第六百三十五話:観光地の名物?
それから、雑談をしながら飛び続けることしばし、ようやく目的の町へと辿り着いた。
この町は、森に接した場所にあり、元々は伐採キャンプとして作られた場所だったらしい。
しかし、その途中で例の洞窟を見つけたことで、観光資源として利用できないかと考え、それなりに長い時間をかけて、整備を整えて、今の大きな町になったようだ。
観光客を対象とした土産物通りもあったりして、なかなかに賑やかなので、そう言う面でも楽しめると思う。
私達は、一度近くに降り、徒歩で向かう。
隠密魔法で姿を消しているとはいえ、流石に竜がいきなり町の中に現れたら大パニックだろうしね。
門番に通行料を払えば、すぐに通ることができた。
[なんだか宿も豪華だねぇ]
[それだけ儲かってるんだろうね]
ひとまず、すでに日も暮れてきているので、宿を取ることにする。
人気の観光地ではあるけど、この時期は王都で闘技大会が開かれたりもするし、そちらに人が集まる関係で、多少客足が落ちるらしい。
まあ、それでもいくつかの宿は満室だったし、繁盛してるのは間違いなさそうだけどね。
以前、一夜は港町の宿屋に泊ったことがあったけど、あそこと比べると、かなり装飾は豪華である。
サービスも充実しているけど、その分値段も高いから、来るのはお金持ちくらいになりそうだけどね。
[お風呂もあるの?]
[あるみたいだよ。流石は高級宿だね]
一般的な宿だと、お風呂がついていないこともざらである。
そもそも、お風呂に入るってこと自体が一般的ではないからね。
コストもかかるし、毎日入れるのは貴族くらいしかいない。
一応、お風呂に入らない人のためにお湯を売っているようだけど、それだけで小銀貨がかかるほどに高かった。
お兄ちゃん達がいなければ、門前払いされてもおかしくないくらいの高級宿である。
[そんな高級宿に泊まって大丈夫なの?]
[お金の心配はしなくていいよ。これでも貴族だからね]
まあ、お金に関しては貴族云々というよりも、ホムラが見つけてくれたダンジョンの宝石のおかげなんだけど、それは言わなくてもいいだろう。
そう言えば、以前ホムラが見つけてくれた洞窟も、なかなかに神秘的だったよね。
流石に、道中でどうあがいても一夜が通れなさそうな場所があったから、あそこに連れて行くのは難しいと思うけど、確か写真を撮っていた気がする。
後で見せてみてもいいかもしれないね。
[じゃあ、お言葉に甘えておくね]
[うん。明日になったら、さっそく例の洞窟に向かおうか]
[うん! 楽しみだなぁ]
興奮も冷めやらぬまま、今日のところは眠りにつくことにする。
今回、私と一夜で二人部屋となったけど、なぜかルディがいるんだよね。
宿にチェックインする際は、姿を消していて、特に不審に思われなかったけど、こんなのが宿の中にいたら、誰かに見られた時に大惨事である。
人に見られると面倒なことになるのは承知しているのか、隠れる気はあるようだけど、だったらずっと姿を消していてくれないだろうか。
その姿を見ているだけでも、ぞわぞわとした気分になる。
『人々を狂気に落とし入れられたくなければ、ペンダントを渡してもらおう、というのも手か?』
「絶対にやめてくださいね」
『冗談だ。我とて、契約者の旅を邪魔したいとは思わない。うまく隠れるから、その辺は安心するがいい』
「だといいんですけどね……」
唐突に、周りの人々が自殺しようとしたら、こいつのせいだということは明白だから、咎めることはできるけど、そうなった時点でパニックに陥った人々を鎮めるのが難しいというのは難点である。
一夜に気を使っているのはわかるけど、ほんとに下手なことしないでよね?
不安に思いつつも、私もベッドに横になって目を閉じる。
さて、無事に観光できるといいのだけど。
翌日。私達は、さっそく例の洞窟に向かうことにした。
洞窟は、森の中にあるらしい。
元々、木を伐採するために森に赴いていた時に、たまたま見つけたものらしいのだけど、今ではすっかり道も整備されていて、魔物がやってくる心配もあまりないのだとか。
だから、道中で魔物に襲われるという心配はあまりしなくてよさそうだけど、洞窟に入るためには、町で手続きをする必要があるらしく、人気の観光地だけあって、結構待たされることになってしまった。
心配していた、ゴーレムが出て封鎖されるということにはなっていないようだけど、思いがけず暇になってしまったな。
[待ってる間暇だし、少し早いけど、お昼食べちゃおうか?]
[そうだね]
朝食は宿で済ませてきたけど、この調子だと、ちょうどお昼頃に私達の番が来そうな予感がする。
別に、お昼を食べないのは普通のことだし、それでもいいけど、せっかく観光地に来たんだから、名物でも食べていきたい。
というわけで、入場受付の近くに併設されているレストラン街で、お昼を食べることにした。
[何か食べたいものある?]
[うーん、特には思いつかないけど、何か珍しいものないかな]
きょろきょろと辺りを見回しながら何か目ぼしいものはないかと探す。
すると、一つ見覚えのあるものが目に入った。
店前の看板に描かれていた絵なのだけど、これってもしかして、カツ丼?
米を使った料理自体少し珍しいけど、まさかこんなところでお目にかかれるとは思わなかった。
[これってカツ丼? この世界にもあるんだね]
[まあ、似たようなのはあると思うけど、一般的ではないかもね]
そもそも、魔物の肉以外の肉は割と高級品だしね。
家畜はいるけど、魔物の影響もあって育てるのはなかなか難しいし、魔物の肉自体が安価だから、庶民が食べる機会はほとんどない。
別に、魔物の肉もそこまでまずくはないしね。まずいのもあるけど。
[ねぇ、せっかくだからここにしようよ!]
[まあ、私も気になるし、ここでいっか]
お兄ちゃん達にも確認したが、カツ丼はあちらの世界で知って、まだ食べたことがなかったらしいので、いい機会だということで、みんな同意してくれた。
あちらの世界と比べたらどうなるかわからないけど、ちょっと期待だね。
店の中に入り、席に着く。さっそくカツ丼らしきものを注文すると、しばらくして料理が提供された。
「おお、これは……」
[なんというか、べちゃッとしてる?]
想像していたカツ丼とは違い、カツがかなり黒かった。
恐らく、油が多すぎたんだろう。あるいは、揚げる時間が長すぎたか。
ここまで黒いってことは、肉の種類とかじゃなくて、多分だけど油を使いまわしている気がする。
なんか、あんまり食欲が沸かない色だけど、ほんとに大丈夫だろうか。
[ま、まあ、食べて見ないことにはわからないし……]
[お腹壊したらすぐに治してあげるからね]
一夜は、出された料理を残すわけにはいかないと、少し冷や汗を流しながらも食べる気のようだ。
まあ、仮にも観光地の料理なんだし、そう悪いことにはならないだろう。
私は、念のため治癒魔法を準備しながら、べちゃッとしたカツ丼を食べることにした。