幕間:ハクとデート(後編)
オルフェス王国の王子アルトの視点です。
空は晴れ渡り、雲一つない快晴。これから町に繰り出すにはもってこいの日和だ。
今日は待ちに待ったハクとのデートの日。てっきりサフィが一緒に来ると思っていたのだが、そこは気を利かせてくれたのか、ハクと二人っきりで出かけることになった。
ハクを誘った時は相変わらずの無表情で感情は読めなかったが、特に悩むこともなくいくと了承してくれたのでサフィの言う通り、あまり気にしていないのかもしれない。
朝食を食べ、身だしなみを整えてから共に城の門を出る。
今日のハクの姿はいつもと違い、白のワンピースを着ていた。
以前着ていた服は翼の影響で派手に破れてしまい、使えなくなってしまったらしい。新しく買ったようだったが、共についていったサフィが色々買い足したようだ。
「ハク、その服、似合っているぞ」
「そうですか? ありがとうございます」
これは本心だ。ハクはいつも旅人風の地味目な服を着ていたが、こうして明るい色の服を着ていると年相応の可愛らしさがある。元々妖精のような可愛らしさはあったが、ますますその印象が強くなった。
当の本人はお礼を言いつつもあまり乗り気ではない様子。私と一緒にいるのが嫌だというよりは、自分の格好を気にしているようだった。
ハクは割とおとなしい性格だから注目されるのは苦手なのかもしれない。しきりに自分を見返していた。
「そういえば、翼は大丈夫なのか? 見えないようだが」
「ああ、なんだか引っ込みました」
「引っ込んだ? なくなったのか?」
「はい。でも、多分出そうと思えば出せます」
ここ数日、ハクは色々と試行錯誤していたらしい。魔力溜まりの魔力によって作られているなら魔力切れになるまで魔力を消費すれば消えるのではないかとか。
その一環として町の工房に頻繁に出入りしていたようだったが、その内自在に出し入れできるようになったらしい。
完全に消えるのではなく、出し入れできる。魔力溜まりの魔力をすべて消費したにもかかわらず残っているということは、やはりハクは竜人なのかもしれない。ただ、竜人でも翼を自在に出し入れはできなかったと思うのだが……竜は人に化けることが出来、その際には翼の有無は自由に選べたらしいが。
翼で飛ぶこと自体はハクはかなり気に入っていたようだが、日常生活での不便が多く、その点では不満だったらしい。こうして自在に出し入れできるようになり、ハクとしても都合がいいと思っているようだ。
「それより、今日はどこに案内してくれるんですか?」
「ああ、それなんだが、東の方に錬金術師達が作った庭園があるらしい。そこに行ってみようと思う」
サフィに諭され、デートをしようとなってから皇都の観光スポットについてざっと調べてみた。だが、見所と言えば鉱山や鍛冶屋、錬金術師の工房など実用的なものしかなく、女性を連れていけるような場所はあまりなかった。
いや、ハクならばそう言ったものでも喜ぶかもしれない。サフィにハクの好みを聞いてみたが、ポーション作りや魔道具作りに興味があると言っていた。逆に服装とかにはあまり興味がないらしく、町でショッピングという計画はそれで崩れてしまった。
なんというか、ハクはあまり女の子らしくない。辺境の村の生まれというからそういったものに使うお金も施設もなかったからかもしれないが、あまりにもお洒落に無頓着だ。今着ている服だってサフィが選んだものらしい。
ハクが興味を示すような数少ない観光スポットの中からこれならと思ったのが庭園。この庭園は錬金術師達が研究の一環として作ったものらしく、季節を問わず様々な花が見られるのだ。
以前、王城の庭を見せた時にハクは興味を示していたし、花ならば少しは興味があるのではと思った次第。さて、この予想が当たっているといいのだが……。
ちらりとハクを見てみたが、やはり表情は変わらない。返事もそっけなく、「そうですか」としか言ってくれなかった。
これは期待外れで呆れているのか、それともただ単に感情が死んでいるだけなのかわからない。そういうところはハクは読みにくすぎる。
ついてきてはくれるようなので、興味がないわけではないと思いたい。
「では行こうか」
「はい」
さりげなく手を出してみたが、ハクはしばらく悩んだ後おずおずと手を取った。
……やっぱり嫌われてるんじゃないか?
不安に思いながらもハクに合わせて歩き、庭園へと向かった。
錬金術師達の庭園。元々は実験施設だったようだが、その美しさから一般にも公開されるようになり、今では多くの人が訪れている。
硝子に囲まれた室内には色とりどりの花々が咲き乱れ、入り口から吹き抜ける風が花びらを揺らしていた。
「おお……」
「これは中々だな」
話に聞いていただけなので私も見るのは初めてだが、私の庭に負けず劣らずの美しさだ。
恐らくどの季節でも対応できるように手を加えているのだろう。今は夏だが、夏では見られない花もいくつかある。
「温室ですか。でもこれ、花の色が違うような?」
「それは実験でできた産物だそうだ。その種類だけでも五色はあるとか」
「へぇ」
下調べはきっちりしてある。錬金術についてはさっぱりだが、調べた知識を披露するくらいなら私でも容易だ。
ハクはしゃがみこんで花をじっと見ている。思ったよりは高評価のようだ。
「お詳しいですね」
「まあな。少しは気に入ってくれたか?」
「はい、素晴らしいと思います」
変わらぬ表情、抑揚のない声。本当に褒められているのか不安になる。
だが、今更引くわけにもいかない。この調子で今日のデートを成功させなければ。
その後昼食を挟み、様々な観光スポットを巡った。
一番の見所を最初に持ってきてしまったのは少し失敗だったかと思ったが、場所の関係上、ルートを組むとここが一番最初になってしまうのだ。
とはいえ、悪いことばかりでもない。ハクが意外にも乗り気だったのだ。
最初は嫌われているのではないかと思い距離を測りあぐねていたが、手を差し出せば多少逡巡するものの取ってくれるし、口説いてみればそっけないがお礼を言ってくれる。食事の時なんかは調子に乗って食べさせ合いなんかもしてみたが、一応応じてくれた。
いつもなら恥ずかしがって絶対やってくれないようなことだが、なぜか今日は色々やってくれる。ハクも意外にこのデートを楽しんでくれているのかもしれない。
後半になるとすっかりハクへの不信感もなくなり、自信が持てるようになってきた。
日も落ちてきて、残すところはあと一か所。皇都を一望できるという高台だ。辺りが暗くなり、光の魔石に魔力を通して明かりをつけ始める頃合い、明りに照らされた皇都の光景はとても美しく、恋人同士で見るにはうってつけの場所だった。
本当はそこまでする気はなかったが、ここまでハクが乗り気なのだ、試してみてもいいだろう。
ここでもう一度告白をし、ハクを我が物に……。
期待に胸を膨らませつつ、件の高台へと向かう。時間計算もばっちりで、明かりが灯り始めた夜景は噂の通り美しいものだった。
「綺麗ですね」
「ああ。だが、ハク。君の方がもっと綺麗だよ」
「……ありがとうございます」
照れているのか、ハクの顔が赤い。なるほど、表情は変わらなくてもちゃんと感情はあるのだな。
なぜこうも表情が変わらないのかはわからないが、サフィによれば前からこうだったらしい。体質なのだろうか、これが表情豊かだったらどれだけ愛らしいかと思うと残念でならないが、無表情だからこその大人びた雰囲気なのかもしれない。
少し疲れたのか、ふらふらと揺れる身体を支えながら共に夜景を堪能する。
「今日は楽しかったか?」
「……はい、意外に楽しめました」
ハクが肩をそっと預けてくる。
ムードはばっちり。後は告白するだけだ。一度呼吸を整えて、ハクの肩を抱きながら自然に話し出す。
「私も楽しかった。ハク、やはり君は私にとっての運命の人だ。たとえ翼が生えていようともそれは変わらない。出来ることならこれからも僕の傍で一緒にいて欲しい。どうか、私の我儘を聞いてくれるかい?」
「……」
「……ハク?」
少し功を急ぎすぎただろうか、一向に返事がない。格好つけた手前、今更引くわけにもいかない。これで断られるならまだ自分の魅力を発揮できていなかったのだと諦められるだろう。次に生かせばいいだけの話だ。
だが、返事がないのはどういう意味だろうか。嫌すぎて言葉も出ないということだろうか、だとしたら少し心に来るものがあるが……。
ちらりとハクの様子を窺ってみると、荒い呼吸を繰り返すハクの姿が目に入った。
これはどうしたことだろう。明らかに様子がおかしい。確かにハクは体力がないが、先程までここまで息は荒くなかったはずだ。
思わず振り向いたのとハクがその場に崩れ落ちたのは同時だった。
「ハク!?」
とっさに抱きとめる。立ち眩み? いや違う。嫌な予感がして額に手を当てると、かなり熱かった。
なんだこの熱は!?
「ハク! しっかりしろ!」
ゆすってみても反応は薄い。あんな高熱なのだ、もう動く気力も残っていないのかもしれない。
……まさか、朝からずっと?
思えばハクの様子は少しおかしかった。リードも私に任せていたし、基本的に受け身に徹していた。私に気を使ってくれているのかと思っていたが、そんな元気もなかったのだとしたら……。
顔が赤かったのも照れていたのではなく、熱に浮かされているのだとしたら説明がつく。くそ、なんで早く気付かなかったんだ!
「と、とにかく戻らねば!」
抱き上げたハクの身体は非常に軽かった。
史上最年少のBランク冒険者。王都の危機を救った英雄であり、ゴーフェンの鉱山に巣くう脅威を退けた強者。しかしその実態は年端もいかないただの少女なのだ。
ハクは体力がないと言っていた。高い実力を持つから忘れそうになるが、ハクは虚弱なのだ。ただでさえ、ギガントゴーレムというAランクの魔物を五体も狩った挙句、落石で大怪我までして、その上魔力を大量に消費していたのだ。これだけ揃えば体調を崩しても何らおかしくない。
ハクとデートなどと言って浮かれていた私の管理不足だ。
歯噛みする思いで城まで帰り、医師を呼んでもらう。ちょうど談話室で談笑していたサフィやアグニス、バルト皇帝まで巻き込んでその場は騒然となった。
「ハクの様子はどうだ?」
急いで部屋に寝かせ、医師による診察が行われた。
医師によれば、魔力を急激に消耗したことによる体調の乱れだと言っていた。
魔法を使う際、上級魔法のような使用魔力量が多い魔法を連発すると立ち眩みのような症状を起こすことがある。今回はそれの酷い版で、主に子供によく見られる症状なのだとか。
今まで魔力切れまで魔法を使うという無茶をだいぶしてきたようだったが、そのつけが回ってきたのかもしれない。しばらく安静にしていれば治ると聞き、ひとまずは安心した。
「ひとまずは大丈夫のようです。お騒がせしました」
「いやなに、余にとってもハクは恩人だからな。これくらいは当然のことだ」
バルト皇帝も心配して様子を見に来てくれた。
なぜもっと早く気づけなかったのか、デートと浮かれていた自分を殴ってやりたい。いくらハクが無表情とは言っても、気づける場面はいくらでもあっただろうに。
「まあ、あまり気を落とさないで? 多分こうなるとは思ってたから」
「どういうことだ?」
おかしなことを言うサフィが口を開く。
というのも、ハクはデートの以前から少し体調が悪かったらしい。しかし、私があまりにも楽しみにしている様子だったから断るわけにもいかず、無理をして参加していたのだとか。
「あの子、妙なところで律儀だから。一応、止めたんですけどね」
「そうだったのか……」
好きでもない男のことなど放っておけばよかっただろうに、ハクの気づかいに胸が締め付けられる。
「でも、ハクも楽しみにしてたみたいですよ? 今回のデート」
「そうか……」
それで倒れていては意味がないだろうに。
静かに寝息を立てるハクを見る。いつもの無表情もそそるものがあるが、寝顔はより一層美しい。まさに天使が舞い降りたとでもいうべき愛らしさだ。
ハクを自分のものにしたい。出会った時からそれだけを考えていたが、それではダメなのかもしれない。
私の好意は間違いなくハクに伝わっている。デートを楽しみにしてくれていたというのがいい証拠だ。だが、そこには越えられない一線がある。
それが何であるかはわからない。しかし、それに気づけなければハクは一生私に靡くことはないだろう。ハクのことを理解し、寄り添わなければ私の望む未来は永遠に手に入らない。
「ハク……」
ならば見つけてみせよう。ハクが振り向いてくれるその時まで、真摯であり続けよう。
新たな決意を胸に秘め、ハクの目覚めを待つことにした。
感想、誤字報告ありがとうございます。