第六百三十二話:いろんな呪文
[どれから見せようかなぁ]
[呪文って、攻撃系のものもあるの?]
[あるよ? じゃあ、まずはそれを見せようか]
そう言って、一夜は庭にある的の前に立つ。
そして、ぶつぶつとなにやら唱え始めると、そっと的に向かって手を伸ばした。
詠唱が完了した瞬間、的の一部が浅く切り裂かれる。
今のが攻撃? 一体何をしたんだろうか。
[不可視の刃を放つ呪文だよ。まあ、まだ慣れてないから威力はお察しだけど]
[いや、あの的を傷つけられるだけでも十分凄いと思うよ]
あの的は、お姉ちゃんが訓練に使うためのものなので、かなり頑丈に作られている。
剣で切りつけたとしても浅く傷がつく程度だろう。
まあ、本気で攻撃すれば、お姉ちゃんなら切り裂けそうではあるけど、逆に言えば、本気を出していないお姉ちゃんと同じくらいの威力を出したわけだ。
見た限りでは、何が起こったのかわからなかった。
呪文が途切れたから、あの瞬間に攻撃が放たれたんだなということはわかるけど、不可視の刃の名の通り、全く見えなかった。
見えない攻撃というだけでもかなり有用そうだけど、これ人に向けたらやばそうだよね。
こちらの世界ならまだ問題にならないかもしれないけど、あちらの世界だと普通に危なそう。
[それから、これもだね]
再び、一夜が詠唱をすると、今度は的が大きく後ろにのけぞった。
かなりの衝撃だったのか、支柱となっている棒がぎしぎしと悲鳴を上げている。
また見えない攻撃っぽいけど、今度はどんなものなんだろうか?
[これは不可視の拳をぶつける呪文。威力的には、さっきのよりも高いかな]
[見えない攻撃ばっかりだね]
[それは私も思ったけど、でも、見えない攻撃ってかっこよくない?]
[まあ……]
私としては、派手なエフェクトがあるのも好きだけど、実用性を考えるなら、見えない攻撃というのはかなり強いと思う。
見えなければ、回避も難しいわけだしね。
呪文を唱える関係上、かなりの隙を晒すことにはなるけど、通せさえすれば、相手は何もわからないまま倒れることになる。
[コストを考えると、この呪文はあんまり使えないらしいんだけど、今はルディが力を貸してくれてるからね。うまくできてよかったよ]
『素晴らしい腕だ。一流の魔術師となるのも時間の問題だな』
正確に呪文を発動させている一夜の姿に、ルディもご満悦のようである。
しかし、思ったよりも呪文というのは威力が高いようだ。
先程の不可視の刃をこちらの世界の魔法に置き換えるなら、私が使う水の刃が似ているだろうか?
私の場合は、改良に改良を重ねて威力もかなり上がっているから、そこは違うけれど、一般的なウォーターボールと比べても、遜色ないダメージを出していると思う。
拳の方に至っては、ボール系を超えて、ウェポン系の威力もあるだろう。
消費魔力がどれくらいかはわからないけど、もしかしたら、普通に魔法を放つよりも低コストで使うこともできるかもしれない。
詠唱が必要というのがネックだけどね。
[後は、防御系の呪文もあるよ]
そう言って、次に披露してくれたのは、障壁を張る呪文だった。
壁のような形状の障壁を、自由な場所に張ることができるらしい。
私が使う、結界と似たようなものかな?
違うところは、一度発動させてしまえば、維持の必要がないということ。
壊れるまでは、ずっとその場に残り続けるから、バリケードなどにするにはちょうどいい呪文である。
[これは本来、重要な拠点とかを守るための呪文らしいんだけど、出力を抑えれば、身を守るのにも使えるみたい]
[強度はどの程度なの?]
[さあ、それは試してないからわからないかな。実際にやって見たらいいんじゃない?]
[じゃあ、やってみようか]
とりあえず、実際にどれくらいの強度があるのか試してみることにする。
まず試すのはウォーターボール。いつも使っている水の刃だと、流石にすぐに壊れてしまいそうな気がするから、一般的な出力に抑えたものだ。
攻撃が当たると、バシュッと音を立てて水の球は消えてなくなる。
障壁は、未だに健在のようだ。流石に、威力が弱すぎたか?
[ウォーターボールを防げるだけでも割と頑丈ではあるよね]
これは初級魔法に当たるけど、最も使われる魔法でもある。
魔法には分類があり、初級、中級、上級と色々あるけど、強力な魔法になるほど、消費する魔力は上がっていく。
初級魔法でも、人に直撃すれば命を奪うほどの威力があるから、コスパを考えると、初級魔法を使うのが一番楽なのだ。
もちろん、より殺傷力のあるウェポン系魔法とかを使った方が致命傷は与えられると思うけど、そんな魔法を何十発も連続で放てる魔術師はあまりいない。
魔法騎士とかになれば、それくらいできる人もいるかもしれないけどね。
[もうちょっと威力を上げて……]
少しずつ威力を上げながら、攻撃を繰り返す。
しばらくして、パリンと音を立てて砕けたけど、結構な攻撃を防いでいたな。
流石に、ウェポン系魔法を使えば簡単に壊れてしまうようだけど、ボール系魔法くらいだったら、余裕で耐えることができるようである。
こちらの世界に来る前に見せてもらった攻撃をそらす呪文といい、何気に強力なものが揃っている。
『その障壁は捧げる精神力によって強度が変化する。今回は、我が力を貸しているから、普段よりも強力になっていると言っていいだろう』
「つまり、本来はもっと脆いってことですか?」
『うむ。まあ、精神力のタンクがあれば、気にしなくてもいい問題ではあるがな』
「まだ気にしてたんですか」
捧げる精神力、要は魔力の量によって強度が変わるということは、たくさん使えば強固なものになるのは当たり前である。
一夜の魔力はかなり少ないけど、精神力は魔力とは似て非なるものみたいで、精神力はそれなりにあるから、これくらいの障壁も張ろうと思えば張れるけど、精神力を使い果たしてしまいかねない。
だから、タンクがあれば安心だというのはわかるけど、その裏でいつでも一夜の下に行きたいというのが見え見えである。
せめて、純粋なタンクを用意してくれるというなら歓迎するんだけどね。
[ああ、あと一つ試してないのがあるんだけど……]
[どんな呪文?]
[ルディの眷属を召喚するって呪文。流石に、まずいかなぁと思って使わなかったんだよね]
[召喚の呪文……]
それって、要はクイーンが神々を呼び出したようなものってことだよね?
眷属というのはよくわからないけど、タクワを思い出せば、確かに眷属らしきものを引き連れていた記憶はある。
ああいう奴らを呼び出せると考えると、確かにあちらの世界で使ったら大パニックだろう。
そもそも、ルディの眷属なら、一夜の言うことを聞いてくれるかもわからないし、やらなくて正解である。
私は、ちらりとルディの方を見る。しかし、ルディは何が悪いのかわからないと言った様子で、淡々と口を開いた。
『我の眷属は、腐肉を食らう者。朽ちた死体を貪り、その骨を回収する者だ。知能は低いが、命令したことは何でもこなす、従順な奴らだぞ』
「それ、一夜が命令しても聞くんですか?」
『我が愛し子の願いとあらば、聞くだろう。もとより、奴らが興味があるのは死体だけだ。生者に興味はない』
「うーん……」
だとしても心配だけど……でも、人手を増やせるという意味なら、悪くないものなのかもしれない。
とりあえず、今なら親玉であるルディもいるし、そう悪いことにはならないだろう。
いざという時に使えるかどうかを判断するためにも、一度召喚してみるのもありかもしれない。
そう結論付けて、私は一夜にその呪文を使ってみるように促した。
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