第六百四十二話:クィスの条件
『この世界で生存するためには、魔石は失われてはならないものである。しかし、今までにも、魔石を破壊しようとする者は何人もいた。魔石の管理者も、多少は仕方ないと、特に止めることもしなかった。守ろうとしてくれたのは、個体名ヒヨナだけである』
「だから、一夜には感謝していると」
『現在は、人々の行動原理を把握し、精神感応によって、多少なりとも改善しつつはあるが、絶対ではない。クィスには、魔石の守り手が必要となる』
「あわよくば守ってもらいたいというのはそれですか」
一夜が能力を手に入れれば、外敵を退けることができる。
だからこそ、こんなにも譲歩してるわけだ。
理屈はわかったけど、一夜がこの洞窟の魔石を守るのは不可能な気がする。
だって、一夜はこの世界の住人じゃないもの。
いずれは帰ってしまうし、いつまでもこの洞窟を見張っているわけにもいかない。
いくら能力を与えたところで、それではクィスの望みは叶わないと思うのだけど。
『個体名ヒヨナ、クィスの守り手として、この世界に留まることは可能か?』
[ごめん、それはできないかな。私も、まだ異世界に移住する気はないから]
『……承知した。代替案を提示。クィスの一部を持ちだし、再生可能な場所に移動させてもらうことは可能か?』
[それって、私の住む世界に連れて行って欲しいってこと?]
『肯定する』
「それもだめだよ」
ただでさえ、この世界でも侵略されかけているのに、あちらの世界にまで飛び火させては堪ったものではない。
もしそれを許せば、ルディも堂々とついていこうとするだろうし、これをきっかけに、他の神様達もあちらの世界に行ってしまったら、あちらの世界がどうなるかわからないからね。
そもそも、あちらの世界の神様が納得しないだろうし、それだけは絶対にやめてほしい。
『個体名ハク、注文が多い』
「そんなこと言われても……」
『……代替案を再度提示。魔石が破壊され、クィスが機能不全に陥った時の保険として、クィスの一部を保管してもらうことは可能か?』
「それも結局あちらの世界に連れて行って欲しいってことじゃないですか」
『否定する。最低限の機能を残し、保管するだけで、個体名ヒヨナの世界で再生する気はない。ただし、もしこの場所の魔石が破壊され、機能不全に陥った時には、代替となる場所に移送し、再生を手助けすることを条件とする』
「なるほど……」
つまり、文字通りの保険というわけか。
そんな一部から再生できるのかは知らないけど、自己増殖がどうとか言っていたし、重要部分さえ残っていれば可能なんだろう。
一夜が保管する以上は、あちらの世界にも持ち帰ることになってしまいそうだけど、こんな巨大な姿で持ち込まれないのであれば、特に悪さもできないだろうし、問題はないのかな?
言うなれば、今の私とリクの関係のようなものである。
まあ、クィスが勝手に増殖しないとは限らないし、それも不安ではあるんだけど。
『ちょっと待て、最低限の機能には、会話機能も含まれているだろう。汝は我を差し置いて契約者と共に過ごすつもりか?』
いいのか悪いのか判断しかねていたら、ルディが声を上げた。
ああ、確かにもし会話が可能だとしたら、クィスはあちらの世界でも一夜と会話ができるわけか。
ルディは、一夜の生活を壊さないようにと、わざわざ一夜がこちらの世界に来るまで待っているのに、クィスはそれを無視して一緒にいられるとなったら、納得はできないだろう。
なんだかややこしくなってきたな……。
『それになんの問題が? 守り手が近くにいれば、クィスも安心できる。そして、個体名ヒヨナも、クィスがいれば身を守ることができる。こういう関係を、人の言葉でウィンウィンの関係という情報がある』
『ヒヨナは我が契約者であり、愛し子である。二人の蜜月の時を邪魔することは、たとえ汝であろうと許さん』
『識別名ルディは独占し過ぎである。クィスはただ礼をしたいだけ、邪魔をしているのはどちらか』
『神の愛し子に手を出すことがいかに愚かなことかは汝もよく理解しているはずだ。先に手を出していたのはこちらである。独占しようとしているのはどちらか』
だんだんヒートアップしていく二人に、私はどうしたらいいかわからずにいた。
二人とも、声は冷静だけど、そのプレッシャーがだんだん強くなっているのを感じる。
ルディなんて、辺りに死臭を漂わせ始めているし、クィスも魔力が色濃く見えるほどに興奮しているのがわかる。
これ、このままだと神様同士の大喧嘩になりそうなんだけど、それやったら私達も無事では済まない。
何とか止めないと。
『いやぁ、面白くなってきたね』
「リクも止めてくださいよ……」
リクはこの状況を楽しんでいるようだし、本当に役に立たない。
いっそのこと、力ずくでいくか? いや、流石に神様相手にそれは悪手過ぎる。
どうあがいても勝てないし、何とか落ち着かせたいんだけど……。
[もう、二人とも喧嘩しちゃだめだよ]
『し、しかし契約者よ、こ奴は我との仲を引き裂こうと……』
[そんなことはないよ。私はルディもクィスのことも好きだし、仲良くしてほしいと思ってる。二人が喧嘩するようなことがあったら、私は悲しいな]
『個体名ヒヨナが悲しむことは許容できない。識別名ルディ、ここは停戦協定を結びたいと考えるが、いかがか?』
『う、うむ、契約者がそう言うなら仕方ない。ただし、契約者の世界についていくのは許可しないからな』
『仕方ない。別の代替案を考えることにする』
どうしたものかと悩んでいると、一夜の一声ですぐに大人しくなった。
神様を仲裁するって、一夜は何者なんだろうか。
一夜にかなり肩入れしているルディはともかく、クィスまであっさり退く当たり、クィスも一夜のことを気に入っているというのは本当のようだ。
とりあえず、怒りが収まったのなら何よりである。
「ええと、クィスは万が一のために、安全な場所が欲しいんですよね?」
『肯定する。条件としてはここの魔石は魅力的だが、安定感がない。人が入らず、魔力を一定以上供給できる場所が好ましい』
「でしたら、いい場所があります」
要は、安全であればいいんだから、それだったらいくつか候補がある。
まあ、異世界の神様に力をつけさせていいのかという疑問はあるけど、大人しくしていてくれるというなら、案内するのも吝かではない。
興味をそそられた様子のクィスに、私は場所を提示する。
これで納得してくれるといいのだけど。
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