第六百四十三話:結晶化とは
移転先として提示したのは、魔力溜まりである。
魔力溜まりは各地に点在しているが、総じて人が入ることは稀だし、辺りには濃い神力が充満している。
魔力ではないから、規格とやらに当てはまるかは知らないけど、時間をかければ順応できるというなら、これ以上の場所はないだろう。
下手にあちらの世界に連れて行くのは危険が多いし、これならば、こちらの世界で完結できるし、何者かに破壊される心配も少ないと思う。
まあ、人は入らないにしても、他の神様とかは入ってくるかもしれないから、絶対とは言い切れないけどね。
でも、そんなの言い始めたらどこにも安全な場所はないし、代替場所としては、十分だと思う。
『魔力溜まりを検索。ヒット。代替場所としては合格点。条件にも当てはまる』
「じゃあ、そこに案内しますから、一夜についていくのは諦めてくれますか?」
『守り手が近くにいないのは残念だが、問題ない』
「よかった……」
とりあえず、あちらの世界に進出するようなことはなくなったようで何よりである。
ルディも、自分と同じ条件なら納得するだろうし、喧嘩も回避できた。
なんか、結構綱渡りなことしているような気がするけど、なんでこんなことになったんだろうか。
「じゃあ、一夜に能力を渡すという件もなしでいいですね」
『それは否定する。そもそも、個体名ヒヨナに報酬を渡すのは決定事項である』
「えぇ……」
なんかうやむやにできないかと思ったけど、何か礼を渡さないと気が済まないらしい。
眷属化とか呪文とかを防いでくれたルディには感謝しているけど、寄りによって残ったのが結晶化とか言うやばいものなんだよな。
もっと他にないんだろうか? 特殊能力とかいらないから、安全なのがいい。
『個体名ハクは、結晶化を怖がり過ぎている。よく知りもせずに否定するのはやめるべき』
「じゃあ、どういうものなんですか?」
『個体名ヒヨナが許可を出すなら、実際にやって見せることは可能』
「う、うーん……」
確かに、よく知りもしないのに否定するのはよくないことかもしれないけど、どう考えたってやばいものだしなぁ……。
でも、実際に見るとしても、誰が実験体になるのかという話もあるし、少なくとも一夜にはやらせたくない。
となると、やっぱり私が受けるしかないか……。
「……私の体で試していいですから、一夜には手を出さないでください」
『個体名ヒヨナ、許可を』
[ちゃんと戻してくれるならいいよ]
『承知した。では、始めるとしよう』
ちょっと期待したような視線を向ける一夜の前で、クィスが一瞬沈黙する。
しかし、次の瞬間、クィスに触れている私の手に、変化が起こった。
指先から、シールでも剥がすかのように透明化していく肌。
その侵食速度はかなり早く、一瞬にして肩口まで到達すると、そこで一度変化が収まる。
瞬きのほどの速さで変化した腕は、まさしく結晶といった様相を呈していた。
精巧に作られたガラス細工のように、透明な腕。
動かそうとして見ると、若干動かしにくくはあったが、きちんと動かすことができ、動く度に硬いものがこすれる音が響いた。
これが結晶化……。
効果として、精神力の向上があるとか言っていたけど、確かに強い魔力を感じる。
恐らく、これはクィスの魔力だろう。体の一部を置換しているような状態だから、これも今だけはクィスの一部と言っていいのかもしれない。
軽く叩いてみたけど、結構硬く、ちょっとやそっとじゃ壊れなさそうというのもポイントだ。
まあ、そうは言っても、この見た目だから、すぐに砕け散りそうでちょっと怖いけどね。
『これが結晶化。理解してもらえただろうか?』
「まあ、理解はできましたけど……」
[綺麗だねぇ。案外すべすべしてる]
困惑の方が勝る私と違って、一夜は興味津々な様子だった。
これ、触覚も鈍くなっているんだろうか。触られているのにあんまり感じない。
結構重いし、動きづらいのはあるけど、これだけの魔力があれば、一般人なら魔法撃ち放題じゃないだろうか。
そう言う意味では、確かに有用かもしれない。
「戻す時はどうすればいいんですか?」
『こちらで再び構造を入れ替える。このように』
そう言って、次の瞬間には、私の腕は元に戻っていた。
なるほど、確かにちゃんと元に戻っているようだ。
一応、【鑑定】で詳しく調べてみたけど、特に後遺症のようなものも見当たらないし、多分大丈夫だと思う。
案外危険はないのか? いやまあ、制御をクィスが行っている以上、怖いのに変わりはないんだけども。
『個体名ヒヨナ、いかがだろうか?』
[ちゃんと元に戻れるし、動けるみたいだから、別に問題ないんじゃないかな?]
[そう言う問題じゃないんだけど……]
まあ、クィスは一夜のことを気に入ってるみたいだし、下手なことしなければ安全と言えるのかもしれないけども。
いずれにしても、一夜にこんな特殊能力は必要ないと思う。
ファンタジーなことをしたいなら、魔法で十分だと思うし、魔力が少なくて使えないというなら、魔石を用意する。
一応、結晶化によって魔力を強化できるから、これがあれば魔法を使い放題って言うメリットもあると言えばあるけど、今回はちゃんと戻れたとはいえ、例えば戦闘中に使って、何らかの理由で破壊されたりしたら、もう元には戻らないだろうし、やっぱり危ないと思う。
[大丈夫だって。クィスはそんな悪いことしないよ]
『もし何かあれば、我が制裁を加えるしな。身を守るという意味では、なかなかに有用だと思うぞ』
「ルディまで……」
ここには私の味方はいないのだろうか。
とっさに、後ろを振り返って、お兄ちゃん達の方を見たけど、何のことかわからない様子で、首を傾げていた。
そう言えば、クィスの声は、触れていないと聞こえないんだった。
まあ、私の様子を見て何か話してるんだろうなというのはわかっているだろうけど、流石に状況が呑み込めないよね。
「はぁ……わかりました、許可します。ですが、もし一夜に害成すようなことがあれば、容赦しませんよ」
『個体名ハクにクィスをどうにかできる破壊力があるとは思えないが、許可が出たのは喜ばしい。では、個体名ヒヨナ、こちらを受け取って欲しい』
そう言って、クィスに触れている一夜の手に、何かが出現した。
菱形の透明な結晶体。手のひらほどの大きさのそれは、見る方向によって中に紫色の煙のようなものが映る。
なんか、観光地のお土産屋にありそうなものだけど、秘められた魔力は相当なものだから、割とやばい代物な気がする。
『結晶化をしたい時は、これを起動すれば、任意の部位を結晶化することができる。同じように、戻りたい時は任意の部位を戻すことができる』
[なるほど。ありがとね、クィス]
『これは正当な報酬である。礼を言うのはこちらの方』
結局、流されちゃったけど、これが悪い方向に向かわなきゃいいんだけど。
私は、なんだかんだで嬉しそうな一夜を見ながら、不安に胸をかきたてられていた。
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