第六百二十八話:初魔法
[ねえ、今の何?]
[あ、えっとね……]
話が終わった後、一夜に問い詰められた。
当たり前ではあるけど、一夜にもリクのことは話していない。
だって、病原体の王様みたいな奴を自分の体で住まわせているなんて言ったら、距離を置かれかねないし、そうでなくても、異世界の神様のことを伝える気にもなれなかった。
あちらの世界では、あちらの世界でしかできない体験をしたいし、何より、一夜には、そう言うことにあまり関わらないでほしいからね。
こちらの世界に来て、異世界要素に触れるだけでも結構なことなのに、さらに神様とかに関わらせたくない。
[私とルディみたいな関係ってこと?]
[いや、どっちかって言うと弄ばれてるけどね……]
ここまで来た以上は隠しようもないので、軽く説明する。
どこをどう勘違いしたのか、私とリクは仲がいいみたいな解釈をしているけど、そんなことはない。
私とリクの関係は、あくまで契約によるものであり、友情のような感情はない。
特に、リクは竜珠の機能を好き勝手にいじれることを利用して、私の体を弄んでくるからね。完全におもちゃとしてしか見られてないだろう。
[神様も案外フレンドリーなんだねぇ]
[絶対違うと思う]
なんか、一夜が舐めた発言までし始めて少し心配である。
確かに、神様は割と話せばわかってくれるのもいるけど、基本的には人間とは違う尺度で物事を見ている。
リクだって、病原体を広める過程で人が死んでも何とも思っていないしね。
むしろ、ルディとかが異常なだけだと思う。ここまで礼儀正しい神様もそういないだろう。
それでも、我を通そうとしてくるのは怖いけど。
[それより、今回はどうする?]
[うーん、どうしようかなぁ]
一夜にとって、今回で二回目の異世界なわけだけど、特にやりたいことが明確に決まっているわけではない。
言うなれば観光であり、ファンタジーらしい部分に触れられればいいと思っている。
しかし、それらは前回の時点でそれなりにやっており、今更やるようなことはあるのかという話だ。
もちろん、観光地というだけなら、他にも色々あるし、そこを案内するのは問題ないけど、何かやりたいことはないんだろうか?
[あ、そうだ、魔法を使ってみたい!]
[ああ、そう言えば前回は使わなかったね]
元々、こちらの世界に来たら、魔法を使えるのではないかという話はしていた。
前回は、結局できずじまいだったけど、今なら魔力もわずかながらあるようだし、全く使えないことはないだろう。
[それじゃあ、教えるから庭に行こうか]
[うん!]
露骨にテンションが上がっている一夜を温かい目で見ながら、庭へと赴く。
私は、改めて一夜の魔力がどれくらいかを確認した。
探知魔法で見る限り、一夜の魔力はとても少ない。
こちらの世界の一般人と比べても、少ない部類に入るだろう。
魔法は、使う魔力の量によって威力などが増減する。そして、あまりに魔力が少なすぎれば、発動できずに霧散する。
だから、一夜が魔法を使うためには、私が改良した魔法陣を使うほかないだろう。
果たして、一夜は魔法陣を覚えられるかどうか。
[まずはこれを暗記してほしい]
[おおー、これ魔法陣? なんか複雑だね]
[これを直接頭に思い浮かべれば、それに対応した魔法が発動するよ]
[へぇ、詠唱とかするんじゃないんだ]
[詠唱する方法もあるけど、あっちは魔力の消費が激しいから、多分使えないと思うからね。この魔法陣は私が改良したものだから、少ない魔力でも使えるんだよ]
[ハク兄って魔法陣の改良とかできるの? それって、オリジナルの魔法を作れたりもする?]
[できるけど、最適化するには少し時間がかかるね]
[すごーい!]
魔法陣の改良は、普通はできない。
元々、魔法陣自体が、魔法を発動する際に出現する、一つの指標のようなもので、そこまで重要視されてこなかったからね。
今でこそ、ルシエルさんが出した論文などもあり、徐々に重要性が広まりつつあるけど、今でも主流なのは詠唱による魔法である。
一応、転移魔法陣などの重要な魔法は、魔法陣が重要だから、昔の人はちゃんと魔法陣が重要なものだってわかってただろうけどね。
そう言う意味では、魔法陣を改良できる私は、魔法の最先端を走っていると言ってもいい。
たとえ、限りなく少ない魔力しか持っていないとしても、ある程度の魔法は発動させて見せよう。
[まずは基本のボール系魔法から。例えばこれ、一般的にはウォーターボールとか呼ばれてる魔法だね]
[ほんとにそんな名前なんだ。ワクワクしてきた!]
[この魔法陣を頭の中で思い浮かべて。ただし、正確にね。少しでも曖昧な部分があると、発動しなかったり、不完全になったりするから]
従来の魔法と違って、魔法陣を思い浮かべて発動する方式は、詠唱が必要なく、改良を加えれば消費魔力も抑えられて、いいことづくめのようにも見えるけど、一つの弱点として、記憶力が必要というのがある。
今例に挙げたボール系の魔法は、魔法の中でも初級の魔法で、魔法陣もかなり簡単な方だけど、カスタマイズによっては、これも複雑化する。
ボールの大きさや速度、飛ばす軌道やボールの性質など、カスタマイズしようと思えばいくらでもできる。
そして、それらすべてが微妙に違う魔法陣となる。
だから、きちんと思った通りの魔法を発動させるためには、それらすべてを暗記しておかなければならない。
一応、あらかじめ魔法陣を紙か何かに刻んでおき、それを見ながら発動すればちゃんと発動できそうではあるけど、それだと瞬時に発動できるというメリットがなくなってしまうし、大きな隙にもなりうるから、実戦では使いにくいかもしれない。
ここらへんは改良すべき点かもしれないけど、私自身は記憶力がいいから全部覚えられるし、そうでなくても、ある程度の種類を覚えておけば、そこまで困ることもないから、別に問題ないとは思う。
別に、意図的にこれを広めるつもりもないしね。
[……うん、覚えた。これを思い浮かべればいいの?]
[そう。あ、撃つならあの的に向かって撃ってね]
そう言って、私は庭に設置されている訓練用のダミーを指さす。
お姉ちゃんとかが良く使っているものだけど、割と頑丈だから、一撃で壊れるってことはないだろう。
一夜は、意識を集中させて、的に向かって手を向ける。
しばらくした後、手から水の球が生成され、的に向かって飛び出していった。
ばしゃっ、と音を立てて、的が濡れる。
本来なら、もう少し威力があるものだけど、流石に魔力が少ないから、そこまでの威力は出なかったようだ。
[凄い、ほんとに出た!]
[一発で成功とは、なかなかやるね]
初めての魔法に、一夜は大はしゃぎである。
まあ、威力が弱すぎて戦闘には使えそうもないけど、牽制くらいにはなるだろうか。
一応、魔石とかで魔力を補えばもう少しましになりそうだけど、そこまでする必要はあるかな?
私は、はしゃぐ一夜を見ながら、他の魔法も試してみることにした。