第六百三十四話:ザ・ファンタジーとは
翌日。みんなで朝食を食べた後、さっそく出かける準備を整えた。
昨日一晩考えてみたけど、とりあえずそれっぽいところは絞り込めた。
そもそも、ザ・ファンタジーって何だって話ではあるけど、要は神秘的な場所ってことだろうと思う。
現実にはあり得ないような、不思議な空間。
あちらの世界でも、たまにテレビとかで絶景を特集していることがあるけど、ああいう見るだけで感動するような場所のことを指すんだと思う。
そう言う条件で、私の知っている場所となると、真っ先に浮かぶのは竜の谷なんだけど、あそこは一度行っているし、初見のような感動はないと思う。
となれば、後は今まで行ってきた観光地でそれっぽいところを探すしかない。
まあ、多分満足してもらえるだろう。
「みんな、準備はいい?」
「おう、いつでも行けるぜ」
「私も大丈夫」
「ふふ、一緒にお出かけなんて久しぶりだね」
今回は、お兄ちゃんとお姉ちゃん、そしてユーリも一緒である。
最初、ユーリはお留守番してもらう予定だったんだけど、一夜がせっかくだから一緒に行こうと誘ったこともあり、行動を共にすることになったわけだ。
アリア達も含めると、結構な人数になるけど、まあ、いつもこのメンバーであちらの世界に渡っているわけだし、今更ではあるだろう。
[一夜もいいよね?]
[うん! どんなところなのかなぁ]
『我も問題ない』
「……ルディはついてこなくてもいいんですけど、まあ、今更ですね」
今回の旅で最も異質なのは、やはりルディだろう。
一夜がまったく気にしていないから忘れそうになるけど、ルディは近くにいるだけでも正気を削られるようなとんでもないプレッシャーがある。
それに当てられた者は、無意識のうちに死を選ぶくらいには、強力なものだ。
今はまだ、姿も小さいし、何より、初見ではないから多少慣れてはいるけど、それでも一緒にいたいとは思えないものである。
あえて、みんな何も言わないけど、みんなついてきてほしくないと思っていることだろう。
一夜が行く限りは、絶対に離れないだろうけどね。
私は、小さくため息をつきつつ、庭に出る。
今回は、竜の翼を使って移動することにした。
すでに行ったことのある場所だから、転移でも行くことができるけど、ルディと一緒に転移するとなると、どうなるかわからないからね。
いや、別にただ転移する分には何もないと思うけど、ルディが要らぬことをして面倒なことになる可能性は捨てきれない。
元々、そこまで遠い場所でもないし、だったら最初から竜の翼で行った方が、確実で面倒がないと思ったのだ。
「それじゃあ、エル、お願いね」
「お任せください」
エルは、私の声に竜の姿へと変身する。
全員乗り込むと、隠密魔法で姿を消し、いざ出発の時だ。
「それじゃあ、出発!」
私の掛け声に、エルは翼を広げて飛び立つ。
見る見るうちに高度が上がり、眼下の町が小さくなっていった。
[わぁ、やっぱり凄いね!]
エルの竜姿に、一夜は大はしゃぎである。
まあ、竜に乗るなんて体験、普通はできないだろうしね。
エルは背に乗るルディを気にしつつも、そのまま目的地に向けて進路を取る。
竜の翼なら、一日もかからないとは思うけど、着く頃には夕方になりそうだから、早々に宿を取らないといけないね。
[できればハク兄の背に乗りたかったけど]
[エルじゃ不満なの?]
[ううん、そう言うわけじゃないけど、やっぱりハク兄の方が安心するなって]
以前来た時に、少しだけ背に乗せたことがあったけど、あの時の体験が忘れられないらしい。
別に、同じ竜の背ならエルでも問題ないと思うけど、何か違うんだろうか?
今回はみんながいるから、万が一落としたとしても何とかしてくれるという安心感があるし、別に私が乗せてもいいけど、移動はできればエルに任せたい。
その方が、エルも喜ぶしね。
[じゃあ、帰りは私が乗せるよ]
[ほんと? 楽しみだなぁ!]
はしゃぐ一夜を見ると、なんとなくほっこりした気分になる。
昔は、一夜と共に色々なことをしたものだけど、その原動力は、一夜の笑顔を見たいから、だった気がする。
私より優秀な妹ではあるけど、それでも兄として、頼られたいって気持ちはあったからね。
今は色々複雑な気持ちもあるけど、できれば喜ぶことをしてあげたいね。
[ところで、今から行く場所はどんなところなの?]
[ああ、うん。着くまで暇だし、ちょっと解説しておこうか]
一夜に問われ、私は今回の目的地の説明をする。
ザ・ファンタジーと言えるような幻想的な風景を思い浮かべた時に、真っ先に浮かんだのは、湖だった。
自然に囲まれた、神秘的な湖。それは、現代社会ではまずお目にかかれない光景だし、ファンタジーらしい光景ではあるだろう。
ただ、いくら見る機会が少ないとは言っても、絶対ではない。特に、巨大な湖を要する県だってあるし、ただの湖ではファンタジー感は薄くなるかもしれない。
だから、もっとファンタジーらしいものということで、次に思いついたのが、魔石だった。
本来、魔石は、魔物から手に入れる以外だと、採掘をして手に入れるのが一般的だけど、ごくまれに、急成長して、洞窟を覆い尽くすような現象が起こることがある。
高純度の魔力に当てられた影響とか、魔物が関係しているとか、色々説はあるけど、そうして作られた魔石は、とても巨大で、且つ澄んだ色をしているのが特徴的だ。
よく、ゲームとかに登場するような、よくわからないけど、神秘的な力を蓄えている石がたくさん露出している洞窟、みたいな感じで、あれならファンタジーらしいのではないかと思った次第である。
純粋な現象として見ても、かなり珍しいものらしいしね。
魔力溜まりくらい濃い魔力がないとそうはならないし、そんな高濃度の魔力がある場所は人は近づけないことが多いので、見つからない場合が大半である。
そんな中で、偶然見つけて、且つ観光地として利用している場所は相当珍しく、以前サリアと行った時は、その光景に圧倒されたものだ。
[へぇ、確かに聞いた限りだとファンタジーっぽいかも]
[想像以上に綺麗な場所ではあると思うよ。イメージとしては、鍾乳洞が近いかも?]
[自然の神秘って奴? 確かに感動するものだよね]
早くもわくわくしている様子の一夜に、これはしっかり見せてあげたいと思った。
ただ、一つ心配なのは、その場所は定期的にゴーレムが沸くってことなんだよね。
ゴーレムは、自然の魔石が意思を持って形を成すものだから、そう言う魔力濃度が高い魔石がたくさんある場所には、当然ながら出現する可能性が高い。
いつもは、町の人達が討伐しているみたいだけど、討伐している間は立ち入り禁止になることも多いみたいなので、それだけが心配だね、
私は、以前のことを思い出しながら、不運に見舞われないことを祈った。
感想ありがとうございます。