第六百三十八話:報復?
土産物通りとは、観光客向けに作られた、お土産を扱う店が多数ある場所である。
観光客の大半がここを利用するので、人通りはとても多く、手を繋いでいないと迷子になってしまいそうだ。
今回の目的は、魔石の洞窟を見ることなので、すでに目的は達したし、後はお土産でも買って帰ろうと思うのだけど、何かいいものはないだろうか?
[こうしてみると、手作りの人形とか結構多い感じ?]
[そうだね。大きな商会が関わってるような工場で作られたものもあると思うけど、半分くらいは町の人の手作りだと思うよ]
観光地でよくあるのが、こうした手作りの商品を売っているお店である。
この町の場合、魔石の洞窟という特大の観光資源があるけれど、それに合せてものを売ることができれば、より利益を上げることができる。
しかし、資金力がある商会ならまだしも、ただの一般人にとってはなかなか恩恵を受けるのが難しい。
まあ、商会が潤えば、その分商品を安くしてくれるかもしれないし、それを買う人達にも恩恵が全くないというわけではないけれど、目に見えて感じられるほどではないだろう。
そう言った人達が、少しでも自分達の利益を上げるために、様々な工芸品を作り、それを売ることで恩恵を受けようとするわけだ。
所詮は素人の手作りなので、そこまで出来がいいものはないけれど、でも、他のお土産よりはかなり安価で入手できるし、旅の記念という意味では、なかなかいいものだったりする。
[なるほどねー]
[気に入ったのがあったら買ってみてもいいと思うよ]
[そう? じゃあ、これにしようかな]
そう言って、一夜が手に取ったのは、青い宝石がはまったペンダントだった。
よく見てみると、宝石というよりは、小さな魔石の欠片に青い塗料を塗ってるだけっぽいけど、チェーンは木を削ったものの割には模様の装飾が綺麗だし、悪くはないと思う。
ちょうど、ルディが贈ろうとしていたペンダントと少し形状が似ているね。
ちらりと、ルディがいるであろう空間を見てみたが、うっすらと黒い靄が漂っているのが見て取れた。
まあ、贈ろうとしていたものと同じようなものを買われたんじゃ、贈りづらくなるもんね。
何となく、こちらを睨んでいるような気がしないでもないけど、欲をかかずに、ただのタンクとしての機能だけをつけてくれるなら私も文句は言わないんだけどな。
『契約者よ、そちらのブローチ当たりの方がよくないだろうか?』
[え? ああ、これも可愛いね。どうしようかなぁ]
ちゃっかり、別のものを買うように誘導しているあたり、まだ諦めたわけではなさそうだ。
まあ、別に全部買ってもいいんだけどね。そんなに高くないし。
でも、それを言ったらまた睨まれそうなので、黙っておく。
「あ、い、いた! やっと見つけましたぞ!」
「え?」
そうして、買い物を楽しんでいると、不意に声をかけられた。
何事かと思って振り返ると、そこには護衛らしき人を引き連れた男性が立っていた。
この人、どこかで見たことがあるような? 一体誰だっただろうか。
「私はジーク。アレクス侯爵家の当主です」
「……私はハクと申します。どんな御用でしょうか?」
「ええ、実は、先ほどのことを謝りたく……」
「先程?」
どうやら、話を聞いてみると、先ほど洞窟で一悶着あった、あの少女の親らしい。
確かに、一緒にいたような記憶があるな。
もしかして、あの時の報復に来たんだろうか。
もうちょっと時間がかかると思ったんだけど、案外早かったな。
いやでも、謝るって言ってるし、報復ってわけではないのか?
あの少女もいないようだし、ちょっと予想と違う気がする。
「あなたが、かの有名なハク様だとはつゆ知らず、娘がご迷惑をおかけしました! この通り謝りますので、どうか、娘だけは助けていただきたい!」
「えっと、別に何もしませんよ?」
なんか、侯爵家の当主の割には、やたらと頭を下げてくると思ったけど、どうやら、私のことを護衛から聞いたらしい。
確かに、私は王都では有名人だし、その名声は、近隣国にまで届くほどである。
何かしらの形で、私のことを知ったとしても不思議はないけど、だとしてもこんな低姿勢になるのはおかしいような。
一応、王都を救った英雄とか言われているけど、私自身の肩書は、せいぜいBランク冒険者ってくらいだと思うんだけど?
「寛大なお心に感謝いたします! 娘にはきつく言っておきますので!」
「……謝罪は受け取りますけど、何をそんなに怯えているんですか?」
「それに関しては、私の方から」
そう言って、前に出てきたのは、護衛らしき人だった。
どうやら、この人は私の活躍をよく知っているらしく、ジークさんに洞窟でのことを話された時に、真っ先に私のことだとわかったらしい。
ジークさんは、ちょうど、娘さんから私や一夜に何か仕返しをしてやりたいと相談されていたこともあって、その話を詳しく聞いたようなのだけど、なにやら、私でも知りえないようなとんでもない噂も流れているようだった。
例えば、Aランク級の魔物すらも瞬殺できるだとか、ハクに手を出した人物は悉く出世の道を絶たれているだとか、そう言ったものである。
貴族にとって、冒険者は体のいい使い走りと認識している人も多いけど、そうして見下したら最後、逆に自分が破滅することになる。
そう言ったことを、護衛の人から言い聞かされたジークさんは、急に怖くなったようだ。
それと同時に、あの魔石の洞窟の価値も知り、もしあの時、娘に好きにさせていたら、家が破産するほどの賠償金を払わされていたかもしれないと知って、これは早いところ誠心誠意謝って、許しを請わなくてはいけないと思ったようだ。
だからこそ、こうやって必死になって頭を下げているわけだね。なるほどなるほど。
「まあ、あの洞窟の価値を理解して、今後私達に手を出さないのであれば、特に何もしませんよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
それにしても、私ってそんな危険人物に見えるんだろうか?
確かに、今まで私に嫌がらせしてきた相手は大体報復したし、破滅するって言うのもあながち間違いではない気もするけど、私はそこまで過激ではないつもりなんだけどな。
ジークさんは、その後も何度も謝った後、その場を去っていった。
それだけ破滅したくなかったってことなんだろうか。侯爵家の当主があんなに頭を下げるなんて、普通は絶対にありえないんだけどなぁ。
「お前も有名になったな」
「あんまり嬉しくないけどね」
なんか釈然としないけど、まあ、報復の心配がなくなったのなら別にいいか。
私は、ふぅと息をついて、一夜の方へと振り返る。
急なことでびっくりさせちゃったかなと思ったけど、振り返ったその先には、一夜の姿はなかった。
「え、一夜……?」
私は、しばらくの間、その事実を受けとめられずにいた。