幕間:熱に浮かされて
最初は主人公のハク、途中から王子アルトの視点になります。
世界が回る。視線が定まらず、どこが上でどこが下かもわからない。
私は何をしていたんだっけ? 確か、王子と一緒に観光をしていてそれから……わかんないや。
多分倒れたんだと思う。今もの凄く気持ち悪いし。
風邪かなぁ。私は体が丈夫なのが取り柄だった気がするんだけど……ああ、それは前世の話か。
まあ、この体は体力ないからね。いや、体力ないのは前世も一緒だったけど、より拍車がかかっている気がする。
戦いの時とかは身体強化魔法でごまかしてはいるけれど、やっぱり体に蓄積される疲労はごまかせない。多少の無理ならできるけど、その分反動が痛い。気絶も何回もしたからなぁ。
とはいえ、ここまで酷いのは初めてだ。気持ち悪すぎて吐きそう……。
とりあえず水が欲しい。どうやらベッドに寝かされているようだが、腕が上がらない。
ぬぅ、ここまで体力が落ちているのか……。
「ハク、目が覚めたか?」
しばらくベッドの中でもぞもぞと動いていると近くから声が聞こえてきた。
これは、王子? なんで王子が私の部屋にいるんだろう。というかここ、私の部屋だよね? それすらわからないや。
頭がガンガンして思考が定まらない。これは相当重傷だ。
「まだ寝ていた方がいい。まだ調子が戻っていないんだろう?」
「水……」
「水? ああ、待っていろ。すぐに用意する」
王子はすぐに部屋を出ると、水を持ってきてくれた。
腕が上がらないので飲ませてもらうと、少し頭がすっきりしたような気がする。相変わらず視線は定まらないけど……。
「大丈夫か? どこか痛むか?」
「頭痛い……」
今のところ頭が痛い以外は特に体に異常はない。いや、吐き気がしたり腕が上がらなかったりはするけど、痛くはない。
ただ、頭が割れるように痛いのはちょっと勘弁してほしい。何も考えられない。気持ち悪い。
「食欲はあるか?」
「ない……」
今食べたら絶対吐くと思う。せめて頭痛が少しマシにならないと動けそうもないし。
風邪ってこんなに辛かったっけ? 絶対40度くらいあるってこれ……。
「ひとまず起きてくれてよかったが……しばらく様子を見るしかないな」
そう言って私の額に冷たいタオルを乗せてくれる。ああ、気持ちいい……。
どうやら王子はつきっきりで看病してくれていたようだ。聞くところによると、私は昨日街中で倒れ、城に運び込まれて一晩眠っていたらしい。医師からは魔力の大量消費による体調の崩れだと言われたそうだが……まあ、うん、心当たりはある。
私はここ最近魔力を大量に消費していた。というのも、魔力溜まりの魔力によって出現した翼を消すためには魔力を消費しきるのが一番だと思い、ザック君の工房で魔石の変換をやらせてもらって魔力を消費していたのだ。
その甲斐あって翼は無事に消滅。というか、自由に消したり出したりすることが出来るようになった。
ただ、その弊害として魔力の暴走、いや、暴走と呼べるほどじゃないけど魔力が大きく乱れたのだ。魔力溜まりの魔力をすべて消費しては見たが、回復するとその分まで回復してしまうことから、これはもう自分の魔力として定着してしまったものだと考えられる。まあ、だから翼が残ってしまったんだろうけど。
で、翼を出している状態だと何ら問題ないのだが、翼をしまうと増えた分の魔力が体内を循環しきれず、あちこちで小さな爆発のようなものを起こしていた。これが乱れであり、恐らく体調不良の原因だと思われる。
魔力の大量消費による体調不良はここまで酷いものではないらしいけど、それはそうだ。原因は別にあるんだから。
一応、何日か翼を消した状態で過ごしていたからだんだん慣れてきてはいたんだけど、よりによって王子との観光の日に限界を迎えてしまうとは……申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「王子……」
「ん? どうした?」
「ごめんなさい……」
観光に行こうと誘ってきた時の王子はそれはそれは楽しそうだった。恐らく、だいぶ前から考えていたに違いない。
もう粗方町は探索しつくしてしまったので暇だったのだ。この誘いは渡りに船であり、私も楽しみだった。だから、多少の体調不良は押していったんだけど……はぁ、せめて一日くらい持ってくれたらよかったのに。
王子にとってはデートも同然だっただろうし、そんな日に相手に倒れられるとか最悪の日になってしまっただろう。……あれ、ちょっと涙が出てきた。疲れで感情が出やすくなってるのかもしれない。
「ッ!? き、気にするな。それより、ハクのことの方が大事だ。元気になってくれればそれでいい」
王子はとても優しい。相手が病人だからかもしれないけど、必死に慰めようとしてくれているのがわかる。
こんなに愛されているのに、応えられないのはちょっと心苦しいな。もういっそのこと王子と結婚してもいいんじゃないか? 王子なら、悪いようにはしないだろうし……。
って、いやダメでしょ。私は女であるけど、中身は男と言ってもいい。精神的に受け付けないし、こんなわけのわからない境遇の人を相手にする王子も可哀そうだ。
これだけは決して超えてはいけない一線。私は生涯独り身を貫くことになるだろう。……女の子となら一緒にいるかもしれないけど。
この世界、百合ってどうなんだろう。一般的なものなのかな? 別に法律で決められているわけではなさそうだけど。
……ああ、なんか変なことばっかり考えてしまう。そんなことを言いたいわけではないのに。
「(な、何だこの破壊力は……!? あのハクが、う、上目遣いで涙目になって、その上儚く笑ってくるだと……!?)」
王子は顔を赤らめながらプルプルと震えている。なんだろう、風邪が移ってしまったんだろうか?
「王子……」
「な、なんだ?」
「風邪、移っちゃう……」
あれ、私って風邪なんだっけ? 魔力の暴走による体調の乱れ……風邪みたいなものか。
とにかく、これ以上一緒にいては本当に移してしまうかもしれない。早く部屋から出してあげないと。
でも、何だろう。一緒にいて欲しい気もする。一人になりたくないというか、誰かに傍にいて欲しい。
もう大人だって言うのに何言ってるんだろう。ほんとに参ってるみたいだ。
「大丈夫だ。これは移るような病気ではない。安心しろ」
「ほんとに……?」
「ああ、ほんとだ」
「よかった……」
移らない? なら、いいのかな? まあ、一緒にいてくれるなら何でもいいや。
こんな風に看病されるなんていつぶりだろう。初めてじゃないか? 病気とは無縁だったから、倒れたこともないし。
今世が虚弱すぎるのがいけない。いや、半分は引きこもってたせいかもしれないけど、今はちゃんと働いているし、多少は体力が付いてきてもおかしくないと思うんだけど。剣の稽古だってしていたし。
体力と言えば、翼を出している状態だとかなり体調がいいんだよな。魔力も制御できるし、身体能力も上がっている気がする。翼を出せば少しは楽になるかな。
「ん? お、おい、ハク!?」
「んぅ……」
寝ている状態で翼を出したから翼に押されて体が浮き上がる。というか痛い。やっぱり仰向けでやるのはダメだ。
そのままバランスを崩し、ベッドから崩れ落ちる。王子が受け止めてくれたが、服に関してはまた破いてしまった。
これ、翼用の穴でも開けておいた方がいいかも。いちいち服破いてたんじゃもったいない。
「な、なんでいきなり翼が……だ、大丈夫か?」
「んー……」
まあ、多少はましになった、かな? 体力も底上げされたのか、体も少し動かせるようになった気がする。頭はまだ痛いけど……。
翼を出した状態で寝るのはちょっと面倒なんだけど、出してた方が楽だし、我慢しようか。
王子にうつ伏せにしてもらい、再びベッドに戻る。
翼は片翼だけでも私の身体より大きいので王子が凄く邪魔そうにしているのが見える。ごめんね、でっかい翼で。
怖がらせちゃったかな。竜人って人間に敵対してた種族なんだよね。こんな姿見られたら、出て行っちゃうかな。……それは嫌だな。
「んっ……」
「は、ハク?」
ベッドの端から手を伸ばし、王子の服を掴む。
悪いけど、逃がすわけにはいかない。今出ていかれたら心寂しさで死んでしまうかもしれない。
翼あり状態なら多少の力も入る。それでも力一杯引っ張れば抜け出されてしまうかもしれないけど、優しい王子ならそんなことはしないと信じてる。
「あ、え……?」
ほら、やっぱり引きはがさない。王子は優しい人。
ん、少し楽になったら眠くなってきた。ほんとはもっと起きていたいけど、寝てしまった方が楽かな? 王子も一緒にいることだし……。
そう考えたら瞼が急激に重くなってきた。もう、耐えられない。
お休みなさい……。
◇
いきなり翼を出したと思ったら私の服を掴んで寝てしまった。
ただでさえ普段見られない表情の数々に悶絶していたというのに、縋るように差し伸べられた手に服を掴まれ身動きが取れない。外そうと思えば外せるだろうが、そんなことをする気には到底なれなかった。
翼はかなり異質だが、寝顔はやはり天使だ。弱っているからか、普段より表情豊かなハクの言動は年相応のものに見えた。
いや、倒れたことをわざわざ謝ってくるあたり、相当にしっかりしている。服を掴んだのは私が出て行かないようにするためだろうか。
病に伏せっている時はとても心寂しくなると聞く。しっかり者のハクでも、そういうところは子供らしいと思った。
「入りますよー」
その時、扉をノックする音が聞こえた。返事を待たずに入ってきたのはサフィだった。
「あら、翼が。まだ寝てるんですか?」
「先程起きたが、また眠ってしまった。翼はよくわからん」
恐らく、弱っていたせいで制御ができず無意識のうちに出してしまったのだろうが、こんな重そうな翼がくっついていたら休めないのではないだろうか。
小さなハクには似つかわしくない巨大な翼は器用に折りたたまれて背中に収まっているが、翼だけでもかなりの重量がありそうだと考えると寝苦しそうである。
今のところすやすやと安らかに眠っているが、いずれまた目を覚ますかもしれないな。
「あらあら。ハクが甘えちゃったみたいですね」
「ああ、盛大にな……」
普段のハクからは想像もできない。やはり人間弱ると本性が現れるということだろうか。とてつもなく庇護欲をそそられる。
正直、あれを毎日見せられたら可愛すぎて死んでしまうかもしれない。恐らく近くにいたからという理由だけで甘えてきたのだろうが、それでもハクのことが好きな身としては大いに心乱れされた。
「起きたなら話したかったけど、そう言うことなら仕方ないですね。ハクの事、よろしくお願いします」
「わかった」
サフィはそう言って部屋を出ていった。
本当なら一番に看病したいだろうに、私に遠慮して任せてくれている。サフィの気づかいに感謝しつつ、再びハクを見る。
天上より舞い降りし月の精霊のような銀の髪、閉じられた瞳を彩るエメラルド色の調べは降り注ぐ星の光に通じるものがある。
私は服を掴んでいる手をそっと握ると、その甲にそっとキスを落とした。
感想、誤字報告ありがとうございます。