第六百四十話:結晶体の神様
[一夜!]
『む、契約者の兄も来たか。案外早かったな』
「ルディ、これは一体どういうことですか!?」
私の呼びかけに、一夜は答えない。
ただ、虚ろな目をして、目の前の魔石を見ているだけだ。
明らかに普通の状態ではないが、一緒にいるルディは焦った様子もなく、淡々としている。
今すぐ危険なわけではなさそうだけど、こう言った通路があった以上、どこかに神様がいるはず。
不意打ちされても困るし、それにも注意を払わないといけない。
私は、辺りを見回しつつ、ルディを問い詰める。
ルディは、ちらりと一夜の方を見ながら、説明を始めた。
『我が契約者に招待があったのだ。守ってくれた礼をしたいとな』
「守る? 一体何のことですか?」
『目の前にいるだろう? こ奴が呼び出した張本人だ』
「目の前って……」
目の前と言っても、あるのは超巨大な魔石くらいである。
まさか、この魔石が神様とか言わないよね?
『話が聞きたいなら、触れてみればいい。声が聞こえるはずだ』
いまいちよくわからないが、触れてみれば聞こえるというなら、やるしかない。
私は、恐る恐る魔石に近づき、手を触れる。
すると、頭の中に、声が聞こえてきた。
『接続を確認。個体名、ハク。交信を許可する』
「これは……あなたは誰なんですか?」
『識別名、クィス。星の結晶体を統括する者。個体名ハクは、個体名ヒヨナと近縁関係にあるとの情報を確認。続けての質問を許可する』
「ええと、一夜を呼んだのはあなたですか?」
『肯定する。個体名ヒヨナはクィスの一部である結晶体を保護した功績がある。その功績を称え、感謝を伝えるべく、招待した』
なんだか、とても機械的な声だ。
どうやら、この巨大な魔石が神様というのは間違いではないらしい。
できれば間違っていてほしかったけど……まあ、それはいいとして。
結晶体を保護したというのは、あの時少女を止めたことかな?
確かに、あのままでは魔石の一部が折られていたと思うし、それがクィスの一部であるというなら、守ったということになるのかもしれない。
「一夜に、何をする気なんですか……?」
『個体名ヒヨナはクィスを守る意思があると認識し、眷属として奉仕する機会を与える。しかし、これは識別名ルディによって却下された。遺憾である』
「一応、守ろうとはしてくれたんですね……」
『当たり前だろう。契約者は我の愛し子だ。よその神に渡せるものか』
「別に私もルディに渡したつもりはないんですが……まあ、今はいいです」
感謝の形が、眷属として奉仕させることって、やっぱり根っこは神様なんだね。
でも、こんな神様もいるのか。
見た目は、ただの巨大な魔石にしか見えないけど、この状態で動くこととかできるんだろうか?
色々謎が多いけど、また神様を見つけられたのは運がよかったかもしれない。
『代替案を提示。呪文を授ける。しかし、これも識別名ルディによって却下された。憤慨している』
『すでに大体の呪文は教えたのでな。汝が教えるようなことはもうない』
声はとても冷静だけど、どうやら怒っているらしい。
ルディの独占欲が強いのには困ったものだけど、こういう時には役に立つ。
妙な神様の接近をシャットアウトしてくれるのなら、わざわざ呼び出した甲斐もあるというものだ。
『再度代替案を提示。能力の付与。これは識別名ルディの邪魔をしないものを推察する』
『能力、というということは、結晶化か? 確かに邪魔はしないかもしれんが、我が愛し子に手を出されるというだけで不満なのだが』
『個体名ヒヨナには報酬を受け取る価値がある。このまま何も贈れないのは、クィスの不満度パラメータが上昇することになる』
「あの、その結晶化って何ですか?」
なにやら、勝手に話が進んでいるけど、これ以上一夜に変なことをしないでほしい。
ただでさえ、ルディという厄介者を抱えている状態なのに、それに加えて能力? 冗談じゃない。
一夜には普通の生活を送って欲しいと思う身としては、これ以上関わって欲しくないのだけど。
『結晶化。体の一部をクィスの組織構造に入れ替えることにより、身体機能の向上を図る。主な効果は、精神力の上昇、装甲の付与、神話的知識の付与など』
「……それ、絶対デメリットありますよね?」
『デメリットと呼べるようなことはない。副次効果として、多少の敏捷の減少が挙げられるが、メリットの方が大きいと判断する』
「大問題じゃないですか」
要は、例えば結晶化によって腕をクィスの組織構造と入れ替える、つまり、腕を魔石へと変化させると、普通の魔石と同じように精神力を引き出すことができたり、単純に硬くなるから装甲となったりするけど、その分重くなるから動きにくくなるってことだ。
ゲーム的に戦闘のことだけを考えるなら、動きにくくなっても、呪文が強化されるなら確かにメリットの方が大きいのかもしれないけど、現実的に考えるなら、そもそも呪文をそんなに多用するようなことがないから無意味である。
むしろ、体を結晶化した影響で、後遺症として元に戻らなくなったりする可能性もあるし、そっちの方が問題だ。
なんてことを提案してくれているんだ。
「私としては、感謝してくれるのは嬉しいですけど、その言葉だけで十分だと思います」
『それではクィスの気が収まらない。個体名ヒヨナに意見を求める』
[私? うーん、確かに私は特に凄いことをしたわけではないし、お礼なんていらないんだけど……]
『謙虚である。人間は何かしらの望みを持つべき。そうでなければ、クィスの存在意義がない』
[まあでも、特殊能力にはちょっと憧れるかな? 魔法を使った時も楽しかったし、それと同じように面白い能力が貰えるならありかもしれない]
「ちょっと?」
ずっと虚ろな目をしていた一夜だけど、ちゃんと意識はあったようで、会話は成立するようだ。
しかし、一夜。そこはちゃんと断って欲しい。
おかげで、クィスもなんだかやる気を見せ始めているし、本気で一夜に変な特殊能力がつくことになってしまうかもしれない。
それだけは何としても阻止しなければ。
[ねぇ、それって元に戻れないとかはあるの?]
『本来は、入れ替えられた部分はそのままクィスの一部となり、元に戻ることはない。しかし、個体名ヒヨナが望むのであれば、復元することは可能』
[それならいいかなぁ]
[いやいやいや、ダメだから!]
元に戻るならいっかぁ、じゃないのよ。
どうにも、一夜は自分が置かれている状況をよく理解していないように見える。
こんな見た目ではあるけど、一応相手は神様なんだよ? しかも、体のいいことを言って自分の一部にしようとするような。
これ、多分一夜が聞かなかったら、そのまま戻す気なかったよね? そんな相手を信用する一夜はおかしいと思う。
しかし、どうやって言いくるめたものか。
ルディが反対してくれたら一番楽だけど、なんか一部なら受け入れてもいいみたいなスタンスっぽいし、肝心なところで役に立たない。
私は、どうにかして一夜の体を守るべく、言い訳を考えた。
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