第六百四十七話:リクの考え
『ねぇ、ハク。まさか僕らとの約束を覚えていないわけではないよね?』
「え、ええ……」
なんだか少し不機嫌そうな声で、聞いてくる。
リクは病原体の神様であり、召喚された場所で、未知の病原体を見つけて、それに寄生し、世界中に病気をばらまくことが使命である。
本来なら、この世界でも、未知の病原体を探し、見つけ次第それをばらまくことになっていたが、私が説得した結果、私の竜珠に住まわせるなら、待ってやってもいいということになったのだ。
リクにとっての居心地のいい空間を提供する代わりに、病原体のばらまきを止める。それが、リクと交わした約束である。
しかし、ここで竜珠を手放してしまったら、その約束が叶わなくなる。
いや、居心地のいい空間を提供するだけなら、私から離れても問題ないとは思うが、今や私の体をいじくりまわす快楽に目覚めたリクは、それでは納得しないだろう。
さて、どうやって説得したものか……。
「リク、でしたか。元はと言えば、あなた方の世界の神が引き起こした問題です。それを解決しようとしてくださるハク様に、その言い草はないかと思います」
『いや、クイーンは僕らの世界の神じゃないし。それに、これは神同士問題じゃない? 単に神の力の一端を手にしているだけのただの……いや、ちょっと変わった人に任せるようなことじゃないと思うんだけど?』
「それは……」
リクに痛いところを突かれて、黙り込むルーシーさん。
確かに、これは神様同士の問題。普通の人には手に負えない以上、対処するのは神様の仕事だ。
しかし、この世界の神様は、そのほとんどが地上に降りることができないという制約がある。だからこそ、自由に動ける私が色々やっているわけだけど、私はあくまで神様の力を持っているだけであって、神様ではない。
まあ、だからこそ私の我儘がある程度通るわけで、その点は感謝しているけれど、根本的なことを言うなら、私がやるべき問題ではないのだ。
『ハクを体のいい駒にするのは勝手だけどさ、正直悠長過ぎてイライラするんだよね。どうせ、今回の案もあいつの入れ知恵だろ? この世界の神は、自分では何もできないのかな?』
「貴様、神を愚弄するのか!?」
『そんなことしないって。単に、動くのが遅いって言うのを指摘しただけ。これでも、僕らは待ってやったんだよ? 君達が動くのを。その結果がこれじゃあ、僕らも意見くらいはするさ』
「リク、言い過ぎですよ」
なんだか、リクが怒っているように感じる。
確かに、神様同士の問題に巻き込まれている自覚はあるけど、でも、これは私が望んでやっていることだ。
もちろん、多少許容できないことはあるにしても、世界の危機とあらば、協力くらいはする。
私は、この世界の神様が遅いなんて思っていない。遅いように見えるのなら、それは私の我儘が原因だ。
招かれざる客であるリクが、この世界の神様を悪く言わないでほしい。
『ふぅ、まあいいけどね。でも、竜珠は渡さないよ。僕らの住処がなくなっちゃう』
「じゃあどうすればいいのです?」
『簡単なことさ。正直、神力だけを強化するという案は同意するよ。でも、それをやるのは君達じゃない。僕らがやる』
「……は?」
ポンと出てきた発言に、ルーシーさんも思わず口をぽかんと開けていた。
え、リクが強化してくれるの?
確かに、リクとクイーンは敵同士ではある。けど、わざわざ私を強化なんかしなくても、自力でどうにかできるだけの力を持っているだろう。
いくら私が竜珠を提供しているとはいえ、どういう風の吹き回しだろうか。
『君達の速度じゃ強化の程度も知れているしね。僕らなら、ハクをとびっきりの神に仕立て上げることができる』
「リク、どういうつもりですか?」
『いい加減、僕らも動こうかと思っていたところだからね。別に、この世界が滅亡しようがどうでもいいけど、こんなに面白いおもちゃを手放すには惜しいと思ったのさ』
次に召喚されるまでの間とはいえ、私のことをおもちゃとして気に入ったらしい。
なんか、複雑な気分ではあるけど、これは正式に味方になってくれたってことでいいのかな?
今まで、明確に味方となってくれたのは、ウルさんとノームさんくらいな気がするけど、ここにきて味方が増えるのはいいことなのかもしれない。
ただ、心配な点もある。
リクが強化すると言ったけど、どういう風に強化する気なんだろうか?
『それは後のお楽しみ。まあ、嫌なら断ってくれてもいいよ。僕らはあくまでハクの意見を尊重するからね』
「……」
リクの強化に関しては、正直不安も多い。
今まで、さんざん体をいじくりまわされてきたのもあるし、それを抜きにしても、異世界の神様だ。
いくらクイーンと敵対関係にあるとはいえ、根本は恐怖を振りまく者だし、どこまで信用していいのかわからない。
でも、ここでリクの誘いを断れば、リクはどこかへ行ってしまうかもしれない。
どこかで病原体が振りまかれてしまうリスクを考えれば、ここでリクの誘いを断る選択肢はない。
色々苦心してくれたルーシーさんには申し訳ないけど、ここは誘いに乗るしかないか……。
「……わかりました。リクに強化をお願いします」
『そう来なくっちゃ。ハクは話がわかるね』
「ハク様、よろしいのですか? こんな得体のしれない神の言うことを聞いて……」
「これは仕方のないことなんです。色々考えてくれたのに、ごめんなさい」
「い、いえいえ! ハク様が謝られるようなことでは!」
多分、この裏にはウルさんが関わっていると思う。
ウルさんは、なるべく私が巻き込まれないように苦心してくれていたから、このような裏技的方法で私の負担を減らそうとしてくれたんだろう。
あわよくば、竜珠からリクを引きはがそうとしてくれていたのかもしれない。
でも、その気持ちは嬉しいけど、私は臆病だから、リクのことを引きはがそうとは思えない。
後で、謝っておかないといけないね。
『あ、そうそう、どうせ僕らに文句言ってくると思うから、伝言を頼める?』
「……なんでしょう?」
『こっちにはこっちの考えがある。そっちもそっちで勝手に動けばいいってね』
あまりの言い草に、ルーシーさんはかなり不服そうだったけど、否定することはしなかった。
神剣の強化、そして、リクによる竜珠の強化。果たして、どこまで効果があるかわからないけど、きちんと強くなれるだろうか?
正直、強くなるかどうか以前に、どのように体をいじられるのかが怖くてしょうがないけど、ここまで断言した以上、悪いようにはならないはず。
いざとなれば、ウルさんやノームさんにも力を借りよう。少し気まずいけど、多少は力を貸してくれるはず。
私は、リクの強化に不安を抱えつつ、部屋に戻るのだった。
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