第六百四十一話:礼を尽くす理由
[……一夜、これからもあちらの世界で普通に暮らしたいなら、特殊能力は諦めた方がいいよ]
[なんで? 戻るなら困ることないと思うんだけど]
[そう言う問題じゃないんだよ]
ひとまず、私は一夜を説得することにした。
実際に見たわけではないけど、結晶化というからには見た目の変化は著しいだろう。
万が一にも、その姿を見られたら、いらぬ噂を立てられて、まともに生活できなくなるかもしれない。
こちらの世界でだって、結晶化を人に見られたら奇異の目で見られることは間違いないのに、あちらの世界でとなれば、家を追い出されてしまうかもしれないし、最悪どこぞの研究機関に攫われてしまうかもしれない。
人前で見せなければいいじゃんという話ではあるけど、そう言った能力がある以上、どこかでバレる可能性は常にある。
特に、この能力は異世界の神様のものだし、勝手に発動されて、露見するってことも十分考えられる。
私だって、リクにさんざん体をいじられているしね。
あちらの世界に渡った転生者達のように、強力なバックがついているならまだ何とかなるかもしれないけど、一夜の周りで事情を知っているのは、私を除けば三期生の面々くらいしかいない。
流石に、それでは不安過ぎるし、現状でも魔法を使えるとか呪文を使えるとか、十分すぎるほどの特殊能力を得ているのだから、これ以上危険な橋を渡る必要はないと思う。
[うーん、確かにそう考えると危険かなぁ]
[変な能力を抱えて、それを隠しながら生きるなんてしたくないでしょ?]
[いや、それはちょっと憧れがあるというか、子供の頃から何度も妄想はしていたけど]
[ああ、そうだったね……]
そういえば、一夜は元々そう言うことに興味がある子供だった。
特に、私の存在とかは、喉から手が出るほど欲しいと思っていたものだろうし、それに加えて、自分も特殊能力に目覚められるかもしれないと考えたら、受け入れないはずもない。
ちょっと説得の仕方を間違えたかな……。
『個体名ハク、能力の付与に反対する理由を聞かせてもらいたい』
「一夜はここではない別の世界で、普通の暮らしをしているんですよ。それを邪魔させたくないだけです」
『回答の意図を把握しかねる。何か問題が?』
「余計な変化を与えたくないんですよ」
この神様達がいた世界がどんな世界だったのかは知らないけど、神様から呪文を授かり、魔術師となる人もいるらしい。
魔術師は、精神力を代償に様々なことができるようになるけれど、同時に、神様から狙われやすくもなる。
今の一夜がいい例だろう。恐らく、一夜が神様と何ら関わりがないただの一般人だったなら、いくらあの少女を止めたからと言って、わざわざ招待したとは思えない。
わずかでも、神様との関わりがあったからこそ、狙われたと考える方が自然である。
今回は、割と友好的に接してくれているからまだましだけど、これがクイーンのような悪意ある神様に狙われでもしたら、大変だ。
そして、今能力を付与されることは、その可能性を高めるきっかけにもなりえる。
あらゆる面から、安全を考えるなら、何もしない方がいいのだ。
『個体名ハクは、停滞を望むと判断した。しかし、それでは矛盾が生じる。個体名ヒヨナに最も影響を与えているのは、個体名ハクだと推察するが、停滞を望むのであれば、真っ先に離れるべきは誰であろうか?』
「うっ、それは……」
それを言われると弱い。
確かに、私がいることによって、一夜の生活が大きく変化したのは確かだ。
元々は、二度と会うことはないだろうと思っていたけれど、何の因果か、再び会えるようになり、私にも欲が出てしまった。
こうして異世界へと連れてきていることもそうだし、そうでなくても、異世界の知識を教えるのも、場合によっては大きな影響を与えることになるだろう。
一夜の生活を守るというなら、まずは私が近寄らないようにするのが当然の判断だ。
でも、私はそれを選べない。もはや、一夜と会えない生活など考えられないから。
結局、私のこれも、独占欲ってことなのかな。ルディと同じように。
『契約者の兄よ、以前も言ったが、もはや契約者に普通の生活をさせるのは不可能だ。我らと関わった以上は、望む望まないに拘わらず、放っては置かれない。たとえ世界が変わったとしても、何者かによって召喚され、やがて手を伸ばすことになるだろう。その時に、最低限身を守る術は必要だ』
「それは、わかっていますが……」
『神から能力を授かれるなど、本来ならありえない。よほど気に入られた人間でも、ここまで譲歩してくれることは稀だろう。クィスも、クィスなりに契約者の生活を守ろうとしてくれている。いつまでも駄々をこねるものではないぞ』
「……」
結晶化の能力は、本来はクィスが自身の領域を拡張するために行う、増殖行為らしい。
要は、体のいい言葉で騙して、その体をいただこうとしているわけだ。
しかし、今回は、一夜が望めば、体を戻す用意もあるという。これは、とても破格なことだ。
もちろん、それすらも嘘で、一夜の体を乗っ取ろうとしているって可能性もあるけど、その点は、ルディがいる時点でほぼありえないらしい。
なにせ、一夜はルディの愛し子だ。そんな相手を、勝手に取り込もうとすれば、ルディが黙っていない。
ルディとクィスは味方というわけではないみたいだけど、同じ星を守る者という意味では、仲間ではある。無駄な諍いは好まないし、クィス自身が、真っ当な理由があれば納得する性格でもある。
だから、元に戻すという言葉に嘘はないし、一夜が取り込まれる心配もないというわけだ。
『僕らも問題はないと思うよ』
「リク? あなたもそう思うんですか?」
『まあ、そっちの方が都合がいいからって言うのはあるけど、思考結晶がここまで譲歩するのは珍しいから、相当気に入ってる証だよ』
「……」
『ああでも、なんでそんなに気に入ったのかは聞いておきたいかな。たった一度、体を折られるのを防いだ程度で、なんでわざわざ招待したのか』
ねぇ、と静かに語りかけるリク。
クィスは、しばし沈黙した後、先ほどと変わらぬ機械的な声で語り始めた。
『クィスがこの世界に召喚された時、機能の大部分が失われていた。恐らく、世界を超える召喚により、規格が変わったものと考えられる』
『ああ、確かにこの世界だと精神力というよりは、魔力ってものを使ってるみたいだしね』
『自己増殖機能も制限され、補給もできない状況では、クィスもただの置物となるしかない。しかし、運がいいことに、この近くには魔石と呼ばれる、クィスに近い構造体があった。魔石に接続することにより、クィスの本体もこの世界の規格に順応することができ、徐々に機能を取り戻すことができた』
『魔力も精神力も似たようなものではあるけど、その体はそこらへん結構厳しいからねぇ』
クィスは、魔石から精神力の代わりとなる魔力を得ることによって、徐々に機能を復活させていった。
しかし、完全に順応するのはなかなか難しく、現在も、機能の大部分は魔石に依存している状態。
つまり、魔石が少しでも傷つけられれば、パフォーマンスが著しく下がるわけだ。
クィスにとっては、あの魔石はこの世界で生存するための最重要パーツであり、決して失われてはならないもの。
だからこそ、それを守った一夜は救世主的存在であり、可能な限りのお礼をして、あわよくばこれからも守ってもらおうと、そう言う魂胆のようである。
ピンポイントでそういうことをする当たり、一夜はやはり何かを持っているんじゃないだろうか。
私は、納得できるようなそうでないような理由を聞いて、低く唸った。
感想ありがとうございます。