第六百四十六話:器の強化
強さとは、魔力の多さと言い換えてもいい。
魔法が主要なこの世界では、強力な魔法を放てるのかどうかが重要であり、それには多くの魔力が必要になる。
もちろん、体の強靭さだったり、武器の鋭さだったりも重要なことかもしれないが、いずれも魔法である程度の補助が可能である。
つまり、強くなることイコール魔力を高めることということだ。
しかし、単純に多くの魔力、この場合は神力だが、それを高めてしまえば、私の人としての器が耐えきれなくなり、神様へと近づく。
それは人の道を外れることと同義であり、それはできれば避けたい。
であればどうするか。本体を強化するのではなく、外部に器を用意し、それに大量の神力を溜め込むことができれば、間接的な強化に繋がるということだ。
なるほど、確かに竜珠のように外部に保管できれば、私自身の体が変化することは少ないね。
私は、いい作戦だと思いつつ、でも、そんなことができるのかと疑問に思った。
というのも、私の竜珠は、私の鱗から作られたものである。
それは、その竜が最も大切に思っている部位であり、なかなか代替が効かないものだ。
必然的に、何個も用意するなんてことはできないし、仮にできたとしても、竜珠の神力が暴走すれば、辺り一帯に大量の神力をばらまくことになる。
言うなれば、爆弾を抱えているような状態だ。
それを、何個も体に埋め込むなんて、自殺行為である。
いくら強くなるためとはいえ、少し難しくないだろうか?
「器に関しては、色々と案が出ましたが、最も現実的なのは、神剣を使うことです」
「神剣を竜珠のように使うってことですか?」
「はい」
大量の神力を受け入れる以上、その器はそれに足る強靭なものでなければならない。
竜珠は、私が竜だったからこそできた裏技のようなものだけど、それ以外で耐えられそうなものと言ったら、神剣くらいしかないのだという。
もちろん、専用の器を作り出すことも可能ではあるけど、あるものを使うに越したことはないので、神剣の強化案には、それが盛り込まれることになったようだ。
「神剣に神力を注ぎ込めるのなら、それは神剣に認められることにもなりますし、懸念していた、扱いきれないというデメリットもなくなることになります」
「なるほど」
「ただ、一つ問題があります」
神剣をタンクのように使うことによって、間接的に強化する。これはいいとして、問題なのは、その神力をどうやって用意するかという問題だ。
単純に、神力を用意するだけだったら、いくつか案があるけれど、それを自分のものとして使えなければ意味がない。
自分の力として利用できて、初めて力を得たと言えるわけだから、ただ単に外部から神力を注入すると言ったことはできないわけだ。
それはすなわち、私自身の神力を高める必要がある。そしてそれには、膨大な時間修行する必要がある。
頭に思い浮かんだのは、時の神殿によるスパルタ修行。
あれだけはもう体験したくない。私は、無意識に体を震わせていた。
「神力はハク様に馴染むようにしなければならない。ですが、時の神殿は使いたくはないのでしょう?」
「は、はい……」
「そこで、一つ提案があります。一度、神力を預からせていただけませんか?」
「神力を、預ける?」
その言葉に、私はとっさに理解ができず、首を傾げた。
神力を預けるなんてことは、普通はできない。魔力と同じように、それはその人が持つ固有の力であり、貸し借りできるようなものではない。
まあ、一時的になら、多少は融通も効くけれど、そういうことを言っているわけではないだろう。
「正確に言えば、ハク様の竜珠を預からせていただきたいと思っています」
「なるほど、竜珠を……」
ルーシーさんの提案する方法は、竜珠を一度預かり、それを強化することで、神力を増やしていこうというもののようだ。
魔力を使い果たして、回復してを繰り返せば容量が増えていくように、神力にも同じようなことができる。それを、私が修行するのではなく、神力のみを強化することによって、時の神殿を回避し、強化も同時に行ってしまおうということだ。
そんなことが可能なんだろうか? いや、実際提案しているんだから可能なんだろうけど、それができるなら、初めからそれでよかったような。
「ですが、これにはデメリットがいくつかあります。まず、外部で神力を強化するため、戻す際に大きな負荷がかかるということですね」
元々、私の神力だから、外から全く別物の神力を流し込まれるよりは馴染むけれど、それでも、一度体を離れるから、戻す際にはきちんと身体に馴染むまでに時間がかかるらしい。
それどころか、大きな違和感を感じることにもなるし、最悪負荷に耐え切れずに動けなくなる可能性もある。
万全を期すなら、それこそ私が時の神殿を利用する方がいいのだけど、私の精神面を考えると、その方が幾分かましということだ。
長い苦痛が続くけど、終わったらなんともないか、苦しみは一瞬だけど、大きな苦痛を伴うかってところかな。
その二択なら、私は後者を選ぶ。痛いのは一瞬でいい。
「もう一つは、竜珠を預かっている間、ハク様は魔法を使えなくなるってことですね」
「ああ、そうなるのか……」
今や、私の神力は、いくら魔法を使ってもなくならないほどには膨大だけど、その大半を預けるわけだから、当然魔法は使えなくなる。
まあ、人として最低限持っている魔力は残るかもしれないけど、元々私の魔力は雀の涙ほどだったから、それが残っても魔法はほとんど使えないだろう。
改良を重ねた魔法陣なら、ワンチャンってところか?
もちろん、神様としての力も使えなくなるから、竜神モードにもなれなくなる。
このタイミングで、不意にクイーンに襲われたりしたら、一巻の終わりってわけだ。
「ですが、この案なら、ハク様の体自体は大きく変化することもありませんし、今の生活も続けられるかと」
「ほとんど選択肢はないようなものですね」
私が神様として高みに上がることなく、力を身につけたいなら、こうした裏技に頼るほかない。
いっそ神様になった方が楽な気がしないでもないが、私はあくまで人として暮らしたい。
ルーシーさんや、創造神様には苦労をかけることになるけど、こればっかりはどうしても譲れない一線だ。
「それじゃあ、竜珠を預けて……」
『ちょっと待ってくれる?』
納得しかけたところで、不意に待ったがかかった。
ああ、そういえば、竜珠にはこいつがいたな……。
私の竜珠に巣くい、好き勝手に私の体をいじくりまわす存在、リク。
流石に、リクがいる竜珠を神界に持ち込むわけにもいかないし、これは面倒なことになって来たぞ。
私は、思わぬ厄介者に、苦笑いした。
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