り早くやるためには、時間に変わる力が必要だ。
今、私が持っている中で、その要件を満たすのは、それくらいしかない。
ここは、受けるしかないか……。
私は、一抹の不安を抱えながらも、リクの言葉に身を任せることにした。
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