第六百三十九話:消えた一夜
「一夜!?」
しばしの放心の後、私は辺りを見回す。しかし、一夜の姿はどこにもない。
あのどさくさの隙に攫われた? となると、ジークさんが犯人?
……いや、仮にそうだとしても、私達に全く気付かれずに誘拐なんてできるわけない。
仮に、私やお兄ちゃん達が気付かなくても、姿の見えないアリアやミホさんに気づかれずにって言うのは不可能だろう。
同じように、一夜が何かに目移りして移動したとしても、気づくはずである。
一体、あの一瞬でどこへ消えたというのか。
「ルディ、いないの!?」
一夜のことをずっと見ていたであろうルディなら、何か知っているのではないかと呼びかけたが、反応がない。
一緒にどこかへ行ったのか? ルディがやられるとは思えないし、自分の意志でついていったのなら、まだ安心できるけど……。
「くっ、アリア、何か見てない?」
『ごめん、いつの間にかいなくなってて……』
「ミホさんは?」
『すいません、同じくです……』
念のため、店の人や、周りにいた人達にも聞いてみたけど、やはり誰も見ていないという。
先程のやり取りは、結構な注目を集めていた。
人通りが多いのに、かなり派手に謝罪していたからね。そりゃ人目も集まる。
しかし、それでも誰も見ていないということは、普通の方法で移動したわけではなさそうだ。
隠蔽魔法でも使われたか、それとも転移でもしたか。
いずれにしても、並大抵の相手ではなさそうだ。
『おーい、聞こえるー?』
「はっ、リク、あなたは見てませんか?」
『うん、まあね。だから落ち着きな?』
「これが落ち着いていられますか! 早く教えてください!」
『せっかちだなぁ。とりあえず、まだ危険はないと思うから落ち着きなって』
唯一、リクは何かを見たようだ。
私は、はやる気持ちを抑えるために、自分に鎮静魔法をかける。
落ち着け、ルディもついているはずだし、そうそう命の危険があるわけもない。
むしろ、ルディに攫われたという可能性の方が高そうだし、そっちを心配すべきだろう。
「……それで、どこに行ったんです?」
『場所だけ言うなら、あの洞窟だね』
「洞窟? 魔石の洞窟ですか?」
少し落ち着いたところで、聞きだしてみると、どうやら魔石の洞窟に向かったらしい。
確かに、あの洞窟は素晴らしい場所だし、また見てみたい気持ちもわからなくはないけど、だからと言って、一人で向かうのは不自然すぎる。
そもそも、誰にも見つからずに移動するのが不可能だし、それだけじゃ説明になっていない。
『どうやら、見せかけの呪文が使われたっぽいね。それと、精神感応も』
「どういうものなんですか?」
『見せかけの呪文は、対象を人々にとって取るに足らない何かに見せかけるものだよ。みんな、そこら辺に転がってる石ころがあっても、気にも留めないでしょ? そう言うこと』
「なるほど……」
全員気づかなかったのは、そうして意識をそらされたからってことか。
探知魔法が使える私ですら気づけないって、相当強力なものだね。
というか、呪文ということは、相手は別世界の魔術師? あるいは神様という可能性もあるか。
なんだか不穏な雰囲気になって来たな。
『精神感応は、要は精神に働きかけて、こうしなければならないって言う感情を植え付けること。ヒヨナは、それを受けて洞窟に行かなければならないって思ったんじゃないかな』
「いったい何のために……」
『一つ言えることは、これは僕らの世界の技術だから、どっかの神が関係してるんじゃないかってことだね』
ここにきて神様案件か……。
ルディの時もそうだったけど、一夜は神様に好かれる体質でもあるんだろうか?
どちらかというと厄介事を呼び寄せる性質と言った方がいいかもしれないけど。
もし、異世界の神様が関係しているのだとしたら、早く行かないとまずいことになるかもしれない。
わざわざ呼び寄せているということは、恐らくその洞窟に神様がいるのだろう。
あの時見た限りでは、何もいないように見えたけど、そうでもないと、わざわざ呼び寄せる理由がわからない。
とにかく、私達も行ってみる必要がありそうだ。
『まあ、心配しなくても、納骨堂が一緒に行ってるんだから、危険はないよ』
「だとしても、行かないわけにはいきません。すぐに向かいましょう」
私は、お兄ちゃん達に事情を説明し、魔石の洞窟へと向かう。
本来なら、また手続きをしなければならないけど、今回はそんな余裕もないので、隠密魔法ですっと入らせてもらうことにした。
洞窟の魔石が反応する可能性もあるけど、結界を併用すれば、無駄に魔力が漏れることはない。
そもそも、それで反応するなら、私は常に多少の魔力が漏れ出ている状態なので、何かしら反応しているはずである。
多分、意図的に触れでもしない限り、大丈夫のはずだ。
「この先かな……?」
このあたりから見せかけの呪文とやらが解け始めているのか、かすかに一夜の気配を感じる。
それを追いかけるように奥へ進んでいくと、やがてあの時の滝へと辿り着いた。
洞窟はここで行き止まりであり、周りには壁のところどころに生える魔石の結晶があるくらいで、道はないように見える。
一夜の気配もここで途切れているし、ここからどこへ行ったんだろうか?
『あそこ、あの壁に触れてみな?』
「これですか?」
リクの言うとおりに壁に触れてみると、そのまま手が壁に沈み込んでいった。
どうやら、これも見せかけの呪文の一種らしい。
見た目にはただの壁にしか見えないけど、どうやら先に続いているようだった。
見せかけの呪文、思ったよりも厄介である。
『ここまでくれば、相手も大体予想できるね』
「いったい誰なんですか?」
『んー、まあ、会えばわかるんじゃない? それよりも、ちょっと急がないとまずいかもしれないよ?』
「ど、どういうことです?」
『あいつ、信者を自分の一部にしちゃうから』
「ッ!?」
自分の一部にってことは、取り込まれるってことだよね?
そんなの、断じて許すわけにはいかない。
いくらルディが一緒にいるという安心感があるとしても、それでも心配の方が勝った。
私は、お兄ちゃん達と頷きあうと、通路の先へと走り出す。
通路は、洞窟内と同じように魔石の結晶が連なっていて、かなりとげとげしている。
落ち着いた状況であれば、神秘的だと喜べたかもしれないけど、今はそれどころではない。
夢中で走り続けると、やがて広い場所に出た。
辺りには、かすかに発光する魔石が散りばめられている。
そして、奥には、ひときわ巨大な魔石が鎮座していた。
見上げるほどに巨大なその魔石は、もはや魔石なのかと疑いたくなるような大きさで、見る者を圧倒した。
そんな巨大な魔石の前に、一夜とルディの姿がある。
ようやく見つけた!
私は、無事を確認すべく、すぐさま走り寄った。