第六百三十三話:ルディの眷属
[じゃあ、やって見るね]
私の言葉を受けて、一夜は呪文を詠唱する。
すると、周囲の地面に、光の輪ようなものが出現し、そこから複数の何かがせり上がってきた。
それは、豚のような鼻を持つ人型の生物だった。
腰は曲がり、手は蹄のようになっていて、足は犬のような関節を持っている。
かすかな腐臭を漂わせるその生物は、一斉に一夜の方を向き、次いでその近くにいるルディを目視すると、跪く。
どうやら、眷属というのは間違いないらしい。
少し、いやかなりグロテスクな見た目ではあるけど、こんなものを見て一夜は大丈夫だろうか?
私は、一夜の方を見る。
意外にも、一夜は全然堪えた様子はなかった。
興味深そうに近づき、その鼻を軽く触るくらいには余裕の表情である。
肝が据わりすぎてない?
竜のようなプレッシャーがないからというのはあるかもしれないけど、普通はこの見た目ならびっくりすると思うんだけど。
[これがルディの眷属? 案外人に近い見た目だね]
『元は人だったからな。一部の信者が、我の伝えた呪文によって姿を変え、眷属として仕えているというわけだ』
[なるほどね。危険はないんだよね?]
『さっきも言ったが、我が愛し子に仇成すような輩はいない。もしそんなことをする奴がいたら、この世からいなくなることになるだろう』
[それはちょっと可哀そうな気もするけど……]
当人は暢気に話しているし、私が気にしすぎなんだろうか。
こっそり、エルに意見を聞いてみたけど、やはり醜悪な見た目であるのは間違いないらしい。
ルディのせいで感覚がマヒしてるんだろうか。私は一夜が心配である。
「命令は何でも聞くらしいですけど、ほんとにどんなことでもできるんですか?」
『限度はある。いつもは、放置された死体を貪り、その骨を回収する役目を負っているが、難しいことはできない』
例えば、一緒に戦えと言ったら戦ってくれはするが、ゾンビよろしく突撃するくらいしかできないらしい。
一応、棍棒くらいなら持つことはできるらしいけど、それでも雑に振り回す程度。
魔法を教えて、一緒に魔法を撃つとか、そう言うことはできないらしい。
まあ、知能が低いらしいし、あまり難しい命令は理解できないってことなんだろうね。
[帰す時はどうしたらいいの?]
『呪文を逆に唱えればいい。それがそのまま退散の呪文になる』
[わかった、やって見るね]
そう言って、一夜は呪文を唱え始める。
呪文を逆に唱えるって、結構難しいと思うけど、一言一句逆に唱えるんじゃなくて、ある一節ごとに逆に唱えればいいらしいので、慣れればそう難しくはないのだとか。
と言っても、一夜はこの呪文は初めてである。
覚えているだけ凄いけど、スムーズに唱えるのは難しく、時折つっかえながら詠唱していた。
しかし、それでも効果はあったのか、出てきた時と同じように、足元に光の輪が出現し、そこに沈み込んで姿を消す。
どうやら無事に退散できたようだ。
[ふぅ、できた]
『やはり筋がいい。魔法などよりも、呪文に力を入れるべきだろう』
「それとこれとは別問題な気がするけど」
ルディが甘いだけなのか、本当にそうなのかはわからないけど、一夜は魔術師としての才能があるらしい。
魔法に関しては、魔力が少ないのも相まって、なかなか使いこなせていない様子だったけど、呪文の方は、確かに結構使いこなしているように見える。
元々、一夜の記憶力がいいのもあるんだろう。あんな呪文を、いちいち覚えているだけでも凄いし。
でもそれは、ルディが精神力を肩代わりしているからというのはある。
もし、それらの補助がなければ、ここまで連発はできないだろう。
威力という意味では、呪文の方が強いのかもしれないけど、魔法だって負けてはいないはずだ。
[とまあ、こんな感じなんだけど、どうだった? なかなか凄いでしょう?]
[まあ、凄いとは思うよ。私でも察知できないものもあったし]
その後も、いくつかの呪文を見せてもらった後、一夜は得意げに鼻を鳴らしながら感想を聞いてくる。
呪文は、総じて詠唱を必要とし、即効性はないけれど、効果はそれなりに高いものが多かった。
ルディの補助がない場合はどの程度できるのかはわからないけど、それでもこれだけの種類を扱えるのは素直に凄いと思うし、汎用性も高そうである。
あちらの世界で使うにはちょっと危険なものも多かったから、使うにしてもこちらの世界限定にした方がよさそうだけどね。
こちらの世界でなら、ルディの補助もあるし、精神力を使い果たして気絶なんてことにもならないだろう。
危ないからと禁止にしたけど、自衛という意味で使うなら、少しはいいかもしれない。
[ふふ、頑張って練習した甲斐があったね]
『契約者は筋がいい。魔術師として大成するのも時間の問題だろう』
[どうかな、これまだ使っちゃダメ?]
[うーん、こっちの世界でだけならいい、かな……]
[やった!]
[ただし、あちらの世界では絶対使っちゃだめだよ?]
[わかってるよ]
まあ、少し心配ではあるけど、一夜が自衛の手段を覚えたのは悪いことではない。
もちろん、クイーンのような神様相手にはあまり意味がないだろうけど、万が一魔物とか盗賊とかに襲われた時くらいなら役に立つかもしれないし。
「色々やってたらもう夕方になってきちゃったね」
魔法やら呪文やらの確認で、すっかり日も落ちてきてしまった。
今日のところは、もう出かけることはないと思うけど、これからどうしようかな。
[一夜、どこか行きたいところある?]
[うーん、そうだなぁ……]
一夜は、少し悩むように口元に手を当てている。
そうして、何かに思い至ったのか、手をポンと叩いて口を開いた。
[こう、ザ・ファンタジーみたいなところってない?]
[ザ・ファンタジー、ねぇ……]
まあ、言いたいことはわかる。
元々、一夜は『Vファンタジー』という、ファンタジーを専門に扱う企業の所属だし、自身もそう言うことに興味がある。
以前来た時は、その辺の街並みとかを写真に収めたわけだけど、ファンタジー感はあっても、世界中探せばどこかにあるかもしれないという風景でもあった。
まあ、強いて言うなら魔物とかはファンタジー成分多めな気がするけど、それ以外で、もっとそれっぽいところを見たいってことだろう。
うーん、どんなところがいいだろうか。いくつか候補はあるけど、一夜が満足してくれるかどうか。
私は、なるべく要望に応えるためにも、頭の中で候補を絞るのだった。
感想ありがとうございます。